電車で体が揺られている
おしりの下のクッションの柔らかさを感じている
頭は血の気が引いていて
お腹のなかはぐちゃぐちゃにかき混ぜられた感じ
昨日までで全身に力が入りきってしまって
それが思うようにいかなかったことで
今日は逆に気が抜けて力が入らなくなっている、と考えている
「すごく頑張ろうとしていた私」
そう考えると、急に肋骨の力が緩んで
開いていく感じがする
頑張って、認めてもらおうとしていた私
「まただよ」
「もうそうしないって決めてたじゃん」
「早くそれに気づいてればね、昨日もっと力を抜いて、もっと純粋な動機でやれて、もっと良いものが出来て、みんなに誉めてもらえたんじゃない」
そんな言葉が浮かんでくる
「結局人に誉められたくてやってるんじゃない」
「情けないね、しょうもないね」
「自分のためだよ、全部。身勝手な人間だ。自己中心的で、自分のことしか考えてない」
「だから、いつまでも完璧になれない」
「完璧になれない」
「あの人のように、きれいになれない」
「あの人のように、才能を発揮できない」
「お前はしょぼくて、大したことのない、なんの魅力もない人間だ」
「そのくせ目立とうとして、みっともないね」
「やめちまえ、やめちまえ」
「やらなきゃよかったんだ、恥ずかしい」
よくもまぁ、
台本を書くときはあんなに言葉が出てこないのに
こんなにスラスラ言葉が出てくるものだ、と考えた
頭の中が揺れている
「新月のせいだ」と考えた
「新月のせいで浄化が起きてるんだ」
「魚座の月だから、自分のところに月が戻ってくると、いつも辛くなる」と考えている
だから仕方ない…
「自分の醜いところが浮き上がるんだ」
「剥がれ落ちたものが水面に出てきちゃうんだ」と考えている
完璧にはなれない私。
いつまでたっても、理想としている、
何の汚れもなく、完璧にワークをリードして、人を感動させる台本を書いて演出をして、
「素晴らしかった」と泣きながら誉めてもらえるようにはならない。
「そんなことを求めていたのか」と考えている。
そうなったら、やっと私は私を誉めてあげられるのに。
何の非の打ち所もない、批判されるところが全くない、完璧な私。
「そんなものを目指しているのか」と考えている。
だから、脚本も演出も役者もファシリテーターも、はじめはすごくやりたいのに、実際にやろうとするとものすごく怖さが出てくる。
「完璧に出来ない自分」と直面するから。
いつも欠点を探しているから。
あぁ、疲れてしまった。
いつまでも終わらない。終わりがない。
完璧に、何の不安も問題もなく、誰からも絶賛されるワークや演出をして、安らかに穏やかに喜びに満ちて生きている自分にはたどり着けない。
そんな生活はやってこない。
「そんなものを目指しているから、いつまでも楽になれないんだ」と考えている。
考えることに疲れて、
またお尻に意識を向ける。
いつの間にか、お尻がジンジン痛んでいる。
「そんなに長い間、座っていたのか」
肩や首を動かす、のばす
ずいぶん固まっていた。
お日様の光が窓から入ってくる。
「こんな完璧主義で自己否定的な自分がいなければ、楽になれるのに」
そうやってまた自分を否定している。
でも、この自分は消えない。
今も、私の中にいる。
お腹と頭の中で動いてる。
こんにちは。
そんな自分に。


