自分に引き寄せて死者の声を聴くと言えば、掛谷誠さんの声なのです。よいよ「敬愛すべき師匠」と呼ばせてもらいたい、今は亡き掛谷さんに登場してもらいます。
以前、大学4年生の時に映画「コイサンマン(ブッシュマン)」を見て衝撃を受けたのち、大学院で専攻を乗り換えたと書きましたが、院生向け最初のオリエンテーションで掛谷誠先生(当時は助教授)の話を聞いて「ここで学ぶしかいない」と思ったことが、森林生態学から生態人類学へ転換したきっかっけなのです。そのゼミの教授にはKJ法の川喜田二郎先生、そして後からの赴任になりますが「定住革命」の西田正規先生(当時は講師)がおられました。今から思うと、強力な布陣です。
当時の生態人類学は、今西錦司さん、伊谷純一郎さんによるサル学の流れを汲み、ゴリラ、チンパンジー等の類人猿の参与観察による個体識別調査から、ブッシュマンをはじめとした狩猟採集民、牧畜民、焼畑農耕民等の移動生活をする人類の「生きざま」を研究する学問として発展していくところでした。
その中で、恩師の掛谷誠さんは、アフリカの焼畑農耕民トゥングエ族やベンバ族のフィールドワークをされつつ、現地では呪医の資格を授かり、未開社会の平等原理の成り立ちと、それを裏から支える呪術・妖術の研究をされていました。
ゼミでは、学生や先生が、それぞれのフィールドから帰るとその報告会があるのですが、その場面での掛谷さんは、フィールドの実態や地域課題の要所を鋭いく聞き出し、最後には巧みな総括で、次のフィールド調査の課題をあぶり出す名コメンテーターでした。同席の川喜田教授も「掛谷さんの言う通り」とひと言いって終わことがよくありました。
私が、今は亡き掛谷さんの声を聴いているという感覚は、掛谷さんの研究成果からというよりは、「人の生きざま」のフィールド研究を踏まえて、新しい社会づくりに一石を投じようとする大きなビジョンと、その研究チームをリードする姿勢の中にあるようです。
類人猿や狩猟採集民等の花形研究は後人に譲り、ご自身は生態人類学研究の全体を考えて焼畑農耕民の調査を受け持ったように思います。そんなことで、研究者としてもさることながら「教育嫌いの教育者、管理嫌いの管理者」として一目置かれていた存在であったと思います。
卒業後、私は実務の世界に行ったので、掛谷さんとの交流はほとんどなかったのですが、掛谷さんが大学を退官したのちに、いろいろ交流させてもらえたのは、私にとって大きなギフトでした。
晩年は、NPO起業支援ネットさんと共に私が取り組んできたコミュニティビジネスの起業支援の場面にも協力してもらいました。何より、お互いのフィールドは違えど、「人の生きざま」研究という視野では共有できるところがあったので、起業支援ネットのメンバーと共に、酒を交わしながら何回も交流できたことは有難いことでした。
学生運動のさなか、一癖も二癖もある輩の意見が飛びかう集会で「総括の掛谷」と言われていたこと、どのような場面でどんな総括をしてきたか、そのエピソードをご本人の口から聞き出せたことは、私の密かな自慢であり宝です。
私なりに受け取った掛谷さんからのメッセージを、どう媒介したらいいのでしょうか? 「この場面で掛谷さんなら、どうされるのだろうか」とたまに声を聴いてみることがありますが、尊大すぎて、だいたい受け取れていなんだと思います。
本日は、ずいぶん力みが入って長くなってしまいました。失礼しました。