一言で言うと
「なーんだ。ま、どうでも良いけど」

やりきったら
ちょっと見直すところだったんだけどね。

結局、
自分たちの言動が周りにとってどうかとか、
そのあとどう腹を括るのかってことを、
40過ぎても分からないガキの集まりだってことと、
跳ねっ返りを晒し首にする
ブラック企業だってことが、
改めてはっきりした
一件だったってだけ。

夫婦別姓と再婚禁止期間。
個人の権利と
夫婦という制度の在り方、
その是非を問う裁判、
先日最高裁で判決が下った。

先ず最初に
夫婦の同姓規定は合憲とされた。

民法の条文では
「夫又は妻の共通の姓を名乗ること」
とされている。

現状、
夫の姓を名乗る事がほとんど。

しかし
夫婦別姓は
国際条約でも勧告され、
国会にも諮られかけた。

違憲側の意見としては、
アイデンティティーや、
妻が総領で嫁ぎその姓を遺すため、
といった理由が挙げられていた。

これに対して、
合憲の理由としては、
通称使用で不利益を被ることはない、
親子で別姓となることへの抵抗、
といったものが挙げられている。

家庭の在り方や愛情は、
姓の如何の影響は受けるかも知れないが、
過去の日本でもそうであったように、
また現在の他国でもそうであるように、
姓が異なることによって
損なわれるものではなく、
制度で縛るべきものでもない。

個人の自由と権利を保障するという
憲法の根本理念から見ても、
結婚により姓を奪われる、
という事態は、
改めるに如かずと考える。

同姓か別姓か、
少なくともその選択の権利は
認められるべきかと思う。

判決では、
これからの立法府での判断を
促すかたちも採った。

あとは
現代日本を代表する選良の皆さんが
どのように議論し
決定されるかですね。

もう一件、
再婚禁止期間は
100日を越える部分を違憲とした。

条文では、
女性にのみ
「離婚から6ヶ月間」の
再婚禁止期間を設けている。

これは、
女性の離婚とその後の再婚に際し、
前夫との子どもの妊娠の可能性に関して、
産まれる可能性のある子どもの、
認知や養育等の面で、
混乱を来さないようにされたもの。

前夫と離婚して
300日以内に産まれたならば
前夫の子どもとする、
また、
再婚後200日以降に産まれたならば
現夫の子どもとする、
という条文もある。

今回の事案では
DVの前夫との離婚調停や
子どもの認知問題でこじれていて、
子どもの無戸籍が問題となっていた。
これも確かに無視出来ない問題であり、
対策が必要だ。

しかし、
女性は子どもを身籠るという
さがを持っている。
一時は結婚し
前夫と幸せになろうとした女性が、
共同生活のなかで
妊娠することは有り得る。
前夫との結婚生活が破綻し、
離婚を決め、
更に新しいパートナーと再婚を希望する、
それら全ては
自分で選択し
自分の責任で決定したこと。

それに対して
産まれてくるかもしれない子どもは
何の権利主張も異議申し立ても出来ない。

女性の権利を守れと言うならば、
産まれてくる子どもの権利も
同じく守るべきではないか。

明治の頃に作られた民法は
確かに現代医学の
優れた判定を踏まえたものではなく、
その意味では
時代にそぐわないものかもしれない。
しかし、
「子どもを守る」という視点においては、
決して色褪せてないどころか
むしろ先進的だと思う。

100日も撤廃するように
希望していると聴くが、
この判決は、
現在の司法の為しうる
最大限に誠実な判断だと考える。
先日の新聞に載ってた
高橋源一郎さんの論評を読んで
考えさせられた。

というか
自分の中にあった
漠然とした「気持ち悪さ」を、
しっかり言語化して頂いた、
ということかと思う。

FBトリコロール、
私の周りで少し減った。
てか、
もともと少なかったかな。

された方を云々する積りは
一切ないけれど、
ですね。

で、
私のFBプロフ写真は
以前から変えることなく
そのままです。

暴力をもって、
自らの主義主張を推し進めることを
許すべきでないということに、
異論はありません。

しかし、
相手の思いに考えを致さず、
自らの主義主張をのみ正しく、
相手を質すのが正義とする姿勢が、
憎しみの連鎖を呼んだのも
一面の真理では。

ましてそれが
経済的国益に沿うものだから、
という理由も含んだ
利己的な背景があれば、
唱える正義の裏には
胡散臭さが漂うでしょう。
そこを断じられ、
それに対する抵抗という理由を
与えてしまいかねません。

テロリストの本拠地への空爆では、
彼等のみならず、
それに虐げられている民間人も
攻撃に巻き込まれ、
命を落としているとか。

では、
彼等の無念は
誰が悼んでくれるのか?
トリコロールをかざした皆さんは、
今まで彼等の死を悼んで、
彼等の為の喪章を付けてあげたのか?

どちらの命も
等しく尊いものである筈だし、
そうであれば、
どちらの死も
等しく悼まれることが当然だと思います。

皆さんのことは分かりません。
しかし、
テロリストの周囲にいたがために
命を落とした、
そんな彼等のために祈ることに
思いの至らなかった私には、
同じ理由から
トリコロールもかざす権利がない。
そう考えて、
自分ではやらないことにしました。

その語源通り、
恐怖とそれによる混沌が目的であれば、
確かに今、
世界中がテロの渦中に入りつつあると
言えるのでしょう。

けれど、
単純に、
そんな世界は
イヤだ。

「ケンカはよせ。腹が減るぞ」
漫画「ゲゲゲの鬼太郎」の登場人物、
ネズミ男の台詞だとか。
みんながこうならば、
世の中もっと棲みやすいだろうに。

この他にも、
水木さんの作品には
名言がいっぱいだった。

妖怪という異物を認め、
愛し、
我等と彼等の共存を願い、
そして戦争を憎んだ、
そんな水木しげるさんのご冥福を
心から祈りたい。

そして、
みんながネズミ男と同じ思いになれる、
そんな日が来ることを祈りたい。

そう思います。