S氏の会社の会議室に
取り残されたパンダとパンダ妻は
お互い無言のまま
座っていた。
今回の仕事の依頼について
S氏からは決裁が下りたと
事前に聞いていたが、
常務が最終的に決裁権限を持っており
パンダの話を聞いて
パンダに業務を委託するのを
考え直すことになったのではないか?
そんな思いが
パンダの頭の中を
駆け巡った。
五分くらい経ったころ
S氏が再び会議室に
入ってきた。
心なしか表情が
暗そうに見える。
S氏がパンダの向かいに
座り
「常務とお会いいただきありがとうございました。」
と言った。
パンダは
「いえ、こちらこそお忙しいところ
時間を取っていただきありがとうございます。」
と返し、続けて
「契約書は置いていきますね。
もし、正式にご依頼いただけるのであれば
ご捺印の上、ご返送ください。」
と半ば諦め気味に伝えた。
すると、S氏から
「いえ、この場で押印してお渡ししますので。
宜しくお願いします。」
と言い、印鑑ケースから代表社員を取り出し
契約書に押印した。
正式に契約を取り交わした瞬間だった。
張りつめていた緊張が解け
パンダはS氏に聞いてみた。
「常務、全然話しませんでしたが
本当、私がこの仕事を受けても
問題なかったですか?」
するとS氏は
「常務は人事担当役員ですけど
もともと経理畑の人ですから
あまり突っ込んだ質問とかは
出来なかったんだと思います。
それに、いつもあんな感じですので
別に何も気にすることはないですよ。」
と答えた。
「よかったです。
では、改めてよろしくお願いします。」
とパンダは伝え、
妻とともに会社を後にした。
無事に契約書を取り交わすことができ
一安心ではあったが、
報酬をもらって仕事をするという
責任感が同時に芽生え
身の引き締まる思いでもあった。
その日は妻と一緒に
自宅に戻り、
夕方、子どもたちも含め
顧問先第1号獲得のお祝いを
近所の小料理店で行った。
さらにいつもお世話になっている
トド先生にも報告をした。
すると、トド先生からは
「良かったやん。
これから益々頑張らなあかんな。
まぁけど、顧問先ができたということは
もう、後戻りは出来へんで。」
と言われた。
その通りである。
顧問先が出来た以上、
社労士を辞めるという
無責任なことはできない。
トド先生からの言葉を受け
パンダは改めて
開業社労士として仕事をするという
覚悟を決めた。
とは言え、まだ1件の顧問先で
社労士事務所の収入だけでは
当然生活はできない。
次の日もパンダは会社へ出勤し
いつもと変わらず仕事をしていた。
お昼休みに入って
昼食を買いにコンビニへ行こうとしたときに
パンダの携帯が鳴った。
着信は妻からだった。
電話に出るや否や
「もしもし、今時間ある?」
と、パンダがまだ一言も発する間もなく
妻が話しかけてきた。
妻の様子がいつもと違う。
慌てているというか
テンパっているというか
兎に角、何かがあったということは
伝わってきた。
「どうしたん?なんかあった?」
と聞くと、
「大変なことが起きた。」
と妻は言った。
それを聞き、
パンダは嫌な想像をしてしまう。
子どもに事故があったのか?
それとも妻が交通事故でも起こしたのか?
はたまた家に泥棒が入ったのか?
「何があったん?」
とパンダは再度妻に問いただした。
すると妻からは
衝撃の言葉が返ってきた。
⇒ 第55話へ続く