「性依存」や「セックス依存」って病気はない。現場では時々そういう言葉が使われることは確かだけど。

 

性依存≠依存症

性依存≠強迫性障害

 

まず「ギャンブル依存症」や「薬物依存症」などのような依存症は、脳が損傷される。ひたすら「その刺激」を受けるために単純な活動を行うことができても、計画的に生活することができなくなる。いわゆる「性依存」と言われるものは、かなり細心に人間関係のメンテナンスが必要とされることが多い。そもそも性行為の相手を獲得するためにも、相当な計画性が必要なのでしょう。

一方、ギャンブル依存症や薬物依存は危険やリスクを省みず、ギャンブルをするために、薬物を手に入れるために、あらゆる犠牲を払い続ける。こんな感じに単純な行動パターンになる。

 

また、性依存はないけど、それは「強迫的性的行為」と置き換えする話も見かけたけど。

「強迫性障害に失礼だ」という気持ちになる。

 

強迫性障害を抱えている人たちにとって、それらの行為は「苦痛」を伴うもの。

繰り返されること「繰りかえ手洗い」や「繰り替え確認行為」など、やってる本人はちっとも楽しくないものでしょう。症状が軽いうちはまだ、やり遂げたあとに「ホッ」と仮りそめの安心感を覚える瞬間もあるけど、重ければ重いほど「やり遂げる」瞬間は永遠に訪れない。

強迫行為は、内心の不安、怒り、悲しみなど感情をなでおろす手段。この行為自体に意味がないことがほとんど。そもそも長年強迫性障害を患ったら、患者さん自身も「そんなことを繰り返しても、意味がないって自分も分かってるけど」になる。

 

人はみんなそれぞれ、自分の内面情緒を処理する方法を持ってるけど。強迫性障害の人たちは、もともとの真面目な性格からか、幼少期の厳しい躾からか、「規律のある行動」で処理する癖がついた。

 

俗に言う「性依存」は違う。あとになって自分の行動を語れば無感動になるけど、その時の感覚が蘇って相手と関わる前にドキドキ・ワクワクな気持ちが見られる。2つの可能性がある

 

1、躁状態

イチ心理士として、個人の観点を言えば、こういうタイプの裏切りは「許す」価値がある。ひどい躁状態になると、とにかくいろんなありえない行動を取ろうとする。あてもないのに、宝くじをやる。ギャンブルもする。お金がないのに、マンションや高級車を購入する。意味もないのに引っ越ししようとする。そして、誰でもいいのでひたすら性行為を楽しむ。躁状態になっている間、これらの行動はすべてハッピーな気分になる。

何が許せるかというと、性行為の相手に対してそれほど特別な愛着を持っていない。割と誰でもいい。相手も別に固定しようともしない。躁状態が去ってから、自分もなぜそんなことをしたがってたのか、自分もよく分からない。

更にいうと、躁状態は「自分自身がなくなり、自分が世界そのものになる」状態とも言える。うまく説明できないかもしれないけど。自分は自分でありながら、アメリカ大統領の気分でもあれば、織田信長の気分でもある。(これはまた統合失調症の妄想とはやや違う)

 

2、関係性の病気

一方、人間関係を細心にメンテナンスして、隠蔽などを計画的に行うのは、関係性の病気である。摂食障害などと同じ、これは関係性の病気であり、性行為を通じて、関係性の何かの満足感を得ようとしている。また、性行為は一番簡単でストレートで関係性を満たす方法である。その根源には、過去のトラウマや幼少期の家庭環境に関わる。

食欲で例えればこうなる。

お腹が空いてから、繊細にレシピを考えて、スーパーで食材を丁寧に選び、帰ってから手の混んだ料理をして、量が少なくても、味をじっくり味わう。これが回りくどいけど、長期的に健康的な食事生活。

一方、お腹が空いたら、走って家の近くのコンビニに駆け込んで、割引の弁当を大量にかって、ひたすら口の中に詰め込むのは、簡単でストレートで食欲を満たす方法。乱暴ではあるけど、単純明快、健康には悪いが。

人間関係もそう。

誰もが寂しい存在で、みんな何らかの形で人間関係を求めているが、職場で同僚が働きやすいように配慮したり、後輩には丁寧に教えたり、困った仲間がいたら親切に助けたり、子供を心配しながら否定せずに見守ったりなど、こういうのが回りくどいぐらい人間関係を満たしてるけど、長期的に精神面の健康につながる。

