まちづくり、地域再生、組織づくりで、ほぼ必ず出てくるキーワードが「つながり」である。それほど、現代はつながりを失いつつあるということの裏返しだろう。
そこで、人類のつながりを遡って調べていくと、言語、貨幣、親族の発明につき当たる。市場経済の中で、IT化の中で、これら3つの在り方が変容してきたことが「つながり方」に大きく影響しているように思う。
言語は情報の交換、貨幣は物の交換、親族は人同士の交換、それぞれの媒体・装置といってもいい。この変容をきちんと捉えた上で「つながり」を取り戻すなり、断ち切るなり、対応を考え直してみることが大事である。単に、つながりが大切といってみたところで、同調圧力を助長させるばかりで好転しない。
市場経済化、IT化の中で、情報や物や人の交換方法が合理化して行く。すなわち、これらを広く簡単かつ便利に行き渡らせるために、不満が出にくい等価交換であることに拘るようになる。厄介な人々の感情や意思を削ぎ落した交換が推奨されてきた。この合理化によって複雑に絡み合った「つながり」を薄めてきたと考えてみる。
ここで注目すべきが「贈与論」である。等価でない厄介な贈与に関わる者が抱くであろう「供与・受取・返礼の義務感」(マルセル・モースの論)、「うしろめたさ」(松村圭一郎の論)、「変則的なズレや矛盾」(近内悠太の論)、これらを見える化することから「つながり」を再構築できないだろうか。
(見える化したら贈与でなくなる、という論もあろうが、、)
例えば、先般「ティール組織」から学んだ「テンション」(ありたい姿と実態のズレ)をお互いに見える化して共有すること、「ミライの職業訓練校」で大切にしてきた「モヤモヤ」を共有する場を作って、互いに「モヤモヤ育て」をすることなどが、「つながり」を再構築する具体策になるような気がしている。
また、地域通貨を導入する際に、価値を合理的にポイント化して交換するだけではなく、あえて関係者の過剰な想い、うしろめたさ、変則的なズレを見える化した交換をしてみる。複雑なやり取りを見える化するために、AIのアルゴリズムを活用したデータ処理やブロックチェーンが必要になってくるかもしれない。
とりあえず考えついたことを、整理しておくためにここに書き記しました。「贈与論」をヒントにした「つながり」づくりに関しては、さらに、あーだこーだ考えてみようと思います。