すべて自分の責任だとか考えるのは相当傲慢 | ☆ 俺たちにはつきがある!☆彡

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  ~ The Moon is always with us ~

 

「あの時ああすればよかった。」

「なぜできなかったのだろうか。」

「情けない。何で…。」

 

過去に対する後悔。

誰にでもあると思う。

何でこうしなかったのか…、

自分を責める。

情けなく思う…。

 

しかしこの後悔の念、

すべて自分のせいだ、

自分の責任だ、とか考えるのは、

実は「相当傲慢」なことなんじゃないかと、

私は最近思う。

 

まず、自分は相当できるやつだ!

という前提があるよね。。

そして、人は「そうあるべきだ」という決めつけ。

 

 

それと

 

「すべては縁あって起こっている。」

 

んだから、この世の中で起こる現象すべては、

遠く離れた視点で見れれば見れるほど、

あらゆる関係性の中で起こっているのだから、

君一人の力ですべてが決まって、解決できた、

上手くやれたはず、なんて考えるのは、

かなり「傲慢」なのだ、とは思わないだろうか。

君の存在自体があらゆる縁あって起こっている。

 

大体その時、その人は「その人が取れうる

最善」の行動をしているはずで、

何か事がうまく運ばなかったとしても、

それは「妥当な行動」で、是非はない。

人は神じゃないんだからさ。

都度完璧な行動なんてとれるわけがないでしょう。

 

 

「すべては縁あって起こっている」

 

という自我から離れた視点を持てれば持てるほど、

いたずらに自分自身も責めなくなるんじゃなかな。

そうすると、人も責めなくなるんじゃないか。

是非もなしだ。

 

 

 

すべては縁あって起こっている。

 

世界は全体として動いているんだから、

君一人のせいだなんてことは絶対ないのさ。

 

 

何も問題なし。

気を楽にして前に進んでいこう!