逆に、セックスするのが一番簡単でストレートで関係性の欲求を満たす方法。

 

確かに可愛そうな部分もあるけど、パートナーとして付き合いし続けていくと、こっちまで心神耗弱してしまう可能性が大きい。パーソナリティをよくするには、長年の忍耐強い努力が必要でしょう。

 

 

 

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日頃から、子供の不登校に悩まされて受診したり、相談に来られたりする方は多い。子どもたちも、話を聞けば本人たちだってすごく悩んでいるけど、それを口からストレートに表現することが稀である。

 

親たちの悩みは「正しい対応はなんでしょう?」が多い。

 

正直に申し上げると、私達も分からない。従って、精神科医や心理士の多くはこう答える「子供を連れてきてください。本人をみないと、なんとも言えません。」と

 

なぜこうなのかというと、子供が不登校になっても、子供や家庭によっては全く違った可能性がある。

 

1、子供本人が抱えている問題

子供には天性のものがあり、個性的な部分をも持っている。また、能力面もそれぞれ違う。よく言われるのが「発達障害」でしょう。

ほかの子供がそこそここなせることを、どうしても我が子には難しい。「元から人間関係は苦手な子」「元から言葉でうまく話せない」「もともと落ち着きのない子」などなど

教育環境がうまくこの子に合わせてあげられない。

こういう子たちは、いつも周りとは違う体験をして、自尊心が傷つけられることが多い。

この子たちの問題は、簡単といえば簡単かもしれないが、要は自尊心を立て直すこと。自分のことをすごいと思える活動を、親が一緒に探してあげることが重要。

精神科や心理相談に対して抵抗を持つ親でも、無理にくる必要もなく、子供と一緒に何か得意な分野を探していくうちによくなることが多いかもしれない。

 

2、学校で何かトラブルがあった

学校ではいろんな出来事を、子どもたちが直面してしまうが、話を聞いたら、中にひどいことを経験した子もいれば、別に誰から見ても普通な出来事でなぜか子供本人が衝撃な傷つきを負ってしまったケースもある。

これは成長の中では普通の流れで、深刻になることは少ない。ここは親が忍耐強く子供に付き合いし続けていくことが求められる。子供の話を聞いたり、今回の出来事で親の問題処理のスキルを子供に教えたり、一緒にクリニックや相談室に通ったりなど、そのうち子供が自分の中で例のことを消化していく。

親が忙しくてなかなか付き合いし続けられない場合、悪化になる可能性もなくはない。

 

3、学校では特に何も変なことはなかった。家庭の緊張によるもの

時に不登校の子たちと話したら、実に学校で何も悪い体験があるわけではなかった。そういうケースも少なくない。

そしたらこの子の生活内容を聞いていくと、家庭内の緊張とした感情が常に動いていることを心理士は気づくでしょう。

子どもたち本人も別に「家のこと」を意識せず、「なぜか分からないけど、学校にいけてない」という。ところが、家の緊張とした人間関係が解消したらすーっと学校に復帰することが多い。

 

4、一時的精神病症状

子供、特に思春期の子供たちは、環境や体調の原因で一時的に精神病症状を抱えることが普通である。一過性のもので、割とみんな一度は体験するものだから、深刻に捉えすぎる必要もない。

ただ、親としてはあまり強引に子供を教育するのはやめたほうがいいでしょう。

特に、家を出ると知らない人たちが怖い、学校の人達が怖い、時々一人で怖がるようにびくびくしたり、いきなり奇声をあげたり、物を壊したり、急に大声で怒鳴ったり、とにかく小さな音に敏感になったり、こういう傾向があったら、一度は受診したほうがいいかもしれない。必ず専門家に相談しよう。

 

 

 

 

 

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今まで働いてきたところで、「○○パーソナリティ障害」と言う診断名を出したところ見たことない

何とか診断書が求められた時に、「適応障害」「うつ気分」「双極性障害」「不安障害」「パニック障害」「強迫性障害」「社交不安障害」「発達障害」などなど

それはある

ところが、TwitterなどのSNSを見てると「境界性パーソナリティ障害」とか「自己愛性パーソナリティ障害」だと診断されてる

よく見かける

びっくり

こういう診断を出すところあるんだーって



もちろん、私達毎日の仕事をしてると

心理検査やったり、アセスメント面接したり

(あ、この人は境界性パーソナリティ障害だ)

