♪カーテンを開いて、静かな木漏れ陽の
 やさしさに包まれたなら、きっと、
 目に映るすべてのことはメッセージ♪
(ユーミンの歌「やさしさに包まれたなら」より)

「木漏れ陽は誰かからのメッセージじゃありません。ただの自然現象です。でも、ユーミンはそこにメッセージを読み出した。自分を祝福してくれるメッセージをそこから「勝手に」受け取った。そしてその贈り物に対する「お返し」に歌を作った。」(内田樹著『困難な成熟』より)

これって、親鸞の『歎異抄』の一説と同じ「贈与論」なんですね。

親鸞は阿弥陀仏にメッセージを読み出した。自分を祝福してくれるメッセージを阿弥陀仏から「勝手に」受け取った。そしてその贈り物に対する「お返し」に浄土真宗を作った。

ユーミンも親鸞もサムシンググレートを、自分への授かりものとして受け取ったから、お返しに後世に残る作品を残した。

「世界は贈与でできている」と受け止められる自分であるか? そして、自分がその媒体となって、お返しできるか?

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本日は、楽しみにしていた嘉村賢州さんによる「Online ティール組織 lesson」~おいでんさんそんセンター主催で、そのスタッフ9名と三河の山里コミュニティパワーの4人と共に~を受けた。書籍『ティール組織』(フレデリック・ラルー著)には、書かれていない、次のような誕生ストーリーが面白かった。

「ティール組織」は、概念として構築されたものではない。人々のヤル気を削ぐ組織ばかりに嫌気がさしたラルー氏は、世界中の「とにかく変わっている組織」を仲間と手分けして探し出した結果、不思議にもある共通項があることに気づいた。そして「自主経営」「全体性」「存在目的」の共通項を持つ組織のことを「ティール組織」と名付けた。

書籍『ティール組織』は、現在(確か)世界中で40万部を発行しているが、当初はラルー氏が希望者に無償で配っていた。欲しい人が続出してamason等で売るために、現在のような約600頁の書籍となったそうである。

このティール誕生プロセスが、本物であることを示している。

「ティール組織は、導入するものでも目指すものでもありません。組織にいる一人ひとりが恐れや焦りを感じることなく、何か湧き上がるものを抱き、思いやりの行動が生まれ、組織全体がヘルシーになっていれば、それでいいのです。その時、ティール組織になっているのです。」賢州さんの、この締めくくりの言葉で深く腑に落ちた。

ここからちょっと長い自慢話です。

15年ぐらい前であったか、経済産業省からの委託事業(起業支援ネット受託)でコミュニティビジネスの拠点づくりの支援先として、賢州さん率いる「場とつながりラボ home's vi」と出会いました。

賢州さんがまだ京都大学の院生であった頃だったと思います。彼らの事務所兼シェアハウスである京都の町屋に出入りする若者たちがユニークで、仕事を超えて名古屋の我々支援チームと交流を重ねました。

場づくりについて本格的に学びたいという彼に、仲間で小金を集めて投資することなり、米国研修の旅に出てもらいました。その見返りとして、彼が米国で学んできたOSTやAIといった組織開発手法を無償で教えてもらったのです。これが発展して、新潟、富山、京都、名古屋の仲間たちと「日本型支援者研究会」なるものを企画し、学び合いました。

私にとっては、起業支援をきっかけとして一緒に遊び、共に学んできただけですが、賢州さんが、ラルー氏から日本での「ティール組織」普及を任されるなど、社会から切望される立派な人になってしまったので、このような昔話が自慢話として語れ、本日のような講座に発展したことは、本当にうれしい限りなのです。

なぜか、ずっと見入ってしまう番組の一つに「岩合光昭の世界ネコ歩き」(BSプレミアム)がある。画面展開があまりなく、淡々とネコを撮っているだけなのに見てしまう。

一昨日のつぶやきで書いた羽仁進監督に通じるところがありそうだ。飼い猫は、野生動物ほど生のリアリティをもっていないはずだが、、、。

犬に比べれば猫は「計らい」がない。犬は、しっぽを振って飼い主にうまくすり寄る「計らい」があるが、猫は人に「計らう」ときもあるけれど、気ままでふいっとどこかに行ってしまう「計らい」のなさがある。ここにリアリティの一端を感じ入るのだろか?

思うに、猫は、「計らい」のない世界と、「計らい」のある世界の接点に存在していて、両方の世界を行ったり来たりするところに人は惹かれてしまうのではないだろうか? 岩合さんは、そういった猫の不埒な行動をうまくカメラに収めている。