この日の表現アートセラピーで
出てきた私の真実。

旦那さんが、3ヶ月間作品作りに集中するために、
少しの間別の家に暮らすことにした。

離れることになって気づいたこと。
ここ1~2年重ねてきた日々の中で、
少しずつ私の中で溜まってきたものがあった。

女性として求められていないことへのさびしさ。
無価値感。


今日描いた1枚目の絵。
目をつぶって、体から出てくる衝動で描く。


自分の中の
かすれたような中身が、
風に吹かれて飛ばされていく。

私の中が、
空っぽになっていく。



2枚目の絵。
今度は目を開けて、
今の不安や悲しみを描く。


空っぽになった私の膣。

問題なんてないように、
覆い隠すようにしてきた中央の線の下に、
波打つように揺れ動く悲しみ。
赤く傷ついた痛み。


こんなにダイレクトに、
性について表現したのは初めてだった。
傷ついた、女性としての私の部分。
求められていない。
満たされていない。
そんな空虚感と、痛みを感じていた。

ワークの中で、ペアになったパートナーに
絵について何も言わずに見せて、
感じたままにムーブメントしてもらう機会があった。

「この絵でいいのかな..」と戸惑いつつも、
一番勇気を出して描いたこの絵を、
パートナーがどんな風に動くのか知りたくなった。

パートナーは、思いがけずあたたかく、
力強く自分の身体を抱き締めていた。

「あぁ、そうか..。
例え私の心が傷ついても、
私のこの身体は決して傷ついてはいない。
むしろ生き生きと生命力に満ちて
今も新しい生命を育める力がある..」

そんな気づきをもらった。


そして、3枚目は立体。
テーマはなし。
自由に、思い付くままに、手を動かしていく。



晴れ渡る青空の下に、
汚れた洗濯物が籏のように風にはためいている。

こんなものを作ったのははじめてで、
自分でも何だかよくわからないけど、 

なんとなく汚れた洗濯物というのが
自分の中の義務感からの家事生活や、
妻という役割に疲れた部分に感じられた。


でもその一方で、
上に広がるのが青空というコントラストが不思議だった。

しかも、グランドキャニオンのような崖の上にはためいているイメージだったのだ。

今は役割に疲れて、さびしさを抱える自分も、
その一方でどこか大きな世界に守られているような、
自由で爽快な風を感じ、そこから旅たとうとしているような気がした。


頭ではとらえきれない、
無意識からのメッセージ。

思考を手放して、なんとなくの体や手の動きについていくと、こんな面白い出逢いがある。





触れる

触れる


本当に

触れる


あなたに 触れる

私に 触れる


そっと

やさしく

やわらかく



近づく



感じる



触る



感じる



入る




味わう






溶けてゆく








触れたい


触れられたい




あなたに



1 の次は 2

2 の次は 3

今日は 7 という日なんだよ

明日は 8 の日

どうして?

どこに?

どうやって?


いち にー さん

えぃ びー しー


区切られた隙間の中で

私は首をかしげる

誰が?

どこから 

どこまで?


そしてこれは逆方面の電車だったことに気づき

今まで私はどこにいたのか

もう分からない


答えは必要ですか?

あなたは何が見えますか?