振り返り(前兆期)
新しいブロ友さんが増えたので、
このへんで子どもの病気のことを
振り返りたいと思います。
2009年春休みに初めて、吐き気と頭痛を訴えました。
そして、そのあたりから段々情緒不安定で泣くことが増えました。
もともと末っ子の泣き虫ではあったので、
「大きくなってもよく泣くなあ」としか思いませんでした。
それとともに頭痛の回数も増え、
6月にMRIをとりましたが、異常なし。
しかし、頭痛は減らず、吐き気もあり、何度か総合病院を受診。
吐き気どめや、鎮痛剤をもらいました。
7月に入ると早起きだったはずの子が10時まで起きなくて
3時間目から登校。
8時に起きて、車で送っていくこともありました。
保健室のお世話になることもありました。
そして夏休みに入ると、明らかに体調も精神的にも不安定。
食欲もなくなりました。
今お世話になっている主治医に連絡をとろうとしましたが、
夏休みだったのか、留守電になっていました。
とりあえず、おこりっぽくて、すぐに泣いたりおこったりするので
プレイセラピー☆を始めることにしました。
☆プレイセラピーというのは、遊戯療法と呼ばれ
遊びを通して、精神の成長を促すものです。
パートナーの人(心理学部の大学院生とボードゲームしたり
ちゃんばらごっこしたり、箱庭したり、好きな遊びをします。)
9月になり、ひどくなるばかりなので
9月中旬現在かかっている小児科を受診。
自律神経失調症だろうということでした。
とりあえず、対症療法として、
頭痛を訴えたら、鎮痛剤
吐き気を訴えたら、吐き気止めを
ということでした。
また状態が落着いたら、起立テストをして
起立性調節障害の判断をしますと。
そして、
このままでは不登校になります。
勇気のいることですが、
学校を休ませてくださいと。
もう青天の霹靂でした
人前で決して涙を見せない私ですが、
思わず涙がにじみました
本人には
「学校休む?」と、否定形で尋ねて
「行きたい」と言うときだけ行かせてくださいと。
「学校に行く?」と尋ねたら、
行かなくちゃと思ったり、
親の顔色を伺うから、だそうです。
そして長い天の岩戸生活に入ったのです。
つづく
このへんで子どもの病気のことを
振り返りたいと思います。
2009年春休みに初めて、吐き気と頭痛を訴えました。
そして、そのあたりから段々情緒不安定で泣くことが増えました。
もともと末っ子の泣き虫ではあったので、
「大きくなってもよく泣くなあ」としか思いませんでした。
それとともに頭痛の回数も増え、
6月にMRIをとりましたが、異常なし。
しかし、頭痛は減らず、吐き気もあり、何度か総合病院を受診。
吐き気どめや、鎮痛剤をもらいました。
7月に入ると早起きだったはずの子が10時まで起きなくて
3時間目から登校。
8時に起きて、車で送っていくこともありました。
保健室のお世話になることもありました。
そして夏休みに入ると、明らかに体調も精神的にも不安定。
食欲もなくなりました。
今お世話になっている主治医に連絡をとろうとしましたが、
夏休みだったのか、留守電になっていました。
とりあえず、おこりっぽくて、すぐに泣いたりおこったりするので
プレイセラピー☆を始めることにしました。
☆プレイセラピーというのは、遊戯療法と呼ばれ
遊びを通して、精神の成長を促すものです。
パートナーの人(心理学部の大学院生とボードゲームしたり
ちゃんばらごっこしたり、箱庭したり、好きな遊びをします。)
9月になり、ひどくなるばかりなので
9月中旬現在かかっている小児科を受診。
自律神経失調症だろうということでした。
とりあえず、対症療法として、
頭痛を訴えたら、鎮痛剤
吐き気を訴えたら、吐き気止めを
ということでした。
また状態が落着いたら、起立テストをして
起立性調節障害の判断をしますと。
そして、
このままでは不登校になります。
勇気のいることですが、
学校を休ませてくださいと。
もう青天の霹靂でした

人前で決して涙を見せない私ですが、
思わず涙がにじみました

本人には
「学校休む?」と、否定形で尋ねて
「行きたい」と言うときだけ行かせてくださいと。
「学校に行く?」と尋ねたら、
行かなくちゃと思ったり、
親の顔色を伺うから、だそうです。
そして長い天の岩戸生活に入ったのです。
つづく
みんなの好み
クリスマスイブにいただくはずだったラム肉
時間がなくて作れませんでした。
なので昨日の夜やっと食べました。
(ブロックの真空パックなので、日持ちします。
ラムチョップはちょっと高めですが、スライスなら
100グラム100円くらいとお安いです。)
におい消しにローズマリー、レモン汁、にんにく
そしてオリーブオイルにつけこんで焼きました。
しかし、
下の子はやっぱり肉がイマイチらしくて
双子の兄のおなかにおさまりました。
昼ごはんはマグロ漬け丼
残り物の刺身を胡麻ダレにつけて
いり卵で増量していただきました。
下の子はぺろりと食べてくれたのに、
双子は
「つけたマグロはいや」だの、
「卵が甘いのはゆるせない」だの
言って残しました。
あげくのはてに
「家のごはんはマズイ」
だったら、自分で作ってくれ
と、ぼやく母でした。
時間がなくて作れませんでした。
なので昨日の夜やっと食べました。
(ブロックの真空パックなので、日持ちします。
ラムチョップはちょっと高めですが、スライスなら
100グラム100円くらいとお安いです。)
におい消しにローズマリー、レモン汁、にんにく
そしてオリーブオイルにつけこんで焼きました。
しかし、
下の子はやっぱり肉がイマイチらしくて
双子の兄のおなかにおさまりました。
昼ごはんはマグロ漬け丼
残り物の刺身を胡麻ダレにつけて
いり卵で増量していただきました。
下の子はぺろりと食べてくれたのに、
双子は
「つけたマグロはいや」だの、
「卵が甘いのはゆるせない」だの
言って残しました。
あげくのはてに
「家のごはんはマズイ」
だったら、自分で作ってくれ

