「なんでだよ! どうしてだよ! ナベリウスにはいないはずだろ!?」
アフィンは取り乱していた。
アークスシップからオペレーターのけたたましいまでの緊急連絡が耳を打つ。
突如、空間を捻じ曲げるようにして現れたダーカーの尖兵『ダガン』。
奴らを前に、俺達は困惑しきっていた。
遠くから、同じ新人アークスの悲鳴も聞こえてくる。
もしかして、既に襲われているのだろうか?
・・・いずれにしても、俺達がやらなければならない事は分かっている。
突破するぞ。
俺はアフィンにそう言った、今のこの状況にどんな事柄が潜んでいるとしても、まずは生き残ることが先決だ。
そして、その手段は唯一、戦うことだけだった。
アフィンも、それは十二分に理解していた。
「畜生! やればいいんだろ!」
体の震えを無理やり押し殺し、アサルトライフルを構えた彼を見て、俺は頷いた。
腹は据わった。
俺達はダガンの群れめがけて、一直線に駆け出した。
直線上の敵を切り伏せ、撃ち抜き、払い除けた後はやり過ごし、振り切っていく。
十年前の破壊された市街地で、バテルと共に駆け抜けたあの時を思い出した。
状況から見れば当時よりもずっとましだったと思う。
現れるのはダーカーの尖兵だけで、ダークラグネのような大型種が姿を見せなかったのは幸運と言える。
だが、辛いことに変わりはなかった。
あの時、俺を守ってくれたバテルはいない。
いるのは、つい先ほど顔を合わせたばかりの同期。
俺達は互いの役割を感覚のレベルで認識し、命を預け合って戦った。
俺が先駆けでダーカーの群れにつっこみ、背後から襲いかかってくる敵をアフィンの銃撃で撃ち落としていく。
そうやって、何匹ものダーカーを仕留めていく。
道中で仲間のアークスが散っていく様を目の当たりにした。
目の前であまりにもあっけなく死んでしまった仲間を見て、アフィンが取り乱しそうになった。
俺も動揺がなかったと言えば嘘になる。
正直、ダーカーとの戦闘という事実だけで参っていた。
十年前、一斉に襲いかかってこられた時の恐怖がトラウマのような感覚で襲いかかってくるのだ。
そこに、人の死が加わってしまえばいよいよ危うい。
度重なる戦闘で、疲労が溜まっていた俺たちの前に、ダーカーは容赦なく現れる。
支給されていたモノメイトも、そこをついた。
いよいよ、絶体絶命か。
そう思った矢先だった。
「いやあ、恐ろしいくらい。ドンピシャ」
疲れ果てた俺達に向かってくるダガン達が、銃撃されて倒れふしたのだ。
俺達は振り返った。
「悠長なエコーを置いてきて正解だったぜ」
俺達を救ってくれた赤い髪のアークスはそう言った。
「あー、正直すんげえ予想外」
正規のアークスが救援に来てくれたと言う事で一安心していた俺達だったが、その一言で再び不安が募っていく。
どうやら、救援に駆けつけてくれたはいいが、予想以上のダーカーの数のおかげで『救援の救援』を呼ぶことになったという。
だが、そう言った本人の明るい笑い声せいか、危機感はそれほど伝わってこなかった。
「おーっし、突っ切るぞ! しっかりついてこいよ、ルーキ共」
何十分か前に俺がアフィンに言った言葉と似たようなセリフを言うと、赤いアークスは先頭に経つ。
「心配すんなよ。俺が守ってやっからさ」
自信に満ち溢れた顔で言いながら。
それが、ゼノとの最初の出会いだった。
「奥の手行くぜ!」
眼前に広がるダーカーの一団に向かって、ゼノは共に連れ添っていたマグに力を集中した。
正規のアークスにとってはおなじみだが、その時の俺達にはまだマグがなかったため、その凄まじい光景は衝撃的の一言に尽きた。
マグを幻獣に覚醒させ、様々な奇跡を呼び起こす『フォトンブラスト』だ。
一角獣のような幻獣に覚醒したマグはダーカーの中へと突撃し、次々となぎ倒していく。
そうやって開けた突破口を、俺達はゼノに続いて突っ走る。
ゼノは先に見せてくれた自信に満ちた表情に見合った実力をまざまざと見せつけてくれた。
