「すべては縁あって起こっている!」
すべては縁あって起こっている、のだから、
すべては相対的(実在はしない)で、
私という個物はないのであり、そのワタシが
想い悩んでいたりすることも、
小我の勝手な思い込みに過ぎないよね。
君に起こった出来事も、
あらゆる関係性の中で起こっており、
様々な縁があってはじめて起こっている。
君も縁起存在で神ではないのだから、
君が一人勝手に思い煩えるほど
君は大した存在ではないだろう?
それはただ起こりえた出来事というだけ。
君という自我を無視して見れば、
それは起こるべくして起こっているという
見方さえできるだろう。
存在、生命は関係性の中でただあるだけだ。
すでに生じて、生かされている自分があるだけだ。
自我の想い悩み?
それは勝手な思い込みだから、
あれがダメだ、これがダメだと自分の事で
やんや思い煩うことはないのさ。
ただ、我々は肉体、
というかなりデリケートな乗り物に乗っているから、
痛みはあるし、恐怖をはじめとした
色んな思いに駆られるのは、
生命にデフォルトである「仕様」と考えておこう。
観念的な想い悩みについては、畢竟、
そんなものはないのに、
その人がその人の世界で勝手にやんややってる
「一人空間猫パンチ」みたいなもんだと
思っておこう。


