3.11から5年。
今度は熊本に文字通りの激震が走った。
二回にわたって。
被害については報道されている通り。
復興へは
今から時間も手間も金も随分掛かるだろう。
上を向いて
少しずつ
歩いていかなければなるまい。
我が家や家族、その周辺についての記録は
フェイスブックやその写真で
時折触れている。
被害が皆無ではないが、
二回の揺れ以降も
自宅に住めたし
インフラも問題なかった。
職場や利用者、職員にも
一部大きな影響はあったものの
営業は続けられたので、
これで被災者と言ったら罰が当たる。
寧ろ
早々にチャリティライブを
開催出来る立場だったことを考えれば、
支援者側というべきだとも思う。
ただ、
物質的なものよりも
むしろ精神的に
少し影響しているようだ。
揺れが止まらぬ。
毎日必ず揺れる。
「前震」だの「本震」だの
後出しジャンケンみたいなことになり、
簡単に「余震」という言葉を使いたくない、
今一つ信用が置けないというところもある。
それ以外にも、
と言うよりも
こちらの方が大きいと思うのだが、
揺れる度に
「またあの大きいのかも」と思ってしまう。
それがいつだか分からないから
余計に不安になる。
しかし、
いつの間にかまた忘れて
日常を過ごしている。
考えると命や死も同じだ。
病いや事故は意外と近くに転がっているのに、
普段はそれを気に掛けずに生きている。
どんなに賢い人も偉い人も
それを予見も避けも出来ない点でも一緒。
メメント・モリ。
「ひとは死すべきもの」であり、
かつ「今を楽しめ」。
コインの表裏であり
真実を述べた言葉だなと。
そんなことを良く考えるようになった。
今までも漠然と思うことはあったけれど、
あれ以降切実さが一段落高くなった。
今度は熊本に文字通りの激震が走った。
二回にわたって。
被害については報道されている通り。
復興へは
今から時間も手間も金も随分掛かるだろう。
上を向いて
少しずつ
歩いていかなければなるまい。
我が家や家族、その周辺についての記録は
フェイスブックやその写真で
時折触れている。
被害が皆無ではないが、
二回の揺れ以降も
自宅に住めたし
インフラも問題なかった。
職場や利用者、職員にも
一部大きな影響はあったものの
営業は続けられたので、
これで被災者と言ったら罰が当たる。
寧ろ
早々にチャリティライブを
開催出来る立場だったことを考えれば、
支援者側というべきだとも思う。
ただ、
物質的なものよりも
むしろ精神的に
少し影響しているようだ。
揺れが止まらぬ。
毎日必ず揺れる。
「前震」だの「本震」だの
後出しジャンケンみたいなことになり、
簡単に「余震」という言葉を使いたくない、
今一つ信用が置けないというところもある。
それ以外にも、
と言うよりも
こちらの方が大きいと思うのだが、
揺れる度に
「またあの大きいのかも」と思ってしまう。
それがいつだか分からないから
余計に不安になる。
しかし、
いつの間にかまた忘れて
日常を過ごしている。
考えると命や死も同じだ。
病いや事故は意外と近くに転がっているのに、
普段はそれを気に掛けずに生きている。
どんなに賢い人も偉い人も
それを予見も避けも出来ない点でも一緒。
メメント・モリ。
「ひとは死すべきもの」であり、
かつ「今を楽しめ」。
コインの表裏であり
真実を述べた言葉だなと。
そんなことを良く考えるようになった。
今までも漠然と思うことはあったけれど、
あれ以降切実さが一段落高くなった。