(この人はうつ状態になってるけど、過食した後の罪悪感や自己嫌悪によるうつだから、拒食が再開してうつ気分が一時的に消えたら、すぐ治療から離脱するな~)

(この人はうつのように見えるけど、自己愛病理が深刻で、薬だけで治りきらないな~)

とか、思うし、チーム内でも

「この患者さんは、内的ボーダーライン構造を持っているから、そんなに親身になってあげるのは逆に彼女にとって害でしかないよ」

とか、普通に話している



ただ、あまり患者さんに向かって「あなたは境界性パーソナリティ障害だから」とか、紹介状でも「この人は境界性パーソナリティ障害です」とか言わないし、書かない。

どうしても書く必要が感じられた時は、「自己像の不安定」「自己概念の曖昧さ」「空虚感による衝動的行為が見られる」こういう書き方をすることが多い



実を言うと、私達の世代になると、人格障害の概念は結構流行りだしている。

学界という意味で、ではなく、文化的に。

私もこの道に入る前から、いろんな映画やアニメ、漫画、ゲームから人格障害の概念を知ってて

(あ、これ、私じゃん!)とか思うし

(なにこれ、深い、面白い!)とか思う


今どきの若い人たちは、深い境界性パーソナリティ病理を持った人たちは、割と結構人格障害の概念を触れた時に、一種「長年の困惑はやっと分かった!」とどこか救われた気持ちになることが多い。

今どきの発達障害と同じように

医師に「あなたの話を聞いて、どこか境界性パーソナリティの傾向を感じるが、いかがでしょうかね」と言われると、ああー理解してもらえた!と感じる人も少なくはない


ただ、これは全体ではなく、みんながみんなでこれに喜ぶとは限らない

自分は真っ当に生きてきたつもりなのに、いきなり「あなたの人格が悪いよ」みたいなことを言われて、ひどく傷つく人もいる。

 

想像してみてください

子供を連れて「うちの子は発達障害かもしれない」と困っている母親に向かって、「いえいえ、あなたの育て方が悪いから、この子はこうなったよ」とか

旦那の浮気で苦しいんでいる奥さんに向かって、「あなたは毎日そんな態度でいたら、そりゃ旦那さんも心は離れていくよ」と今日はじめて出会った人に言われたら、どんな気分だろう

 

こんな感じになる。

実際そういう診断をされて、病院や医者を訴えた人もいた。



このようなこともあって、患者さんは受診する前からネットでいろいろ調べて、自分はまさに境界性パーソナリティ障害だと感じて、医師からは(この患者さんはボーダーラインだな…)と考えながらも「今はうつ状態になっているのね。」とか「気分の波はあるみたいですね。」とか言う。そしてただの神経症レベルのうつの患者さんとは、違った処置をする。ある程度状態が安定して、経済的余裕もあれば、カウンセリングをもそのうち勧めてみる。

終始、ボーダーラインや、境界性パーソナリティの言葉を、お互い言い出さないことも結構多い。

個人的に、【自閉症スペクトラム】を【自閉症】と呼んでいる。

スペクトラムの考え方が好きだから。

スペクトラムを付け足すと長いから、いつも自閉症自閉症自閉症って言っている。

患者さんと会えば会うほど、スキゾイドと自閉症の境界線が見えてこなくなる。私だけではなく、いろんな専門の人達、結構みんなも思ってるらしい。

少なくとも、今までスキゾイドだと考えられた人たちの中に、本当はただの自閉症のケースは多分相当多い


2つのカゴを用意する。一つには赤のりんごを入れて、一つには青のりんごを入れる。患者さんとあってると、どっちのカゴに入れてもなんか変だと感じてくるケースは結構多い。そんな感じ。

スキゾイドは自閉症スペクトラムの中の一つの形、という考えもあるが、これも変だ。スキゾイドはパーソナリティ構造のことで、自閉症は能力面の話では?って思う。


これについて思ったことを箇条書きで書いてみる

①人と関わる意欲のなさ

これはスキゾイドの特徴。(社会的に自閉症の特徴と思われがち、だけど)

逆に自閉症の人々は、人間が好きって人は結構いる、というか多い、少なくはない

ところが表現は逆。

自閉症の人は、日常的な関わりに対して反応が微弱だったり、一般的な人とやや変わった反応をしたりする(反応しすぎもある)

