川口のPJさんのことで、いろいろ暴走してしまいました。
アジアには体臭萌えはないのだろうか、いえ、たしかにあります。
マヨエールが高校生のころ、恩師がウイグル人の腋臭にぐっとくるという漢詩を教えてくれたのですが、原典不明です。
そして、恩師に川口でP活して腋臭のきついPJにあたったので、先生の授業を思い出しました、というわけにもいかず、手持ちの本の中から体臭と漢詩についての闇の記事をUPすることといたします。
さて、「体臭」そのものをストレートに詠った漢詩は珍しいですが、「異郷の匂い(獣や乳、汗の匂い)」を、漢民族の視点から異国情緒や悲哀とともに描き出した作品はいくつか存在します。
特に有名なのは、中国史上最も有名な美女の一人でありながら、匈奴(モンゴルの地を支配した北方民族)の王に嫁がされた王昭君や、同じく連れ去られた蔡文姫にまつわる詩歌です。
蔡文姫(さいぶんき)の作とされる『胡笳十八拍(こかじゅうはっぱく)』は、後漢末期の混乱の中で南匈奴(現在のモンゴル方面)に拉致された彼女が、12年間の異郷生活を経て帰国するまでの葛藤と悲哀を歌った長編の抒情詩です。
その中には、漢民族の教養ある女性であった彼女が、「全く異なる文化・匂い・食事」の中に放り込まれた衝撃がまざまざと描かれています。「異国のニオイ(と、その裏返しの拒絶反応)」が強く表れている節をピックアップして解説します。
第三拍:生理的な違和感と「匂い」蔡文姫が北方の地に到着し、現地の生活に馴染めず絶望する場面です。
「羶肉(せんにく)を食らいて 飲(みず)に酪(らく)を渇(かっ)し」「蓬(ほう)を編みて 室(しつ)と為(な)し 羶を以て 牆(かき)と為す」
現代語訳:羊の生臭い肉を食べ、飲み物といえば乳を精製した酸っぱい飲み物(酪)ばかり。ヨモギの類を編んでテント(パオ)を作り、羊の脂の臭いが染み付いた毛皮を壁にしている。
ここで使われている「羶(せん)」という字がポイントです。これは単に「羊の肉」を指すだけでなく、「脂ぎった、鼻を突く獣の匂い」を意味します。彼女にとって、住む場所も、食べるものも、そして隣にいる人々からも、常にこの「羶」の匂いが漂っている状態は、異国情緒というよりも「耐え難い苦痛」として表現されています。現代でいうならば、野菜を食べず揚げ物ばかり食べている下町PJか、ワインとチーズと肉ばかりの港区PJでしょうか。
いや、脂ぎったおぢこそが、「羶」のにおいでいっぱいの、獣なのかもしれません。
第十三拍:異国の風と音やがて彼女は現地の王との間に子を設けますが、ついに漢の国(故郷)へ帰れることになります。その際、長年過ごした異郷の風景を振り返る場面です。
「不意に 冀(ねが)うに及んで 帰り路(みち)を得(う)」「羶(せん)を去り 腥(せい)を離れて 漢国に帰らんとす」
思いがけず、待ち望んでいた帰国のチャンスが訪れた。あのアクの強い羊の匂い「羶」から去り、獣臭い生活「腥」を離れて、ようやく漢の国へ帰るのだ。
彼女は、異郷の生活を総括して「羶を去り、腥を離れて」と言い切っています。彼女にとって異国とは、まさに「匂い」そのものでした。しかし、この「羶腥(せんせい)」という言葉は、現代の私たちが読むと、厳しい自然の中で生きる遊牧民族の逞しさや、乾いた大陸の風といった強烈なリアリズムを伴う異国情緒として立ち上がってきます。
しかしPJからすれば、杭を打ち付けてくる異国の男(おぢ)との時間、それはまさに、羶(せん)と腥(せい)にまみれた時間なのかもしれません。
私達はPJにとって、匈奴のようなものなのかもしれないということを、この詩は教えてくれるような気がいたします。
『胡笳十八拍』が描く「異国」のリアリティ。この詩の凄みは、異国を「美しい思い出」としてではなく、「胃袋と鼻腔が拒絶する異物」として描いた点にあります。
闇の活動をする上で、このような視点は失わずにいたいものだと思います。
けれど、そんなことを考えながらも、マヨエールはワクワクメールに今日だけで3000円も使いました。
蔡文姫はこの後、子供を異郷に残して一人故郷へ帰るという、これまた凄絶な悲劇に見舞われます。
おわり