何かが終わらなくて
締め切り前で

追い詰められてるとき
自分を追い詰めてるとき

いつもは
「終わらない終わらない」って
思考でいっぱいになっているけど

丁寧に体に意識を向けてみると

私は自分の体を 
固めている

まるでみぞおちを
拳で下からぐりぐりと圧迫するように
力を入れて
固めている

下っ腹の固さ
そこから突き上げるように
みぞおち
あご

まるで金剛力士のように
ものすごい力で
全てを圧迫している

こんなに息苦しいのは
この力が加わっていたから

それに初めて気づいた

「終わらない」思考の中にいると
この息苦しさは当たり前になっていて

どうしようもないものだと
終わるまで解放されないものだと

体に起きていることには
意識を向けずにいた

下っ腹を握りしめてるのは  
顎を噛みしめてるのは
他でもない

私自身

「終わらない何か」によって
こうなっているのではない

わたし が
こうしている

そこに気づくと
「されている」自分から
「している」自分になる

頑張って
頑張って

力を入れている

わたし

その一番奥で
「終わらなかったらどうしよう」と
怯えている声がする

そこに
静かに耳を傾け
そっと
心を寄せて

そこで
呼吸をする

力を抜こうとしなくても
(それは大抵うまくいかない)

その一番奥で
怖がっている自分と

一緒に呼吸する


放っておいても
このままでも
「何か」が終われば
自動的に緩むけれど
また次の「何か」はやってきて
また私は苦しくなる

「終わらせる」前に
「終わらない」一番苦しいときに

私はわたしに気づけるか
からだと一緒にいられるか

そこで
少しの間

一緒に呼吸する

固さは変わらなくても

そこに
少しだけ
スペースが生まれる

呼吸が入るくらいの
少しの隙間

そこで

私は
わたしに
触れられる

 


木に触れる

閉じていた
私の頭が開いていく

体が開いていく

樹から
流れ込んでくる何か
流れ出ていく何か

体を巡り

私は一本の管となって

頭から空に出て行くもの

足から大地に出て行くもの

そしてまた 
入ってくるもの

遠い遠い空から
私という管へ

深い深い大地から
私という管へ

この大きな世界を巡る
流れの一部になる

「私」という小さな制限を離れて

もっと大きな
本質的な
「わたし」に還ってゆく

そして

呼吸が
生まれる




表現アートのカウンセリング
セッション練習。

何度もやってきて、
やっぱり毎回ドキドキする。

でも、
これまで積み重ねてきたものが
自分の中に確かにあると
感じられたセッションだった。

今回は、
クライアントから言葉はほとんど出なくて、
画材やスカーフなどの素材に触れるうちに
「やすみたい」という言葉が出て、
机に突っ伏して座ったクライアントの背中に
私はそっと手で触れるだけの時間に。

はじめは
「このまま寝ちゃったのかな」
「私がいる意味あるのかな」
って不安になったりもしたけど、

背中に触れている手が
どんどん繊細になっていって

相手のあたたかさや柔らかさ、
呼吸の動きがどんどん伝わってきた。

この時間、
ただ一緒にいる

その心地よさを
全身で感じていた。

そして、実は
クライアントも
起きていて
触れられている背中の感覚を
そこでの体とからだでの会話を
感じていた、と後から聞いた。


そして、最後に少し
今の感覚を絵にしてもらった

からだとからだ

そこでの出逢い
触れあい

その感覚を
そのまま
色や音や動きで表現していく

そう、
わたしは

これをやりたかったんだ

難しい言葉を使ったり
難しい資格をとったり
そんなことに魅力を感じるけど

本当はもう、
この瞬間から始まっている

体とからだ 

という

この遥かな神秘