杜甫 | ☆ 俺たちにはつきがある!☆彡

☆ 俺たちにはつきがある!☆彡

  ~ The Moon is always with us ~

■山寺 

野寺残僧少  野寺(やじ)に残僧少(ざんそうまれ)なり
山園細路高  山園(さんえん)に細路(さいろ)高し
麝香眠石竹  麝香石竹(じゃこうせきちく)に眠り
鸚鵡啄金桃  鸚鵡金桃(おうむきんとう)に啄(ついば)む
乱水通人過  乱水(らんすい)人を通じて過ぎしむ
懸崖置屋牢  懸崖屋(けんがいおく)を置くこと牢(かた)く
上方重閣晩  上方重閣(じょうほうちょうかく)の晩(くれ)
百里見秋毫  百里秋毫(ひゃくりしゅうごう)を見る


この郊外の寺には僧も少ない
寺の庭へと細い道が上っている
庭では麝香が石竹の側で寝むり
鸚鵡は金桃の実を突ついている
谷の流れは人が渡って来るだけのゆとりがあり
崖に上はしっかりと家が立っている
寺の高殿で日暮れに見渡すと
百里四方毛筋の先まではっきり見える


■秦州雑詩 二十首其十二  杜甫

山頭南郭寺  山頭(さんとう)の南郭寺(なんかくじ)
水号北流泉  水は北流泉(ほくりゅうせん)と号し
老樹空庭得  老樹空庭(ろうじゅくうてい)に得(み)え
清渠一邑伝  清渠一邑(せいきょいちゆう)に伝(つと)う

秋花危石底  秋花危石の底(もと)
晩景臥鐘辺  晩景臥鐘(ばんけいがしょう)の辺(へん)
俛仰悲身世  俛仰(ふぎょう)して身世(しんせい)を悲しむ
渓風為颯然  渓風(けいふう)も為(ため)に颯然(さつぜん)たり


山の上の南郭寺
此処から流れ出す泉は北流泉と呼ばれている
一本の老樹が人気の無い庭に立っており
掘り割りによって村々にその清らかな水が分かたれてゆく
秋の草花が傾いた岩の根元に咲いており
地べたに置かれた鐘の辺りに夕陽が射している
地に伏したり天を仰いだりしてわが身と世のありさまを悲しんでいると
谷を渡る風が私に答えるかのようにさっと吹いてきた


■春夜喜雨  48才

好雨知時節  好雨《こうう》時節を知り
当春乃発生  春に当って乃《すなは》ち発生す
随風潜入夜  風に随《したが》って潜《ひそか》に夜に入り
潤物細無声  物を潤《うるお》して細やかにして声無し
野径雲倶黒  野径《やけい》雲は倶《とも》に黒く
江船火独明  江船《こうせん》火は独り明かなり
暁看紅湿処  暁に紅《くれない》の湿《うるお》える処《ところ》を看《み》れば
花重錦官城  花は錦官城《きんかんじょう》に重《おも》からん


良い雨はその降るべき時を知っていて
春になると降りはじめ万物は萌えはじめる
雨は風に吹かれるまま穏やか夜中まで降り続き
すべてのものを細やかに音も立てず潤してゆく
野の小道は雲と同じように黒く
河に浮かぶ舟の漁火だけが明るく見えている
夜明けに紅に潤っているところを見るならば
それは成都の街に花がしっとりと濡れて咲いている姿なのだ


■絶句

江碧鳥逾白  江碧《こうみどり》にして鳥逾白《とりいよいよしろ》く
山青花欲然  山青くして花然《はなも》えんと欲す
今春看又過  今春看《こんしゅんみすみ》す又《ま》た過《す》ぎ
何日是帰年  何れの日か是れ帰年(きねん)ならん


水は碧色にすみ水鳥はますます白くみえる
山の木は緑に映え花は燃えんばかりに赤い
今年の春も見る見るうちに過ぎ去ろうとしている
一体何時になったら故郷に帰る日が来るのだろうか

■登高  (56歳)

