六斎念仏
京都の出入り口である六ケ所のお地蔵さまをめぐり
無病息災を祈ります。
それぞれが街はずれにあるので、全部まわりにくいので
私は近所の鞍馬口上善寺と、南インターそばの鳥羽地蔵 浄禅寺しか
お参りしたことがありません。
昔は無病息災は神様にお願いしましたが、
最近医療が発達したせいか、参拝者がとても減っている印象を受けます。
それでも、六歳念仏が奉納された上善寺はたくさんの人が見物していました。
六歳念仏は空也上人の踊念仏を起源としますが、
江戸時代には芸能化して、最後の演目は能の『土蜘蛛』からとられています。

動画いっぱいとりましたが、短いのを一つ貼り付けておきます。
このあと居眠りをする獅子に
土蜘蛛が悪さをしにきます。
つづきを見たい方はまた追加で貼り付けます。
地蔵盆が終わると、夏休みの終わりを感じます。
京都市内は明日で夏休み終わりだそうです。
最初の官寺 四天王寺
鳥居があれば神社。。。
というわけではありません。
四天王寺はまず鳥居をくぐります。

鳥居の扁額には『 釈迦如来転法輪処当極楽土東門中心』
とあり、釈迦が説法をして人々の迷いをとき、
極楽に行く東の門という意味だそうです。
ここから西側に向かって下り坂になっていて、昔は大阪湾が見え、
春分と秋分にはこの鳥居の彼方に日が沈むそうで、
このあたりは夕陽丘という地名です。
日想観( 観無量寿経に記される 西に沈む太陽を見て、その丸い形を心に留める修行法。 )の地として知られ、空海、法然上人、親鸞聖人がこの地で修行をしたそうです。
とくに法然上人はこの少し西側に庵を開き、それが今の一心寺です。

この鳥居は日本三大鳥居のひとつで、この鳥居に触れるといいそうで
触れていく人が多く、足元のこのでっぱりは元蛙だったそうですが、
すりへってごらんのとおりです。
推古天皇元年(593年)聖徳太子が開いた四天王寺は何度も伽藍が崩壊し、
近いところでは昭和9年の室戸台風で倒壊し、昭和15年に再建されたかと思うと
昭和20年の大阪大空襲で焼け落ちました。
現在は昭和38年の伽藍です。
欄干の上に黒い止まり木があります。
四天王寺が建立される際、物部守屋の怨霊が伽藍を滅んが為に、
数千万羽のキツツキとなって堂舎をつつき妨害した。
それを知った太子が白鷹に変化し、守屋の怨霊を退治した。
ということで、今も伽藍を守るためにつけられているのだそうです。
四天王寺は古い形式にのっとっているので、
この柱の形にも注目してください。
まっすぐではなく、上は少し細くなっていますね。
面白いのが番匠堂です。
伽藍の建立には木を切ったり、生き物の命をたってしまうので、
大工道具に仏性をいれて、大工の工事と伽藍建築の無事を祈ったそうです。
こちらの門には猫ちゃんが彫られています。
経本が猫にかじられないように番をしているそうです。
六時礼賛堂の前の池には、亀がめちゃくちゃたくさんいました。
伽藍は焼け落ちましたが、この池があったおかげで、
北側の堂宇は焼けずにすんだそうです。
なんか亀のパラダイスですね。
神戸クルーズ
神戸のクルーズって
小学校の社会見学以来じゃないかな。。。
今はいろんなクルーズ船があって
豪華ディナーとかランチとかもありますが、
カジュアルにホント乗船するだけのプリンセス号にしました。
神戸のシンボル ポートタワーは鼓の形をしています。
このポートタワーのある中央突堤から出発です。
中埠頭というのもあるので、要注意。
そこは人工島ポートアイランドになります。
クルーズと書いたけど、
帰ってみたら、全然写真がなかった!
ので、お借りした画像
ロイヤルプリンセス号
ショッピングセンターなどの入るモザイク
ちょっと屋根が真ん中に見えますが、
水中翼船を製造中でした。
逆光で見えませんね~
川崎重工業の次は三菱重工業です。
日本で潜水艦を製造、修理しているのは、
この二つの会社だけだそうです。
潜水艦です~
帰宅してからうちのオタクに話したところ、
「ああ、進水して、今艤装ぎそう中やな。
来年就役予定らしい。」
オタクはなんでも知っている。
ぎそうという言葉も知らなかったし、
進水してから艤装するというのも初めて知りました。
この後、神戸港を出て、明石大橋が見えるかなと
思いましたが、見えず。。。
神戸空港、ポートアイランド、神戸大橋と回り
もとの中央突堤に戻ってきました。
自分でも驚くほど写真を撮ってませんでしたが
1100円で40分のクルーズ楽しかったです。
神戸に来られることがあったら、ぜひ!
神戸酒心館
阪神電車がえらい混んでる。。。
みなさん、甲子園で降りました。
私たちは少し先の石屋川で降ります。
甲子園は西宮市で石屋川は神戸市です。
その西宮から神戸にかけて、灘五郷という酒どころがあります。
こちらは神戸酒心館です。

白鶴や菊正宗に以前見学に行きましたが、
ここは福寿というブランドのお酒を出しています。
ノーベル賞の晩餐会で提供されるお酒だそうです。
ここの利き酒は有料でした。
やっぱり大吟醸が一番おいしかったです。
ノーベル賞に出されているお酒はちょっと私には軽いかんじです。
レストランも併設されていて、そこで昼食をいただきました。人気があっていっぱいでしたが、まあまあかな。。。
このあたりは海に近いので、阪神淡路大震災では壊滅的な被害を受けました。

蔵元は51社から42社になったそうです。
ですから、蔵元見学に行くと、どこも建物がきれいです。
並々ならぬ復興への努力があったのでしょう。
このあたりは嘉納財閥が有名で、菊正宗や白鶴がそうなのですが、
進学校の灘中は嘉納家と山邑家が作った学校です。
(山邑家というと、ライトの建築で有名な邸宅です。今はヨドコウ迎賓館)
この福寿はというと、安福家が蔵元です。
あれ、安福さんって父の幼馴染の家じゃないですか。
たまたま行ったのですが、記念に大吟醸の小さい瓶を買いました。









40分の船旅に出発です。








