何故宇宙は、生命を発生させる際、
外部からエネルギーや情報を取り入れなければ
その生命を維持できないような作りにしたのだろう。
何故生命はわざわざ、何かを「外部」から
取り入れないと生きていけない形態なのだろうか。
そう、分かりやすい話、
何故「食べなくても生きていける生命」を
宇宙という神はつくらなかったのだろうか。
生命は、何かしらの情報、エネルギーの
インプット、プロセス、アウトプットという流れがある。
そしてそれを、我々は「面倒とか、不自由」と
思わないのはなぜか。
しかし考えてみると、
そもそも「すべて自足できる存在」は、
他(多)と関係を持つ必要すらないんだろうね。
そう、それを「面倒」だと思うのか。
「豊かな響き」として捉えるのか。
多分後者が勝るから、この形態があるのだろう。
他(多)を感じられる、「豊かな世界」に我々はいるのだ。

