こんばんは。プラススタディの福嶋です。
国語という教科は、つくづくおもしろいなと思います。
大人になれば理屈は置いといて答えはわかる。でも「わからん」と言っている子どもに説明しようとすると難しい。
この「いや、まあ、理屈は置いといて、答えはこれになるわけよ」というのを、子どもは決して(わざとではなく)理解しないわけです。
そうなるとやはり、「国語は理屈で教えていく教科でなくてはならない」ことになります。
でも、一般的な「国語」という教科への印象、とりわけ国語を苦手だと感じている人の抱く「国語」のイメージって、正反対なんですよね。
国語という教科を教える仕事をしていて、僕が一番嫌いな言葉は「国語はセンスで解く」という言葉です。そんなわけない。
確かに「言語センス」というものはあります。子どもが非常に鋭い感性で「そうくるか」「その言葉をチョイスするか」という表現をして感動を覚えることもあります。
でも、「選択肢をセンスで選ぶ」とか、「記述はなんとなく書く」とかいうのはやはりズレている。
「センスで解く」という表現を裏返すと、「理屈なしになんとなくで解いている」ということになります。
そう考えると、「理屈っぽい」というのは何も理系の人の専売特許ではないということですね。
「センス」がないからダメなんだ、と思ってしまって自信を失っている子どもに、少しずつでも理屈を身につけることで「あ、わかる、かも」という感覚を体験してほしいなと思います。
「あ!わかった」と言っているときの子どもたち、ほんとにいい表情をしてるんですよね。
今後も一つでも多くそういう表情を見たいと思います。
ではまた。