次々と襲いかかるダーカーの動きを完全に見切り、的確に対処していく。
状況によって、ソードとガンスラッシュを使い分け、猛然と襲い来る驚異を次々に払い除けていった。
俺とアフィンも、残った体力を総動員して敵と対峙していく。
そして、
「はは。ちょいとコイツはまずいかもな」
のんきに笑い笑うゼノに、アフィンは悲鳴を上げるように「笑い事じゃないっすよ!」と叫んだ。
もう、数えるのも億劫なほど敵を倒したにも関わらず、俺達三人は再び追い詰められていた。
その時のゼノにはまだまだ余裕が見られたが、正直俺とアフィンには限界が近づいていた。
その時だった。
『ゼノ。お待たせ』
「お前、また遅刻だぞ?」
突如入ってきた通信に向かって、ゼノは言った。
そして、ソードを力強く振り回し、群がる敵を一気に吹き飛ばした。
ソードのフォトンアーツの一つ、ノヴァストライクだ。
「おら、ルーキー共! 先にいけ!」
俺達は背後を向いた。
そこにはいつの間にあったのだろう、テレパイプが口を広ろげていた。
ゼノは帰還ポイントまで俺達を導いてくれたのだ。
依然、大量のダーカーが押し寄せてくる中、俺達はタッチの差で帰還を果たしたのだった。
転送先のキャンプシップには数人のアークスが戻っていた。
何を考えているのか読み取れない、青い女性型のキャスト。
ダーカーに追い回され、ひどい目にあったというのに、「あつーい」とマイペースなセリフを吐くニューマンの少女。
そして、
「おかえりなさい」
そう言って出迎えてくれたのは、ナベリウスを脱出する手筈をとってくれたであろう女性アークスだった。
こう言っては本人は否定するかもしれにないが、ゼノのパートナー的存在のエコーだ。
怪我はしてない? と気遣ってくれるエコーに対し、「俺がついているんだから、そんなヘマはさせねえよ」とゼノは胸を張った。
確かに、大した怪我はしていなかった。
だが、初陣にしてはハードな戦闘で、流石に参っていた。
アフィンも仲間の死を目の当たりにして、少なくないショックを受けていた。
「そんな辛気臭い顔をするな。お前達は生きて生還した。修了任務も達成、万々歳じゃねえか」
そんな俺達の背中を叩く様な勢いで、ゼノは言った。
志半ばで倒れていった仲間の事を思うのなら、胸をはれ。
そして、今日抱いた悔しさを忘れるな。忘れずに諦めなければ、なんとかなる。
そう言い聞かせた。
「かっこいいこと言ってるように聞こえるかもだけど、今の完全に受け売りだからね」
苦笑しながらエコーがそう横槍を入れた。
そのせいでか、ゼノとエコーが口論を始めてしまったのを、俺とアフィンは目を丸くしてみていた。
・・・口論というよりは、夫婦漫才に近いものがあった気がしたが。
「こら! そこの二人笑わないの! もうすぐ、アークスシップにつくわよ!」
二人のやり取りで、疲れ果てていた俺達の心は救われた。
言われて初めて気がついたが、笑いが溢れるほどの余裕が生まれていた。
その頃から、予感していた。
もしかすると、この二人は俺にとってかけがえのない先輩になるんじゃないかと。
そして、その日、苦楽を共にし、死地をくぐり抜けた相棒も。
苦しい一日だった。だが、それに見合った、いや、それを上回る程、多くの物を得た気がした。
実際、今となっては、その日あった人達はかけがえのない存在となっているのだから。
そして、この日先輩が言ってくれた「諦めるな」の一言は、今の俺の支えになっている。
皮肉にも、その一言をくれたゼノ自身を助けるための、支えに・・・。
いずれにせよ、こうして俺は正規のアークスとなった。
初日からひどい目にあった。しばらくは初心者向けの簡単な任務をこなしたい。
正直そう思いながら帰還を果たしたのだが・・・。
何の因果か、俺はその日味わった苦労をもう一度味わうことになる。
――ダーカーが現れる直前に聞こえた「タスケテ」の声に導かれるように。