一方、スキゾイド(能力面の障害はない)は極めて普通に反応してくれる人が多い。ただ、その反応は落ち着いて穏やかで、薄くて、薄いけど不自然ではない。
これは結構自閉症の反応が微弱なタイプとかぶっている。

スキゾイドは人間に対して執着がなくて、相手の意図とか、言葉の意味とか、感情の変化とか、全部理解できるけど
「だからなに?」って感じ。周りのどんなことが発生しても、それが自分とは関係のあることと、頭で理解できても、実感が沸かない。


②情緒伝達、言葉のニュアンス

上に書いたように、スキゾイドは相手が(この人今の言葉で不機嫌になったんだね)とか(私にはこうしてほしんだね)とかそういうのを問題なく理解できる。

理解はできるけど、やはり(へぇー)とか(うん)とか、情報として保存されるけど、何か特定な目的がなければ、それはただの情報でしかない。

何か目的があったら、例えばかつては凄腕の営業マンがいて、スキゾイド、自社の商品やサービスを契約してもらうのが目的

目的があったら、相手の反応にそって、いろいろ説明したり、勧めたりする。

ところが相手からみたら、
この人は本当にただ説明しているだけ、全く契約してほしいって気持ちが感じられない、本当に売りたい気持ちあるのか、なんかこの人なら信用できる、とか、そうなっちゃうわけ

一方、自閉症は、定義から推測すると、相手の非言語的なコミュニケーションや、言葉の裏の意味などを気づかなかったり、気づいても間違った解釈をするのが、自閉症なのではないでしょうか?


③周りの印象


自閉症の人は、変わった人(まぁ、人格障害も大概変わった人と見られるけど)と見られやすいが

スキゾイドはどっちかというと、「淡白な人」「物静かな人」「存在感のない人」「落ち着いてて、優しい人」などと見られやすいではないか。

ところが、ところがね、知能の高い自閉症は適応していくうちに、同じようにはなれるんだよ、それが


④執着のなさ


スキゾイドは世の中にそもそも途轍もないほどの怒りを持っていて、ちっともそれを持ち出さず、持ち出そうとする気持ちもない
割と世の中の全てのものに対して、ろくに執着心を持たない。

 

何を勧めても「うん、いいですよ」「大丈夫ですよ」は彼ら彼女らの流儀

健康度の高い、適応的なスキゾイドに聞けば、彼ら/彼女らはゆっくりとした口調でこう言うかもしれない「いえいえ、○○は私の生活にとって必要不可欠だとは思ってますよ」と淡々と言う。それも論理的に、不可欠だと考えてて、こっちから見れば、ちっとも必要そうな顔には見えないけど、ってなる。

一方、これも私の想像でしかないけど、やはり自閉症の人は、より趣味とか、好きなものに対して執着心があるもので、好きなものは長くやりたいとか、手に入れたら嬉しいとかそういうのがあるのではないか

スキゾイドは他者に侵入されるのが嫌だから、何か干渉されたら、あまり望ましくないだろう。その時は静かに離れていくのが彼ら彼女らの流儀かもしれない。
ところが、自閉症もそういう、人とぶつからず、静かに離れていく人は、結構いるんだよね…




結局、それっぽい患者さんが来たら、特に知能の高い感じで、落ち着いた、極めて論理的、知的な人を見ると、やはりどっちなんだろうと分からなくなってしまう。

境界性人格には衝動性がついてる。

破壊的な行動や、自己破滅的な行動がなければ、どっちかと言うとまず自己愛病理と見立てて治療を試みることが多いかも

この衝動性はやや厄介なもので、

統合失調症も衝動性がある、
躁病躁状態も衝動性がある、
クラスタBのパーソナリティ障害も衝動性がある、

そして、近年
発達障害も衝動性があると言われるようになる

伝統的な理論体系では、統合失調症以外、衝動性を全部「躁的気分をも有する」と考えて

70年代以前、パーソナリティ障害が流行るまで、そして流行った直後

境界性パーソナリティは双極性障害と診断されることが多かった

その後、分析系の精神科医はわりと境界性パーソナリティを独立させる動きがあった

ところが近年

かつては境界性パーソナリティと見られるようなケースを、あらためて、
発達障害+双極性障害と診断されることが増えている

発達障害は対人面のハンデがあるため、長期の親密関係や、一つの職場に長く所属することが難しいことがある

これは境界性パーソナリティや自己愛性パーソナリティとは共通している。

私もよくそのへんの診断が間違うので、よくBOSSに指摘される

[発達障害+双極性障害]ケースが、ボーダーラインケースと違うところは

話を聞いてみれば、どっちも生活面の不安定なところ、情緒不安定なところや破壊的なところを持っている

が、ボーダーライン心性を持たない人は、治療者との関係性、さらに言うと、治療者と同じ空間にいた時、二人の間に漂う空気はわりと安定してて、医療チームを操作したりする傾向もない

