粟田神社
噂に聞いていたraisinさんでキッシュランチ
テイクアウトでも人気です。
あら、すいています。
クロワッサンもおいしかったけど、あたためていただいていたら
もっとおいしかったな。

三条通を歩くと、粟田神社に出ました。
三条通は旧東海道ですが、都の出入り口がここ粟田口です。
実は粟田神社初めてです・・・

神馬さんは青銅です。
明治のころに引っ越された氏子さんが寄進されたようです。
拝殿と向う側に本殿
ここは大変眺めがよく左手に平安神宮の鳥居が見えます。
クレーンの向うがの茶色い建物が京大です。
シンボルの時計台が一番左手です。
このおかげで『妙法』が見られなくなったそうです(汗)
明治になってから合祀された末社が境内にたくさんあります。
こちらには光格天皇の胞衣塚があります。
胞衣えなは胎盤のことで、昔はとても大事にされたようで、
胞衣桶を埋めて、松を植えたようです。
秋もきれいでしょうね。
南禅寺
おっと
目的地は平安神宮でなく、南禅寺でした。
前回行ったときは、三門の上で海老蔵さんにばったりという超ラッキー
今回は上がりません。
三門は藤堂高虎の寄進ですが、
本坊を訪れました。
南禅寺は亀山法皇が造営した離宮を1291年寺に改めたもの。
室町幕府は五山の上と格付けました。
小堀遠州作と言われる獅子の渡しの庭
見落としてしまいそうな欄間ですが、左甚五郎作だそうです。
こちらの方丈(本堂)は御所から下賜されたそうで、国宝に指定されています。
どおりで他のお寺の方丈と違って、南側に欄干があったり、
禅寺にはめずらしく蔀戸だったりします。
何よりも特筆すべきは130面以上ある狩野元信、永徳、探幽の画。
狩野派の天才というと、この3人の名が上がるはず。
順次複製画になっており、
かろうじて永徳の一部、探幽の竹虎図がオリジナルです。
よく殺人事件のおこる(ドラマの中で)水路閣です。
同じ拝観料500円払うなら、やっぱり三門より本坊だな。。。と思いました。
大阪城
大阪城というと、豊臣秀吉を思い浮かべますが、
今の大阪城は、豊臣時代の大阪城の痕跡を残したくなかった徳川家が
盛り土をして、築城したものです。
この角度がお堀が美しく見えるそうです。
1番から7番櫓のうち、鳥羽伏見の戦いで焼け残った櫓も太平洋戦争で焼けおち
残ったのは一番櫓とこの六番櫓だけ。
(他に千貫櫓、多聞櫓、乾櫓も江戸時代のものです。)

多聞櫓
この穴から熱湯とか、石とか、槍とか落とすんでしょうか。
ここは以前から水のない空堀
大阪城の橋は土橋です。
豊臣秀吉を祀った豊国神社
なんか茅の輪が見えています。
いろんな武将が石を寄付していますが、
左端の緑の下が毛利家だそうです。一○のしるしがみえます。
天守閣の前にこんな日本庭園があったのを知りませんでした。
昭和初期 1931年市民の寄付により再建された鉄筋コンクリート製
平成の大改修をして美しい姿になりました。
人が多くて、上に上がるのに少しエレベーターを待ちました。
今櫓が特別公開されているので、そちらのほうも行きたいと思います。
このあたり食べるところがないのですが、
最近大阪城ホールの前にJO TERRACEがオープン
10月には天守閣前の旧師団本部にも商業施設がオープンするようです。
千本えんま堂(引接寺)
8月も終盤になりましたが、
今日も暑かったですね。
アップしていなかったお盆の千本えんま堂です。
北野天満宮のみたらし神事に行く途中前を通りましたので、
お参りしてきました。
このあたりは、もとの平安京の北側にあり、
あの世とこの世を行き来したと言われる小野篁が
閻魔大王の像を彫って、お祀りしたのがこの場所だと言われています。
そしてこのあたりは化野、鳥辺野と並ぶ都の三大葬送地のひとつ
蓮台野の入り口にあたります。
(鳥辺野の六道珍皇寺には小野篁公と閻魔様の像があり
篁が地獄と行き来した井戸もあります。)
なんとなく、おどろおどろしい雰囲気だと思いませんか。
この正面には大変大きな閻魔さんがいらっしゃいます。
いつもはガラス越しですが、扉も開け放たれています。
右手の奥には人工的な池があり、水塔婆を書いて流します。
お盆の風習も地域により違いますね。
京都では迎え鐘をついて、ご先祖様をお迎えし、
送り鐘をついて、お送りします。
紐を引くと滑車がついていて、鳴るようになっています。
みなさんのところでは、どのようにご先祖様をお迎えするのでしょうか。























