すべては縁あって起こる。
すべては実在しない。
仏教の悟りの神髄である。
諸行無常。
この世界に常はなし。
この世界で変化しないものなど何もない。
諸法無我。
この世界でそれ単独で存在しているものなど何もない。
すべては何かに拠りかかって存在している。
すべては相対的で、
すべては相互関係的に存在しているのだ。
私もあなたもこの縁起という関係世界の中の
一項に過ぎない。
この思考でさえも、積み上げられてきた
宇宙想念の中の組み合わせの一つであり、
また人間が持つ思考カテゴリーに沿った
充足理由律の中での帰結である。
じゃあ私が実在しないなら、私は何なの?
そう、私たちのすべては実在ではない。
でも、
私たちはこの宇宙を表象し、感じている。
この世界と関係している。
そう、だから実は実在しないという事は、
この関係宇宙そのものの一つであるという事なのだ。
小さな自我とグッバイ。フェアウェルしたなら、
あなたはこの縁起世界に帰還する。
小我という限界が無くなる。
ウェルカム。おかえり。
涅槃寂静。
小さな自我認識とサヨナラしたら、
貴方はこの生や死の概念もない、ただあり続ける宇宙に、
関係世界そのものに溶け込んでいくのだ。