何パターンがあるけど。素直な子供のように頼る関係、内気でうまく頼れない関係、プライドが高くて遠慮がちだけどとても真面目な態度、などなど

どれにしても、
安定している。


一方、ボーダーラインの場合

前回は普通に深く深く親密なまでに話し込んでいたのに、次回に来た時は、どこかそよそよしくて、急にビジネスライクになったりする。

逆のパターンもある。

上に書いた何パターンで
繰り返す。

ここまで話すと、境界性パーソナリティの方はもしかしたら、いたずらっぽくニヤリとするかも

今までも、世の中の人々に対する接し方を、パキッと、スイッチで切り替えたような瞬間、心当たりがあるでしょう。

 

自分がこんなに不調になって、何が原因なんだろうね

ある程度話しやすい空気/空間を作れたら、患者さんをリードして、この問題を一緒に考えていく

「話しやすい空気」と言うのは、自分の
主観的なものを自由に語っていい空気のこと

「実際何があったのか?」よりも
「あなたは何を見てきたのか?」「その時、あなたはどう感じたのか?」のほうにより関心を向ける


で、自分が不調になる原因を考えていくと、時々

本当にこの人が今生きている環境は大変だ、つらいなー、その生活の中にある人ってひどい人間だなーと感じることがある

ところがそういう時に「でも、世の中みんな苦労している…」

この言葉の裏に「他の人はこの辛さを耐え抜いていたのに、自分が弱音をあげてる、自分は駄目なやつ」という考えがある

こんなセリフを言うのは、3つのタイプがいる、とは思う。




※タイプ1 深刻なうつ

昔から自責的になるのが得意で、周りの中でも自分はダントツに苦労しているのに

「私は恵まれている」「私は一番自分に甘え」「私がもっとしっかりしてれば、周りはもっと幸せになれたかも」などなど

こういう人は、
自分のことになると、真実が見えてこなくなる。自分を責めて、自分を否定する。

どうしようもない。


この考えを正そうと思わないほうがいい、無理だから

そのかわり、この人を見捨てないであげて。


話をしてあげて、話を聞いてあげて、一緒にいてあげて、体を触ってあげて、手を握ってあげて、
その人に何かをしてもらおう、そして自分から何かお返ししよう




※タイプ2 不安の人

不安の人は、うつの人との原理は全く違う。

不安の人は、自分は病気であること、自分は不幸であることを見たくないわけ

だって、そんなのを知ったら、不安になるじゃん!!


だから、私は健康です!私は普通です!

自分は特に苦労してるとか、そういうのをあまり考えたくないわけ





※タイプ3 苦労しているけど、言えなかった人

このタイプは【比較的健康】~【病的】なレベルまで幅広い

自分はかなり苦労してて、今の環境はかなりシビアであることを本当は理解できているけど

それを言い出せない事情がある


今までは自分の考えを言ったところで、
周りから否定されて、

「それは甘えだ」とか

「みんな苦しんでるよ」とかと言われて

そう否定されないために、自ら先に「みんな苦しいでしょうね」という考えを持つようになった。

こういう方には話しやすい雰囲気を作ってあげることが出来たら、割と話してくれる。


このタイプの中にもいくつかの亜型があり

環境をあまり正確に評価できない人もいる。

環境を正確に評価できてる人は比較的健康度も高くて、適応能力も高い。

一般的に相手が話している時、話の腰を折らないことが重要だと

どこでも言われている

ところが私には、時に
わざと相手の話の腰を折ることがある

(もちろん、わざと相手の話を中断させて、相手を困惑させ、相手の脳がまだ回ってきていないうちに自分の話を切り出すと言う話術もある。これはたまに上司が部下にやったりして、自分のほうが上だと言う印象を無意識的に植え付ける。ここでは、こういう話ではない)

