「ティール組織ってなんだ?」

ポストコロナの世界を想定しつつ、今から新しい社会を構想するために、その起点を担う次世代型組織の在り方として気になるのが「ティール組織」である。

フレデリック・ラルー氏の著書をはじめ、関連本を読むと「ティール組織」という名前は、組織モデルの一つとして、組織の内発性を軸に5段階中最も進化した組織を区別するためのにティール色(青緑)を象徴として選んで命名したものらしい。

そして、「ティール組織」はどんな組織か? これに答える説明としては、「社長や上司が業務を管理するために介入しなくても、組織の目的実現に向けてメンバーが進むことができるような独自の仕組みや工夫に溢れている組織」ということである。

初めて聞くカタカナ語にありがた味を感じてしまい、輸入品に対してわかったような理解をしてはいけない。自分なりの言葉で捉えると「現場が判断して柔軟かつ創造的に動く組織」「内発型組織」「全員参画経営」「組織の生命化」といった辺りだろう。だから一言でいうなら「創発する組織」と言ってみたい。

では、どのようにしたら「創発する組織」をつくることができるのだろうか? ふっと考えてみると、4日ぐらい前からこのつぶやきで書いている「対話」「技術」「理念」がヒントになる気がしてきた。

➀「疑似理念」ではなく、組織の存在意義を示し周りからの共感を導くような「真性理念」の下、②「疑似技術」ではなく、その場その時にぴったりと合った「真性技術」による現場力と、③「疑似対話」ではなく、主従関係を持ち込まない「真性対話」による意識の共有をもってすれば、「創発する組織」がつくれるのではないだろうか。

これ、ほんと、たまたまの連想仮説なので、改めて検証してみることにします。

「疑似理念ばかり」の話

ここのところ「疑似対話」「疑似技術」と展開したところで「疑似理念」を取り上げます。

4/19のつぶやきでも紹介した大和信春さんは、理念づくりを指南する研究者でもあります。余談ですが、大和さんは、昨日紹介した川喜田二郎さんに師事してKJ法のインストラクターもされていたそうで、その後、問題解決法を理念型に発展させたIST(情報統合技術)を開発されています。

大和さんは、多くの企業が理念としている文言を見てきましたが、ほとんどが理念の要件を満たしていないと、バッサリだ。だいたいが、理想、願望、方針、方法、姿勢、キャッチコピーレベルといった「疑似理念」ばかりで、究極の目的や志が表現できていないとのこと。

「企業(人)は時流に適応すればよいのだと多くの企業(人)は考えているが、適応しながら何をするのか。世界観なくして目先の関所に心奪われているようでは、周りからの支持を失い、いずれ消滅する」と手厳しい。

では理念とは何ぞや? 「究極の目的であり、それに向かう姿勢が表現されている指針。主体の存在価値を表すもので、関与者の共感を導く大本となるのが理念。」 

理念を突き詰めると、どの理念も大方6つの根願に集約できるという(写真1参照)。また、8つの要件すべてを満たしていないと理念とは言えないとのことである(写真2参照)。

我が社PSサポートは、社名そのものが理念と思っていたが、「そろそろ村田さんも理念を作る必要がありますね」と、しれっと言われてしまったので、大和先生による指南の下、2003年8月のお盆休み3日間を費やし、次のような理念を絞り出した。いや、理念が降臨した。『自律的進化の前線を開拓する』だ。説明はやめておくが、遠回りしていると思いつつ、常に振り返る指針となっている。

「適正技術は情けない」話

昨日のつぶやきで、主従関係を持ち込んだ場の「対話」を「疑似対話」としたところで、今日は「疑似技術」についての話に飛躍します。

KJ法(問題解決の発想法)の創始者であり文化人類学者である川喜田二郎さんが、今から35年前に退官記念の最終講義「私の歩んだ道 歩む道」で語ったこと。

ネパール山岳地帯アンナプルナ地域にある集落でのフィールド調査を経て、学者としての関わりから、腹をくくって技術協力に踏み出す決意をしたくだりで、

「適正でなければ、そもそも技術というのはおかしいんです。にもかかわらず、わざわざ『適正技術』という新語が必要になったとは、なんと情けないことか。それこそ技術が暴走している証拠ではないか。」

燃料や肥料となる薪の過剰採取による森林破壊・土壌侵食が進行する問題に対して、KJ法を使い真のニーズを捉えた上で「その時その場の状況にぴったり合った技術=適正技術」が既存に見つからなければ作るまでさと、渓谷の急流を動力にした遡上するボートや運材用の簡易なロープラインを開発された、とのこと。

技術を提供しようとする前に、その時その場の状況を把握し、真のニーズを捉えておく必要がある。そうでなければ「技術」とは言えない。問題把握とセットでない技術は「疑似技術」ということになる。

ここから自慢話…川喜田二郎先生の最終講義で、オイラはカメラ役を担ったことが自慢なんです。今では考えられないが、講義中にビールが出され、その勢いで宴会になだれ込み、丸2日間に亘る十数次会という宴会記録がつくられたのだった。