活動報告(アッシュ・J・ケニーの日記、マター0 その8) | とあるアークスの日常

とあるアークスの日常

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「まずは感じるところからだ。全てはそこからだ」


アークスシップを離れて一年を過ぎた頃から、バテルは戦う術を教えてくれるようになった。
といっても、はじめの頃はまるでチンプンカンプンだ。
「考えるな。感じろ」と一言言われてもなんのことやら解るわけがない。


「こういうのは感覚の問題だからな。なんて言えばいいのかなー、こう。そう、あれだ! フォトンの声に耳を傾ける」


ますますわけがわからなかった。
どうやら、遺跡で聞こえた声を聞く感覚でやればいいという事らしいのだが、あの時は半分寝ぼけていた。
まさか、戦闘中に居眠り半分で立ち回るわけにもいかないだろう。


「ま、最初は目をつむってそれを振ってみな。まずは自分の体と話をしてみろ」


といった具合に、どうにもバテルの説明は抽象的で具体性が何もなく、何ができるようになればいいのかわからなかった。
が、そんな最低な教え方がどういうわけか俺にかつてない感覚を覚えさせるのだ。
例えばだ。
目を閉じて、バテルが使っていた重たいソードを振るとしよう。
最初はゆっくりと、線をなぞるようなイメージで。
すると・・・こう言うと笑われるかもしれないが・・・

――俺の体が本当に語りかけてきたのだ。


次はこう動け。その動きは無理がある。腕をそう回せ。
こんな具合にだ。
そして、その声に従って動いてみると、まるで体の中に組み込まれた歯車がガチャリと噛み合い、シックリとくる。
驚いて目を開き、バテルを見ると「ほーらな?」と言わんばかりのドヤ顔で妙に腹が立った。

バテルの指導はわかりづらい。わかりづらいが、わかりやすかった。
頭では理解できなくても、彼の言うとおりにやってみれば体の方が理解していった。そして、後になって頭で実感するのだ。
ああ、こういう事なんだって・・・。



三年が経つ頃、俺はバテルと模擬戦をするようになっていった。
四年が経つ頃、ヨーク族のみんなを困らせる巨大で凶暴な原生生物を懲らしめるような事をしていた。
五年が経つ頃、森の猛獣たちに何故かボスとして崇められるようになっていた。


そして、六年が経った。






「戻るぞ!」


バテルのなんの前振りもない、まるで思い出したかのように言ったその一言で、俺はアークスシップに帰還することになった。
何で今更とか、何も連絡しなくて大丈夫なのか?
聞きたいことは山ほどあったがどうせ適当な返事しか帰ってくることはないだろう。
だから、何も聞くことはせずに彼に付き従って、船団に戻ることにした。
随分仲良くなったヨーク族の人々と別れるのは寂しかったが、いつかはこういう日が来るだろうとは思っていた。
囁かな別れの宴の後、俺とバテルは六年振りにアークスシップへと帰還することになる。


今更だが、バテルはアークスだ。だが、誰の許可を得るわけでもなく、無断でシップを六年間も離れていたのだ。
なんというか、何らかのお咎めがないものかと気になっていた。
バテルはそんな俺の心配をよそに、ゲートエリアを抜け、ショップエリアへとずんずん進んでいく。
その時来ている服は二人共ヨーク族が作ってくれた民族衣装を着ていたのだが、それもすっかりボロボロになり、髪もボサボサ。
バテルに至っては浮浪者のような格好になっていた。
おかげで、道行く人々の視線が痛くてたまらない。

そんな苦痛に耐えながら、俺達はコスチュームショップの裏にある通路を抜け、その先にある赤を基調としたラウンジにやってきた。
雰囲気のいい部屋なのだが、あまり人が来ることがないらしいその場所で、バテルはとある人物と待ち合わせをしていた。


「待たせたな。レギアス」


レギアス・・・。十年前、俺をつれて行こうとしたバテルを最後まで引き止めた、白いキャストのアークスだった。
・・・そう、誰もが知る六芒均衡の「一」だ。


「バテル! お前、今までどこにいた!?」


レギアスがバテルを見つけるなり、猛烈な勢いで問い詰めてくる。
それを両手で「まあまあ」と諌めると、彼はその問いかけには答えずレギアスの肩に腕を回してこういった。


「なあ。コイツをアークスにしてやってくれ。お前の力で」


俺は目を丸くした。
何を言っているんだこのおっさんはと。
いつも突拍子もないことを言い出すが、今回の一言は別格だった。
なにせ、俺自身に何も相談もなしに、「アークスにしろ」と言いだしたのだから。
当然、レギアスは憤怒する。
突然何を言い出すのだと。
そりゃそうだろう。大事な問いかけには一切答えず、一方的に自分の要求を押し付けているわけなのだから。
しかも、その要求が俺の今後を左右するものであり、当人の俺の了解だって得ていないのだから、なおさらタチが悪い。
レギアスはバテルの要求に返事をする以前に、今までのバテルの勝手な行いに対して激しく咎めた。
二人の様子から、どうやらそれなりに互いの事を知る関係だったらしい。
レギアスはバテルの溢れんばかりの問題点を的確に突き、厳しく問いただす。
その勢いはバテルを圧倒し、一緒にいた俺も恐怖を覚えるほどだった。
そして、


