「ふつう」の功罪 | プラススタディのブログ

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こんばんは。プラススタディの福嶋です。


これはここ最近の話ではないのですが、生徒を含めいろいろな子どもたちと話していて本当によく使われるようになったなあ、という言葉があります。


それは「ふつう」という言葉。


作文や日記の話をしているときに、子どもたちの体験を聞き出して「その時どう思った?」と聞くと、返事として返ってくるのが「ふつう」という言葉だったりします。山の頂上で素晴らしい景色を見て「ふつう」、海で泳いで「ふつう」、花火を見て「ふつう」、サッカーで点を決めて「ふつう」。


塾や学校の大きいテストを受けた後の子どもに感触や自信のほどを聞いても「ふつう」が返ってきます。


一度、受験生になってもなかなかエンジンのかからない子どもに少し発破をかけるつもりで「どれくらい志望校に合格したいと思っているか」をたずねた時に(その子は自分自身で第一志望の学校を決めていました)「ふつう」と返されて脱力した覚えもあります。ふつうに合格したい、ってなんじゃらほい。


確かに、この「ふつう」という言葉は便利ではあります。

可もなく不可もない状態、特に良いわけでも悪いわけでもない状態を幅広く指すのにはちょうどよい。

だいたいにおいて突き抜けた悪い状態、突き抜けた良い状態よりそうでない状態の方が多いわけですから、これだけ万能にいろんな状況を表現できる言葉もないわけです。積極的に「当然のごとく」「当たり前に」という意味もあることを考えると、なんじゃらほいと言っておきながら「ふつうに合格したい」はわからない表現ではないですね。


誤解の無いように先に言っておくと、今回のこの記事で「ふつう」と言わせてはダメ、と書きたいわけではありません。僕は「ふつう」は「ふつう」で別にかまわないと思っています。


だから、子どもさんが何を聞いても「ふつう」と返してきた時に、「ふつうって何よ、もっと他にあるでしょ」とは言わないでほしいのです。子どもにとっての「ふつう」を否定する必要はない。


特に思春期まっただ中の子なんかは、何につけてもめんどくさい(特に親とのやり取りに対して)という気持ちがかなり強いので、本当は他に言葉が思いついていても「ふつう」と言っちゃうことの方が多いように思います。そこへ「ふつう」を否定してしまうとややこしくなってしまいます。


ただ、あまりに便利なので「ふつう」としか言わないと、いざという時に表現の幅が広がらないのも事実です。


僕のやり方ですが、語彙を増やしていきたいという気持ちもあるので、こんな時はなるべく子ども自身が語ってくれそうなアプローチをします。


いろいろ方法はあるのでしょうが、僕は最近「ふつう」を「ふつうに」に少し変えて、一つだけ質問を足すようにしています。


「テストどうだった、自信はある?」

「ふつう」

「おーそうか、ふつうにトップねらえそう?」

「トップなんかとれるわけないやん」

「ありゃ、でも算数は得意でいつもいい点取れてるやん」

「まあ、算数はふつうに大丈夫やと思うけど、国語が……」


これくらい子どもの方から状況をしゃべってくれればじゅうぶんです。

もうすでに「ふつう」一言よりずいぶん詳しくしゃべっていますし、本人も自分がしゃべっている内容をそれなりに整理しつつある状態です。


それでもかたくなに「ふつう」としか言わないときもあります。そんな時はなんとかしゃべらせてやろうとはせずに、「そっか、ふつうにおもしろかったんやね」「ふつうにすごいな、それは」みたいに、子どもの方で必要な作業が首を縦か横に振るだけでいい言い方にしてやればよいように思います。


ポイントは、「ふつう」と言った子どもの言葉自体は否定しないこと。それから、「ふつう」を逆手にとって子どもに「そうじゃなくて、(本当は)~」と説明したくさせるような質問にするということ。

是非お試しください。



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あんまりふつうふつう書いてたのでなんかちょっと、ふつうじゃない感じになってしまいました。


それでは今日はこのへんで。