次なる師匠は萩原喜之さんです。中部リサイクル運動市民の会の代表理事をはじめ多数のNPO代表もしくは理事を歴任、今は㈱三河の山里コミュニティパワーの専務取締役。東海地域における市民運動の草分け的存在で、40年ほど前にまちのゴミ拾いから活動を広げて来られた方です。藤前干潟の埋立計画を端にした1999年の名古屋市ごみ非常事態宣言を受けて、年間20万トンのごみ減量を市民側のリーダーとして牽引したのが萩原さんです。近年、アジアの各国から環境担当の行政職員やNGOが視察に来るほど、世界でもまれな活動であったと評価されているのです。

 

萩原さんから学んだこと

 

➀一人称で考え行動する
「人がどう思うかは関係ない、自分がやりたいか、やりたくないか」それだけで行動を起こすのが萩原流です。東日本大震災で原発事故があった際に「あの事故は、オレのせいだ」と思ったとのこと。「自分がごみ問題にかまけて、原発問題にきちんと向き合わなかったからいけなかった」と大真面目に反省しています。partⅤで書いた問題解決の第1法則「転原自在」を地で行く萩原さんですが、なかなか凡人は真似ができません。

 

②人たらし
一人称で考え行動する、といっても一人では解決できないことばかりなので、常に周りを説得して運動を展開してきました。その際「人たらし」の才能が発揮されます。萩原さんは、運動家の第一資質である「人たらし」の天才です。褒めたり脅かしたり、人を動かすためにお金が必要なら、お金持ちをたらして人を動かします。これも見習いたいのですが、なかなか凡人には真似できません。

 

③SDG’s嫌いのSDG’s人間
私から見ると、持続可能な社会づくり(≒SDG’s)に対して、最も真摯に受け止めて活動している人の一人で、持てる時間のすべてをそこに投入しているといっても過言ではないと思います。でも、SDG’sは嫌いなのだそうです。「そもそもカタカナ英語は信用しちゃーいけない。SDG’sのようなカタカナを唱えていると、何となくやった気分になっちゃう。」おっしゃる通りです。辺境国日本に住むわれわれ凡人は、どうも欧米のカタカナに弱い。

 

師匠としながらも、なかなか真似できない方ですが、私の中の、師匠の位置を今最も占有しているのが萩原さんです。地域新電力会社である㈱三河の山里コミュニティパワーを軸にしたフィールドで学ばせてもらっています。規格外の人を数多く"たらしてくる”ので「規格外サピエンスの動物園」で遊んでいるような気分で一緒に仕事させてもらっているところです。

5人目の師匠は関戸美恵子(故人)さんです。元NPO法人起業支援ネット 代表理事。「自分おこし、仕事おこし、地域おこし」をコンセプトに「起業の学校」を創設し、校長として身の丈の起業を支援をされて来られました。また、東海北陸地域でコミュニティビジネス支援のネットワーク=NPO法人SRプラットフォームを立ち上げるなど、NPOや企業や行政を巻き込んだコミュニティビジネス支援に尽力をされてきた方です。

関戸さんから学んだこと

と書き出してみて、関戸さんから学んだことは何であったのか、書けないのです。たぶん関戸さんから学んだことはコンテンツや何らかの方法ではない。だとすると、なぜここで関戸さんを師匠としたのだろうか? 

考えてみるに、何かを学んだというより、学ぶためのフィールドを提供してもらった師匠なのだと思うのです。コミュニティビジネス支援や、ソーシャルビジネス支援、女性の起業支援というフィールドを開拓してもらった。

起業支援ネットの前身であるエクラの時代に、関戸さんと県行政に行って、女性の起業支援はわが地域の重要課題になるから行政の協力が得られないかと、掛け合ったことがあります。「けんもほろろ」とはこのことで、当時はまったく相手にされませんでした。

それが時代は変わって、今では「あいち女性起業家支援プログラム『COMPASS』」という事業は、女性活躍社会を目指す愛知県の目玉政策となっているようです。「県もホホホ」なんです。ここに至るまでの源流を作って来られたのが関戸さんなのでしょう。(平成25年には中部経済産業局より施策功労者として表彰されています)

私からすれば、自分が活動するための「母なる大地」をつくってもらった女性だと言っておきたいと思います。大地を形成するために、日々の起業相談、起業家の卵へのエール、地道な行政との事務折衝、周辺企業の巻き込みといった努力があったことでしょう。今は亡き故人の「社会に資する母性」の恩恵を受けていたのだと、今になって気づくのです。

まだまだ紹介したい師匠は数多くおられるのですが、昨日までの4名の師匠のことを書いてみて気づくことを、ここらで一旦整理しておきたいと思います。

 

当初に設定した問いは、「どのような時に人は本気で学び、行動を起こすのか? そして、そのような学び場をどのように仕掛けたらいいのか?」で、その学び方の一仮説が「多数師匠制」でした。

 

その共通する学び方は、面白そうで何処か惹かれる方に講師になってもらい勉強会を企画するということであると思います。前にも書いたように、およその学び場で最も学べるのは、参加者ではなく、主催者もしくは企画者ですから。

 

企画者になると、講師とは準備の打ち合わせ段階から、当日を経て、終了後の反省会、そしてお疲れ様の飲み会まで密なやり取りができる結果、多面的な学びになることに加えて、講師との密な人間関係、すなわち師弟関係に持ち込めるということになります。

 

さらに、この師弟関係を継続していくには、勝手に弟子になるためのマナー≒「弟子道」なるものが必要かもしれませんね。改めて研究すると面白そうです。「弟子道」を英語でいうとフォロワーシップですよね。鷲田清一さんが提唱している『しんがりの思想』とも重なります。

 

『しんがりの思想』のはじめにの一節「リーダシップ論が流行るというのはまことに奇妙なこと、いぶかしいことである。そもそも、みながリーダーになりたがる社会はすぐにつぶれる」

 

弟子道⇒フォロワーシップ⇒しんがりの思想からさらに考えが飛躍して⇒

 

グローバル競争から遅れないために作ったどこかの大学のリーダーシップ研究所とは別に、これからはフォロワーシップ研究所を作った方が世界平和に貢献できるんじゃない?

辺境国である日本が世界の中で存在価値を示すには、リーダーシップを取りに行くよりも、むしろ他国の覇権争いの力を"てこ”にフォロワーシップで攻めた方が賢いのではないかな。おもてなし大国として、和解大国として、他力大国として、和をもって尊しの国として。

 

外圧によるフォロワーシップではなく、内発的なフォロワーシップの研究。これがこれまでとは違う新たな論点となるはずです。