
今宮神社と大徳寺界隈
今宮神社参道のイチョウが終盤です。
今日はあいにくの曇り空でしたが、西日があたるととてもきれいです。
今宮神社はまだ見ごろが続いていました。
時代劇のロケによく使われていたというあたり。
明治以降合祀されたお稲荷さん
月読社の紅葉はやはりだめでしたが、その下の紅葉はきれいです。
まだ若そうな紅葉
表門から見たあぶり餅の店
開店前だったので閉まっています。
再び今宮神社参道。
左手は大徳寺龍翔寺の敷地です。
大徳寺龍翔寺は僧堂になっています。
あら普段開いている門が閉まっていて、張り紙がしてあります。
「自十二月一日
至 八日鶏鳴
面会謝絶」
今は臘八大摂心(ろうはつおおぜっしん)の時期でした!
お釈迦様は菩提樹の木の下で座禅され、
12月8日の明けの明星が輝くころに一切の苦悩から解脱されて、
お悟りを開かれました。
それにちなんで、臨済宗のお寺ではひたすら座禅をするのだそうです。
現在龍翔寺がある場所には、
豊臣秀吉の母 大政所の菩提寺 天瑞寺がありました。
廃仏毀釈で破却され、失われてしまいましたが
その客殿を飾っていた狩野永徳の襖絵も行方不明です。
いったいどんな絵があったのだろうと、思っていたら、
東京藝大の方が想定復元図を制作されていました!
リンク貼り付けておきます。
https://www.housen.or.jp/common/pdf/26_27_28_01_takahama.pdf
大徳寺正受院の前のドウダンツツジがとてもきれいでした。
12月5日
京都国立博物館 東福寺展
12月3日まで京都国立博物館では東福寺展が行われていました。
12月2日
人がいない東庭の紅葉
朝鮮半島の石人
茶室の湛庵が公開されていました。
紅葉を堪能した後は東福寺展です。
久しぶりにマスコットキャラのトラりんに会いました。
ハイタッチしてもらいました。
東福寺は約700年前に円爾えんにを開祖として、
公家の九条道家が創建しました。
奈良の東大寺の東と、興福寺の福の意を一字ずつとって
東福寺と名付けられました。
円爾は博多の承天寺を開いたので、
承天寺に行ったとき、東福寺のポスターを見ましたよ。
それではひとこと感想です。
お寺の展示は結構お経などの書籍や文字が多いのですが、
こういったものはよくわかりませんし、関心はありません。
でも遺喝は別で。心に響きます。
弟子たちに残した高僧の遺言です。
絶筆なので、斜めだったり、渾身の文字です。
大明国師(東福寺三世、南禅寺開山)は
弟子に「今までの生き方でみんな示してきたよ」
みたいなことを書かれ、
大道一以は「真理は虚空に満ちている」と書いておられました。
頂相ちんそう(高僧の肖像画)も重要文化財とそうでないものの違いが
よくわからない。。。
よかったのは画僧 明兆の五百羅漢図でした。
羅漢さんたちが生き生きと描かれ、
その横に漫画の吹き出しが書かれていたので、
より楽しめました。
常設展示をすべて取り払ってなおかつ
前期後期に分かれている展示もあり、
京都のお宝は、
寺社にあるということがよくわかりました。
相国寺特別公開②開山堂
相国寺は室町幕府三代将軍義満が、後小松天皇の勅許をえて
夢窓国師を勧請開山として、室町幕府の東側に創建されました。
その夢窓国師を祀る開山堂が秋に特別公開されます。
なんといってもここは紅葉の名所。
今年は赤が濃くてきれい。
龍淵水りゅうえんすいの庭と呼ばれます。
白砂の周りは昔は水が流れていたようです。
法堂の鬼瓦と紅葉
開山堂の南にあるのが宗旦稲荷です。
宗旦狐は、千利休の孫の宗旦にかわって、しばしばお点前をしていたので
そう呼ばれます。
宗旦狐がお点前をして帰ると、「遅刻してごめん」と
本物が現れたという逸話が残ります。
雲水に混じって座禅を組んだり、托鉢にも出たり、
豆腐屋の窮状を救ったりしたため、
その死後祀られたのだそうです。
鐘楼の前の紅葉を反対からみたところ。
表側はこんな感じ。
終盤に入ってもまだきれいです。
11月30日



