と言うのは、こういうケースの時

「実は職場にある同僚がいて」とか

「最近は友達とうまくいかなくて、そしてもうひとりの友達と相談したら」とか

「この間、昔からの友達と、職場の友達と一緒にごはんを食べにいって」とか

こういう時、私はわざと相手の話を折って

「あ、ごめん、できれば
何か呼び方をつけてくれれば助かる」

【Aさん】でもいいし、【田中さん】でもいいし、【部長】でもいいし、【ぶりっこ】でも【真面目くん】でもいい

そしたら人間関係が一気にわかりやすくなる

そうすると、話していくうちに、相手と私の間でこの【Aさん】はこうこう、こういう人物であるという人物像がどんどん共通認識が出来上がる。

今度から相手は、またAさんと何かあった時に、私により話したくなる。なぜなら、余計な説明はいらず、

「この間、またAさんと一緒に○○しに言ってたら」とか

こういう共通の呼び方がないと、いつまで経っても、「一から説明しないといけないから、今はそういう体力がない」って気持ちになる。

一言自閉症だと言ってもみんな表現が違ってて

これは定義そのものの曖昧さがあるのが原因。

現場でも何人かの患者さんの中で自閉症傾向あリの人を判別させたら、専門家同士の間でもある程度の違いは出てくる。

ただ、一応流行りの診断名でもあり、行政上でもいろいろ制度があるものだから、これから分かりやすい定義が出るでしょう。



で、同じ自閉症でも表現はかなり違ってて、社会生活において
以下4つのタイプがある、と思う


自閉症の人は話しやすい人が多くて、余計な挨拶とか、余計に空気を読んだりしなくても、いちいち気遣いを考えなくても、気楽にストレートで話しやすい。
でも、いろんな人と接したら、それもまた一部の人で、人によってはとても会話が成立しない人もいる。

自閉症は問題ではなく、話しやすいかどうか、接しやすいかどうかは、パーソナリティや知能、文化とも関係しているかも

回避型
これは一番、社会的印象というか、偏見のイメージに近いタイプで

非社交的で、人間関係をもあまり求めたりしない。人間関係をもあまり持ったりしない。

人によっては、向こうから本人のことを親友だと認識する場合もあるけど

本人からしたら、知り合い程度、としか思わないことも多い

会話を試みようとも、あまり返事したりない、返事しても自分の関心のあること(話題が飛ぶ)についてだけ話したり、相互性がない

別に誤解されても特に気にしないし、理解されたい考えもあまり持たない

(ただ、健康度は高ければ、理解されたい欲求や人間関係に対する欲求は漠然と持っている)

(それを持ってなかったら、自閉症よりはスキゾイド心性のほうに近い)


話す時無表情が多いかも



■受動型
こちらもよくあるタイプで

女の子は大体内気で大人しいイメージ、そこそこファッションを整えているが

ワンポイントかツーポイントで抜けてるところがあってかわいい

男の子はそこそこ目立たない服装が多くて、やはり髪の毛とか爪とかどこか抜けているところを持っている。

このタイプは、とにかくピュア

いい子が多くて、自ら進んで友達を作ったりはできないかもしれないけど

周りから声を掛けられやすい

結構相手に合わせるから、友達からも好かれやすい

あまり人を攻撃することはできない

けど、妙に毒を吐く時がある、
自覚はない

いい友達に恵まれたら少しずつ自分の考えや気持ちを話せるようになる

話せるは話せるけど、中にはやや変わったセンスとか、話が飛んだりとか、

本人の中では繋がっているけど

とにかく大人しくてかわいい

話す時は、うまく表情を作れないことが多くて、結果的に表情がないことが多い

時々おかしな話になると、
変わった笑い方をする

それもかわいい


強迫型
こちらのタイプは多くはないけど、たまにある

男性に多くて、2時間前に買ったばかりじゃないか?と思わせるようなキレエエエエイなスーツを来てて、チリの一つもついてない。

髪の毛も一本一本、キレエエエエエイに手入れされたようなきっちりとした感じ

とにかくまどろっこしいなぐらい礼儀正しくて、自分の動き一つ一つに対して全部指示を伺いたいぐらい

もう、「ただいまから、呼吸…をさせていただいても…よろし…?でしょうか?」とやや固まっている笑顔で、とてもとても従順な態度で、のような感じ

このように、これもまた
いい子が多くて、みんな結構素直

推測だけど、たぶん小さい頃ちょっと何か対人面の挫折があって

自分なりに社会的に望ましいことを調べて

それこそ今の時代で言うと、スマホで「会社でいい人間関係を作れる人が気をつけてる7つのポイント」みたいなのを熟読して、死ぬ気でそれを全部実行しようとしたり

そのうち、意外とこの方法はうまくいけてて、コミュニケーションは下手かもしれないけど、こうすれば周りと違わずに環境に適応できると思って

どんどんこのマニュアル共信者の傾向が強化されていく

このタイプは人間関係が多くなったり、複雑になったらすぐ疲れる

話す時は変な表情をすることが多くて、大仰な感じがするかも

積極型
こちらもたまには見かけるタイプで

1と2ほど多くないかもしれないが、決して少なくはない

とにかく、人が好きなんだ!



