癒しのプロセス1
◇ 癒しのプロセス
彼岸(神的視点)から世界を観照する視点を得ても、
何かが足りない気がしている。
そう、いくらペルソナの自我を相対化する視点を
得たといっても、今までの人生上で溜め込んだ
やるせない思いが消えるわけではない。
この目下の競争社会で、嫌がおうにも
優劣をつけられたりで、本来の自信を失い、
自己を評価する主(あるじ)を体外的な何かに
明け渡してしまっている人は、故にある
「複雑な劣等コンプレックス」が邪魔して
自我から離れがたくなっているように思う。
だからできれば自分で自分を癒す必要がある。
○ 自責のメカニズムを知る
人の多くは、幼少時は自責の念などなく、
ただ無邪気に生きていた。
しかし多くの人に会うにつれて、
自分に対して攻撃的な人物にも会う。
悪口を言って攻撃してくる人。
「コラ!」と言って怒る大人。
学校などでは優劣を付けて自分を評価する人に会う。
あからさまに罰する人物にも会うだろう。
このとき人はこの「攻撃的(否定的)なエネルギー」を学習する。
最初人は、もともとある自分へ肯定感が強いので、
ちょっとのことでは負けないのだが、
この世界はまさに「多勢に無勢」で、
やがて他者や、一般的な評価基準に屈服して、
ありのままの自分でいることへの自信を失ってしまう。
そしてこのプロセスで学習した
「攻撃的(否定的)エネルギー」を自分へ向けるようになる。
これがたぶん自責のメカニズム。
「嗚呼、できない私は何てダメなのかしら…」
人は、幼少時は自責の念などなく、
無邪気に「自分を実験しながら」世界を広げている
わけであるが、あるとき否定的なエネルギー、
を受けて、攻撃的な罰するエネルギーを学習する。
そしてその行き場のないエネルギーを自分に適用する。
私なんぞはやけに過去の記憶の想起力が強くて、
過去の失敗や、惨めなシーンなどが事あるごとに
想起され、そのたびに自責の念に駆られたりしていた。
もしくは、そのまま外にそのエネルギーをぶつけるか…。
多くの人はこういった自責行為の元となる、
劣等コンプレックスを抱えて生きている。
だからこの「劣等コンプレックス」の正体を暴いて
何とか癒していこう。
一番早いのは、
「存在するだけで俺宇宙!」と自信を持つこと。
なのだが…、劣等コンプレックスがあるから
この視点を持つこと、つまり「自我を相対化する」ことが
難しくなっている。
ペルソナである自我が傷つけられるのがとても怖い。
その恐怖が、それを相対化する視点の獲得を
難しくしている。
だから多くの人は「自責する自分と対話」し、
自分を癒すことからはじめる必要があるだろう。