風急天高猿嘯哀  風急に天高くして猿嘯《えんしょう》哀し
渚清沙白鳥飛廻  渚清く沙白《すなしろ》くして鳥飛び廻《めぐ》り
無辺落木蕭蕭下  無辺の落木蕭蕭《らくぼくしょうしょう》として下り
不尽長江滾滾来  不尽《ふじん》の長江滾滾《ちょうこうこんこん》として来り
万里悲愁常作客  万里悲愁常《ばんりひしゅうつね》に客《かく》と作《な》り
百年多病独登台  百年多病独《ひゃくねんたびょうひと》り台《だい》に登る
艱難苦恨繁霜鬢  艱難苦《かんなんはなは》だ恨《うら》み繁霜《はんそう》の鬢《びん》
潦倒新停濁酒杯  潦倒新《ろうとうあらた》に停《とど》む濁酒《だくしゅ》の杯《はい》


風は烈しく空は高く澄み、猿の鳴き声が哀しく聞こえてくる
見下ろす長江の渚は清く、砂はしろい そこを鳥が輪を描いて飛んでいる
果てることのない落ち葉は寂しく散っていき
尽きることのない長江の水は沸きかえるように流れている
はるか故郷を離れてこの悲しい秋を迎えた私は常に旅人であった
一生のあいだ病気ばかりしている身体でたった一人この高台に登っている
苦労を重ねて白くなった我が髪がつくずく嘆かわしい
せめてもの楽しみだった酒ですら、年老いた今止めなくてはならなくなった

■江村 49歳

清江一曲抱村流  清江一曲《せいこういっきょく》村を抱《いだ》いて流る
長夏江村事事幽  長夏《ちょうか》江村事事幽《じじゆう》に
自去自来梁上燕  自ら去り自ら来たる梁上《りょうじょう》の燕
相親相近水中鴎  相親《あいした》しみ相近づく水中の鴎
老妻画紙為棊局  老妻は紙に画《えが》いて棊局《ききょく》を為《つく》り
稚子敲針作釣鉤  稚子《ちし》は針を敲《たた》いて釣鉤《ちょうこう》を作る
多病所須唯薬物  多病須《な》す所は唯《た》だ薬物
微躯此外更何求  微躯《びく》此の外に更に何をか求めん


清んだ川の流れが村を抱きかかえるように流れている
この長い夏の日、川辺の村は平和にすべてが静まりかえっている
軒下に巣をかけた燕は勝手気ままに出入りし
川の中で遊んでいる鴎もすっかり私に慣れ近寄って来る
年老いた妻は紙に線を引いて碁盤を作り
幼い子供たちは縫い針叩いて釣り針を作っている
病気がちな私に必要なものといえばただ薬だけ
こんなわが身であってみれば他に何を求めようか


■秋興 八首

玉露凋傷楓樹林  玉露凋傷《ぎょくろちょうしょう》す楓樹《ふうじゅ》の林
巫山巫峡気蕭森  巫山巫峡気蕭森《ふざんふじょうきしょうしん》
江間波浪兼天湧  江間《こうかん》の波浪《はろう》は天を兼ねて湧《わ》き
塞上風雲接地陰  塞上《さいじょう》の風雲は地に接して陰《くも》る
叢菊両開他日涙  叢菊両《しょうきくふたた》び開く他日《たじつ》の涙
孤舟一繋故園心  孤舟一《こしゅうひとえ》に繋《つな》ぐ故園《こえん》の心
寒衣処処催刀尺  寒衣処処刀尺《かんいしょしょとうせき》を催《もよお》し
白帝城高急暮砧  白帝城高くして暮砧急《ぼちんきゅう》なり


玉のような露が楓の林を萎ませ傷つける
巫山の巫峡辺りには秋の気配が静かに物寂しく立ち込めている
巫峡を流れる長江に立つ波は天に届くかのように湧き立ち
砦の上の風雲は地に接するほど低く垂れ込めて、あたりを暗くする
この土地で菊の花を見るのもこれで二度目 過ぎた日を思い今年もまた涙する
私の望郷の思いを支えているのは、岸に繋がれたまま旅立つ日を待っている1艘の小舟だけ
冬着の支度のためあちこちで裁縫に追われる頃となり、
夕方、白帝城の高くそびえる辺りでは、衣を打つ砧の音がせわしなく聞こえてくる