「私は私の苦悩にふさわしくなくなるということだけを恐れた。」
ドストエフスキーの言葉だそうです。
フランクルが「夜と霧」の中で引用していました。
「それだ!」とかなり唸った言葉です。
フランクルが「夜と霧」の中で引用していました。
「それだ!」とかなり唸った言葉です。
ここで言う所の苦悩とは、
可能性や創造性を求めず現状だけに生きる肉欲的な自分と、
誇りを持ち、人間的な高みを目指そうとする自分との
誇りを持ち、人間的な高みを目指そうとする自分との
葛藤のことだろうと思います。
この葛藤(苦悩)にふさわしくなくなるということ、
つまり、「悩みさえせずに」日常一般に溶け込み生きてしまう自分を
何よりもドストエフスキーは恐れたのではないかと思うのです。
(原文を文脈の中で読んでいないので本人がどう思ったかは知らない)
つまり、「悩みさえせずに」日常一般に溶け込み生きてしまう自分を
何よりもドストエフスキーは恐れたのではないかと思うのです。
(原文を文脈の中で読んでいないので本人がどう思ったかは知らない)
キルケゴール風に言えば、日常性に騙り取られ、
その状態を当然のこととして疑わず、
実存として主体的に生きていないその状態こそがまさに
実存として主体的に生きていないその状態こそがまさに
最大の絶望的状態なのだ、
ということになるだろう。
ということになるだろう。
ハイデガー風ならば頽落というキーワードで。
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新日曜美術館のゲストの言葉を後に追加すること。