人と関わりたいの!

もう、人懐っこくて、人に優しくしたい

子供のこのタイプは、周りから厄介がられることが多い

けど、大人になれば、結構面白い存在で、周りから可愛がられやすい

でも、話は通じ合わないの!

でも、面白いの!

でも、説明してもなかなかゲットしてくれないの!

でも、面白いから許せる!


な感じ

毎日ぴょんぴょんしてて、「この子、センスめっちゃオモロ!」って人が多いかもしれない

男性だと、よほど大人でないと、このタイプの男子とは接し続けるのはストレスになりやすいから

このタイプの男子は、割と女子にモテる(笑)

落ち込む時はしゅ~んと落ち込む

話す時は表情を出すことも多いが、ほかの人と違った表情をの使い方をすることがあるかも

「怒りが抑えられない」で相談してくるケースはそんなに多くはない

 

でも定期的にくるもの。

 

家族に当たり散らして、困ってる。

部下に当たる人はあまり自分の怒りを問題視しない、受診も来ないだろう

 

男女によって、ややメカニズムが違ってくる印象はある。

 

まず女性の8割以上は家庭のストレス(タイプ①)によって、怒りが抑えられず、わざと旦那が傷つくような言葉を選んで、刺激する。

旦那は優しく、奥さんを大事にする人が多い(じゃなかったらとっくに別れている)。

 

このタイプ①の多くの場合は育児においての不自信からの不安

もとからそんなに自分に自信を持つタイプではなく、学生時代もテキパキと自立的な同級生に憧れを持つことがあるかも。

 

いざ子供が生まれて、家事と育児をやり始めたら、ほらやっぱり私はうまくできない!

 

別に誰も責めてきたりはないけど

自分が自分のことを責める。

 

女性で怒りのことで相談してきた人は、まず旦那のことは結構好き、心の中から本当はわりと頼っている。(すでに心が死んだ奥様たちはもう旦那に何も期待してない…)

 

んで、怒る。原因不明。旦那のいつもの些細な言動に激しい怒りが湧く。

怒って、自分はこんなにも今の生活に不安してるって少し伝わる。本当はちょっと手伝ってほしい。仕事で大変なのはわかるけど、それでも手伝ってほしい。

自分の言っていることはわがままだと分かっている。分かっているからストレートで言えないものよ~

この時の旦那の対応にもよる。この感情的なコミュニケーションを突っぱねたら、奥さんは怒ったところでスッキリしない。

 

もう一つはまだ子供がいなくて、会社で本当に大変な女性(タイプ②)

これはもとから彼氏や旦那との仲が良好で、会社で溜まったストレスを八つ当たりでパートナーにする。

本人も相手もこれが八つ当たりだと分かってて、わりと回復しやすい

 

(余談だが、そういう当たるパートナーがいない人は、人によっては会社の後輩に当たる人もいて、そういう人たちはまず、怒りのことで相談してこない)

 

 

次、男性。

男性も2つのタイプにしよう。一つはそこそこ社会に適応出来て、年を重ねて、そこそこの地位にもついている。これをタイプ③にしよう。

もう一つは、社会にうまく適応出来ず、仕事も安定しない、お酒飲みやギャンブル好きも多くて、家に帰ったら社会から認められないが故に、少しでも奥さんが自分をなめたような言動があったら、激しく怒ったりする。これをタイプ④にしよう。タイプ④はまず相談してこない。

 

タイプ③

このタイプはもともと不安になりやすい男性が多くて、小さい頃から真面目で、仕事も生活にも一生懸命、完璧主義なところもあって、かわいいなほど努力家で、社会でも認められていることが多いかも。

 

歳を重ねて、子供が生まれたり、成人したり、会社が役職についたり、責任が増やしたり、気難しい経営者との関わりが増えたり、などなど。

 

もともと心細い人で、本当は弱ってくると依存欲求はとても強いもの。医師との関係もそうで、「もう全部管理してください!」と口では言わないけど、心の底から叫んでいる。

 

本当は幼い頃の両親のように厳しく管理されたい。自分で何も決めなくて、全部周りの大人に決めてもらい、自分はただただ頑張り屋で、決められたことを一生懸命実行するだけ。

 

そしたら不安にならずに済む!

