さて、ここまでマターボードの凄さというか、恐ろしさの鱗片を書き記したつもりだ。
気の遠くなるような広大な宇宙を旅するオラクル船団、そこで培われた技術は様々な奇跡を生み出した。
だがそれでも、時間を遡る境地に至るには、まだまだ時間が必要だろう。
・・・時間を遡るのに時間がいる。・・・自分で言ってて妙な気分になった。
何はともあれ、普通ならそう思う。
俺のような体を動かすことしか能がないような男なら、考える事もしなかったことだろう。
だが、マターボードの凄さと恐ろしさはまた別のところにある。
また、修了任務を例として出すことになるが、俺は先に二つの選択肢を選んだことを説明した。
北、東、西、その三択の内の二択だ。
1、北に進み、ゼノに救出される。2、東に進み、マトイと出会う。
この二つ。
まず、先に結論から話そう。
どちらの選択肢を選んでも、最後まで俺と行動することになったアフィンはどういうわけか、ゼノに助けられたことと、マトイと出会った事、両方の事を覚えていた。
だが、よく考えれば・・・いや、よく考えなくても、普通に考えれば、それはおかしな事実だと直ぐにわかる。
例えばマトイと出会う選択肢を選んだとしよう。
そうなると、北へ進むことはなくなり、ゼノに救出される事もなくなる。
マトイの命を救う代わりに、ゼノとエコーとの出会いを失うことになる。
反対もその然りだ。
・・・そのはずだ。
だが、ゼノとエコー、そしてアフィンは覚えていた。
俺の事、俺とアフィンを手助けしたこと。
そして、メディカルセンターではマトイが待っていた。
なんと言えばいいのか・・・。
まるで、俺が選んだ選択肢がそのままつながって、一つの事実になっているような気がしてならない。
ゼノに救出された後にマトイを発見したか、マトイを発見した後にゼノに救出された・・・そんな形に・・・。
整理しようと思ったら余計にわからなくなってきた。
とにかく、彼らは・・・もちろん当事者の俺も加えて、お互いの事を知っていた。
そして、俺が感じているような違和感は誰一人感じていない。
説教好きのジャンも、軽いノリのレダも、『見捨てられた少女』の話は忘れていた。
その代わり、『謎の人影』の噂話を俺に語りかけてくる。
アフィンは若干、彼が持つ記憶に違和感を覚えているらしい。だが、あまり気にしていない様子だった。
前向きで大らかな性格がそうさせるのか、あるいはマターボード自身の性質なのか。
・・・それはわからない。
ともあれ、俺は一枚目のマターボードを探索し尽くした。
そして、またショッピングモールのあの場所で、再びわけのわからない言葉と一緒に新しいマターボードが手渡された。
難しく、ほとんど理解のできない言葉の中で、彼女は言った『運命は替えられた』と。
・・・運命を冒涜する装置。
俺はその光の板を恐るようになった。
過去の出来事をまるごと改変してしまうのだ。恐れ戦くのが普通だろう。
ただ、それでもマターボードを手放すことはできなかった。
これも先に書いたが、このマターボードの示す先に、俺の『望む物』があるような気がしてならなかった。
だが、二枚目のマターボードを手渡された時、直ぐにそれを進める気にはなれなかった。
・・・なんの事はない。、ただ、恐ろしいと思った。その小さな板切れが抱える計り知れないパワーを。
しばらくは、ショップエリアにいる人たちの個々の依頼・・・クライアントオーダーを受け、アークスとしての経験を積もうとしていた。
中には、アフィンやゼノ、エコーの依頼もあった。
そして、それなりに親睦を深めることができたと思う。
・・・ダーカーが再び現れたにしろ、知り合う事になった彼らと行動を共にするのは楽しかった。
その時の俺は、マターボードの存在を忘れていたと思う。
そのまま、忘れていれば幸せだったのかもしれない。
・・・いや、それでも結局は思い出していたんだろう。
程なくして、再びマターボードを地図のように道しるべとして、あちこち歩き回り、飛び回る日々が始まった。
そして、マターボードは新しい可能性を提示した。
終了任務で分かれていた三つの選択肢、その最後の一つ。
岩に閉ざされた西へ続く道だ。
結局、マターボードを十一枚も抱え込む事になった今、俺は今でも思う。
この不思議な板は、俺をどこへ連れて行こうとしているのだろう。
もちろん、ただの『アイテム』であるそれは、何も答えてはくれなかった。