「なぜこの宇宙は存在しているのか?」
この宇宙(時空)が存在している事実において、
ただ言えることといえば、
その宇宙がその存在形式において、
自己目的的に人間といったそれを表象(representation)する
生命の存在が可能であった、ということ、
ただそれだけでしかない。
(認識と存在は同値であるという前提において)
これを踏まえると、宇宙が存在することと、
(それを表象する、形成する)生命が存在することは同値であり、
生命の価値は言わば宇宙そのもの、という事が言える。
(時空⇔生命)
観測される宇宙の膨張は、
その無数の存在者(諸物)による絶え間ない
集合的な精神活動の外的顕現であり、
つまり時空の膨張とは、
意識そのものの増大なのである。
今という時は意識する主体と独立に存在しえない。
つまり、「この宇宙」というものが存在しているのに、
(それを表象する)諸法((諸物)は欠けることなく、
自己目的的に必要だった、ということである。
ともすると人は、承認欲求よろしく、
「自分の存在価値」、などというものついて
考えるものだが、前述の内容を踏まえると、
「宇宙と等価であるあなた」は、
わざわざそれをどこかかから探して
持って来る必要などないのである。
「宇宙と等価の価値があるあなたは」、
(むしろ価値という概念も必要ないのだが)
それこそ無駄に「自分には価値が無い」などと
自己卑下する必要はないのである。
つまり、諸物のすべてが、
この宇宙にとって必要なピースであり、
諸物のそのすべてが、
この宇宙の「共創者」であるということである。
「あなたと私の価値は宇宙と同等であり、
諸物のすべてはこの宇宙の共創者である。」
もし、そう確信することが出来れば、
ともすると起こりうる孤独感も癒され、
自分に自信を持つこともできるのではないだろうか。
(あなたは独りであっても一人ではないのである。)
愛とは、宇宙が宇宙自身を見つめる眼差しの事である。