 

んで、こういう人たちに対する点火するポイントは、男性は自分なりに最大限の「今からアナタに甘えようとするつもり」のシグナルを発した(だいたいは下手だけど、大目に見てあげて、そもそも不器用なんだから)

 

したあとに、奥さんの冷たい対応をされたら、今までの不安は一気に羞恥心の烈火の如くに燃え盛り、手を出さない人は多いけど、ものを壊したりするケースは多い。

 

 

 

 

タイプ①もタイプ③も自分の気持ちをうまく言葉で表現できず、相手に感情的ダメージを与えることによって、「ほら、あなたが今感じている苦痛は、私が毎日感じているものよ」と、そこでパートナーが苦しくなったら、怒り出したほうは少しはスッキリする

 

でも長続きしない

生活自体は何も変わってないから

 

 

繰り返しになるが、怒ったあとに、パートナーに対して罪悪感を覚えるからこそ相談してくるもの。じゃなかったら、相談してこない。

 

うつ、うつ病と言えば、今どき誰もが知っている単語となっているように感じる。

 

一方、「この間テレビを観て、初めてこの単語を聞いて、自分はまさにそれだと思いました」「もともとパニック障害を持っている友達と最近のことを話したら、あなたもそうじゃないかと言われて、受診してみました」などのような話は未だにしょっちゅう聞く。ほかのマイナーな病名よりはそこそこ認知度は高いかもしれないが、【うつ】ほどではない印象。

 

受診してくる患者さんの中で、割合はうつに負けないぐらい多い。時期によってはうつで相談してくる人よりも多いかもしれない。なにせ深刻なうつにでもなれば、受診する意欲はそもそも消えていく。それに対してパニック症状は切羽に詰まっているからだ。

みんな口を揃っていう「なったことのない人に話してもきっと分からないだろう」って。

動悸、めまい、冷や汗、息苦してく吸っても吸っても吸い足りない、原因の不明の手足の震え、背中の筋肉が常に強張ってて痛い、体の火照りや、「自分は死ぬかも!!!」と根拠はないがこの考えをやめられない、「自分は何か重大な病気になっててまだ気づいていないかも!」などなど。

あれは苦しくて苦しくて苦しくて、死んじゃいそうで、や、むしろ今死んでもいいから、死んだほうがまだ楽(でも死にたくない、パニック障害の人は数多くのタイプの中でも自分の健康を強く意識するほうだから)なぐらい苦しい体験で、一刻も早くこの苦しい感じを消してほしいと望んでいる。

 

また、パニック障害の初期はなぜ自分の体はこうなってしまったのか、心当たりが思いつかないことが多い。すると、今まで通りの仕事や日常生活を維持したい気持ちが強い。

のちに自分は何が嫌なのかだんだんわかってきたら、とうとう断念しはじまる。

 

パニック障害のよくあるやっかいなところの一つには、専門家の言葉を聞いてないと、安心できない。ところが、抗不安薬とか、メンタルに作用する薬に対しても強い不安を持っているので、正直、あまり飲みたくない、「依存性があるのでは?!!!」「副作用は怖い!!」などなど。そんな感じで、医師の指示通りに服薬できない人も多いけど、受診をやめるのも不安だからなかなか踏ん切りがつかない。

また、話を伺えば「生活には満足してます!」「悩みはありません!」「心配してるのは体の症状だけ!」「会社も家庭もうまくいってます!」と、よほど信頼関係を築いていかないと、なかなか不安のことを考える勇気を持てないかもしれない。

実はここにパニック障害の病理があり、もともと生活の中のストレス源となるものに対しても、同じようにこの相反する気持ちを持つことが多い。「嫌だけどやめるのもな~」「本当は悪い人ではないけど、これからも出来れば付き合い続けたい気持ちはるが、ちょっとそういうところがどうしても…」のような気持ちを密かに抱えているケースが多いかもしれない。そこは強迫性障害とは通じるところがある。