と、ぼやく母でした。
氏神様 上御霊神社
もうすぐ帰省するので、氏神様にご挨拶に参りました。
年末になると、お札の希望者記入くださいという
町内回覧がまわってきます。
子供たちはこちらで初宮参りをさせていただきましたので、
我が家にとっては大変重要な神様です。
御霊神社(上御霊神社)

平安遷都にあたり、
悲運の死をとげられた
早良親王さわらしんのう(崇道天皇)の霊を鎮めるため
桓武天皇の勅願によりお祀りされました。
当時は天変地異が相次ぎ、
桓武天皇の身辺でも不幸が続いたことから
早良親王のたたりだと考えられたのでした。
他に無念の死をとげられた井上内親王、橘逸勢、菅原道真ら
十二柱の神霊がお祭りされています。


大正14年奉納の狛犬さんです。
(他にも境内に2対の狛犬さんがいます。)
楼門には御随身がおられますが、どちらも弓と刀をお持ちなので
武人かと思われます。
そしてこちらの神社で注目すべきなのが
応仁の乱勃発の地ということです。
京の町を焼き尽くした応仁の乱はここから始まったのですね。
そして戦国時代に入るのです。

こちらが拝殿です。

京都御所も氏子地域にあたるため、
皇室や公家の崇敬が深く
皇太子殿下もライフワークの研究のため
数年前に訪問されていました。
また、今も唯一残っている公家の冷泉家は
普段は閉じられている門を開けて
祭礼の御神輿をお迎えになります。
四脚門(南門)
伏見城の門を移築したと言われる。
(伏見城遺構といわれるものは多いが証明されているものはないそうです。)

またいずれここの神社はご紹介します。
年末になると、お札の希望者記入くださいという
町内回覧がまわってきます。
子供たちはこちらで初宮参りをさせていただきましたので、
我が家にとっては大変重要な神様です。
御霊神社(上御霊神社)

平安遷都にあたり、
悲運の死をとげられた
早良親王さわらしんのう(崇道天皇)の霊を鎮めるため
桓武天皇の勅願によりお祀りされました。
当時は天変地異が相次ぎ、
桓武天皇の身辺でも不幸が続いたことから
早良親王のたたりだと考えられたのでした。
他に無念の死をとげられた井上内親王、橘逸勢、菅原道真ら
十二柱の神霊がお祭りされています。


大正14年奉納の狛犬さんです。
(他にも境内に2対の狛犬さんがいます。)
楼門には御随身がおられますが、どちらも弓と刀をお持ちなので
武人かと思われます。
そしてこちらの神社で注目すべきなのが
応仁の乱勃発の地ということです。
京の町を焼き尽くした応仁の乱はここから始まったのですね。
そして戦国時代に入るのです。

こちらが拝殿です。

京都御所も氏子地域にあたるため、
皇室や公家の崇敬が深く
皇太子殿下もライフワークの研究のため
数年前に訪問されていました。
また、今も唯一残っている公家の冷泉家は
普段は閉じられている門を開けて
祭礼の御神輿をお迎えになります。
四脚門(南門)
伏見城の門を移築したと言われる。
(伏見城遺構といわれるものは多いが証明されているものはないそうです。)

またいずれここの神社はご紹介します。
スキーに行きました
スキーから帰ってきました。
3度の飯と同じくらいスキーの好きなお父さんですが、
私は寒いのが苦手で。。。
そして帰ってから、3回洗濯機回しました。
家族でスキーに行くのは、もう何年残っているかな。
今回はおとうさんにしては、まったりしたスキー旅行でした。
いつも行くひるがの高原がまだ営業していなかったせいも
あるかもしれません。
ゆっくり出たので、出発した日は到着が遅くなり
高山市内のスポーツショップで買い物したり、
晩御飯をいただいたりして、1日目終了
この日はクリスマスだったので
高山のキッチン飛騨へ
ビーフストロガノフ

そしてここがいつも泊まるログハウス

知り合いに無償で使わせていただきます。
5人の宿泊料がうくのでとてもありがたいです。
但し車を止めて10メートルくらい
膝まで雪に入りながら進みます。
外が氷点下5度なら、中は0度
まるで冷蔵庫なので、おふとんだって0度
ストーブをがんがん焚いて、
ふとん乾燥機で、順番にふとんを温めます。
次の日はこのログハウス横の坂道で
そり遊びを半日くらいしました。
近所のお気に入りのスキー場が去年廃業してしまい、
もう一つのスキー場もリフトが1本しか動いていませんでした。
すいていてお気に入りだったのですが、
空いているということは経営が危ないということで、
もう一つのスキー場もいつまで営業していることやら
とりあえず今季の初スキー終了。
お父さんはいったい何回いくのでしょうか。