「だが、お前の事だ。何かの考えがあってのことだったのだろう」


レギアスが厳しい口調を一転させ、落ち着いた声音で言うとバテルの顔をじっと見据えていた。
その時は俺はバテルの後ろに立っていたから彼の顔は見えなかったが・・・その時の顔は、きっと思いつめた表情をしていたと思う。
バテルはレギアスの肩に手を置いた。
そして言った。


「頼む・・・」


頼れるのはお前しかいない。
そう懇願するような声音だった。
しばらくの沈黙が流れた。


「わかった」


レギアスが頷いた。


「だが、直ぐにというわけには行かない」


まずはアークスとしての適性があるかをテストし、その後研修を通して晴れて一人前のアークスになれるという。
さらには人よりもかなり遅い時期からのスタートとなるため、人一倍の苦労を強いられるかもしれない。
そんなレギアスの説明にバテルは自信満々に言った。


「なあに。研修程度で潰れるほど、やわな鍛え方はしてねえさ」


それ以上、レギアスは何も言わなかった。



その後、数分間バテルとレギアスは今後の事を話し合った。
バテルの希望で、その内容は俺には内密ということになり、俺はラウンジの外で待たされることになった。
ショップエリアの通路に設けられている滝を眺めて考えていた。
俺がアークス研修生となればバテルとはここで別かれる事になるのだろう。
そして、実感がわかなかった。
ずっと共にいた彼と別れ、別々の道を行くということに。
淋しいとか、嫌だとか、そんな感情は湧いてこなかった。ただ、「ああ、そうなのか」と妙に事実を受け入れる事ができる自分がいた。
それよりも、バテルがどうして、俺をアークスにしようとしたのかを考えていた。
彼が自分をアークスにしようとしていたのはシップに帰還する前の「指導内容」から十分予測できていたけれども、その理由が俺にはわからない。


結局、モヤモヤとしたまま、別れの時は来た。


「それじゃあな。風邪ひくなよ」


ラウンジから出てきたバテルは俺の肩に手を置いて、小さく笑っていった。


「お前は勝手に俺の進路を決められたって怒るだろうが・・・。まあ、騙されたと思ってやってみてくれ。お前にとって悪いことにはならねえさ」


その時の、バテルの手の感触を、今でもはっきりと覚えている。
暖かかった。
これから先、何があるかわからない道を歩く俺を純粋に励まし、応援し、そして少し心配している。
今まで何を考えているかわからなかったバテルだが、その時だけは何故か彼が何を思っているのかハッキリと理解てきた。


まるで、バテルの心の声を聞いたかのように。


「何泣いてんだよ?」


言われて初めて気がついた。俺は泣いていた。
目から涙が自然と流れ、頬を伝っていた。
慌てて目をこするが、困ったことに涙は次から次へと溢れてくる。
バテルは声を上げて笑った。


「コイツは驚いた! ずーっと不機嫌面だったお前が泣くところなんて初めて見た! こりゃ最後にいい物を見れたぜ!」


茶化すように言うバテルを、俺は目を険しくさせ睨みつけた。
それを見て、彼はニヤリと笑った。


「そうだ。その目だ。やっぱお前は、それくらいの顔つきが一番にあってるぜ」


そう言って、俺の頭をガシガシと撫でる。
十年前、ガンスラッシュを泣きながら振り回した後にやってくれたように。


「っま、肩の力を抜いて適当に頑張りな。あ、それとな」


バテルは最後に言った。


「友達は大切にしろよ?」





鼻歌を歌いながら去っていくバテル背中を見つめる俺に、ラウンジから出てきたレギアスが話しかけた。

「君はこれからアークスとなるため、様々な試練を課せられることになる。それは大変苦しいことだ」

バテルはレギアスに俺の面倒を頼んで去っていった。
だが、真に重要なのは俺にどれだけの覚悟があるか。
俺はレギアスに答えた。


――簡単にへこたれる程、やわな暮らしはしてこなかった。


っと。


「・・・少年。名前は」


バテルはどうやら、俺の名前をレギアスに伝えずに去っていってしまったらしい。
それが故意なのか、あるいは本当に忘れていたのかわからないが。
俺は名乗った。


「アッシュ・J・ケニーだ」




その後、俺は四年の研修期間を経て、初めてナベリウスへ降り立つことになる。
そこから、怒涛の三ヶ月が始まろうとしていた。


再びダーカーが俺達の前に姿を現した、あの日から・・・。