ロケ地探索「ある一軒家」(但し公開出来ず…)と、太古の情報発信の跡 | PRYCE16写真日記

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このブログも今やすっかり凸凹凸凹ブログに?(笑)

自称「ロケ地探索マニア」である。

 

現在ならば映画やドラマで使用されたロケ地は、撮影に居合わせた人々により瞬時又は放送後にSNSで拡散される。またボクよりもはるかに造詣が深い諸先輩方の完璧とも言えるようなレポートを見る度にボクもまだまだだと落胆したりもする。

 

 

それでも今でも時折「探すぞ!」と決めたロケ地を自力で見つけては当ブログで公開して来た。

 

 ・当ブログのロケ地探索記事

 

この中で映画「さびしんぼう」に関してはネットで得た情報を頼りに廻ったので、ロケ地探索ではなくロケ地巡りであるものの、その他は自分で探索地を定め、自力で見つけたものばかりだ。

 

 

ロケ地探索記事にカテゴリーされていないが、アイドルバンド「凸凹凸凹」のMV撮影ロケ地を見つけて、実際に訪問した記事もある。これもなかなか大変だったが、時代は変わり、探索はGoogleストリートビュー上で行った為、現地訪問は単にロケ地巡りをしただけだった。

 

 

また「ロケ地」ではないが、リコーイメージング東京に代わる新しい情報とサービスの拠点となる「PENTAX CLUBHOUSE」が近日オープンするという時にもそのロケ地探索能力を生かし、まだ所在が発表されていな時に店舗予定地を探し当てた事もあった。

 

 

とまあ昔から自分ながらにも色々探し回って来たのだが、その中でも世紀の大発見となったのが、Ghost Soupという鈴木蘭々初主演のクリスマスドラマに登場したこの「鈴木一郎祖父宅」だ。見ての通り非常に趣がある小降りな一軒家であり、当作品のファンならばロケ地探索マニアでなくても訪れてみたくなるだろう。だが所詮単なる一軒家である。背景に何か写っている訳でもなく、電柱の住所がばっちり写っている訳でもない(←一つ屋根の下の「柏木家」はそれで見つけた)にもかかわらず、紆余曲折の末に見つける事が出来た。この時ばかりはボクにロケ地探索の素質があり、なおかつロケ探の神様に好かれていると自負した。

 

 

 

そんなボクがこの度三度目の一軒家発見にに至った。但し映画やドラマのロケではなく、今をときめく著名人の本当の個人宅なもので、流石に所在はおろか名前を挙げる事すら憚れる。発見に至るまでの紆余曲折も「そんな所まで見るのか!」「そんな事までするのか!」というような事の連続であり、またそれに振り回されたりもした。そんな過程を是非ともココで公開し、「凄いな」とか「自分にはとても出来ない」といった事を感じて欲しかったのだが、それも出来ない。王様の耳はロバの耳のような事は絶対に避けなくてはならない。

 

 

 

 

…とはいえこれで終わりだと身も蓋もないというか「だったら書くな!」と言われてしまいそうなので、ロケ探に関する話題をもう一つ。

 

 

探していたロケ地が突如目の前に出現した時の感動と興奮というのは本当に筆舌に尽くしがたい。よく若者達が驚いたり興奮したりした時の感想を問われた際「えっ、えっ、えっ?!という感じでした」というような事を言っているが、これらはその時につい発した言動であり、感想ではない。

 

…と一見偉そうな事を言っているボクでも、ロケ地発見時の状態を文章で説明するのは難しいが、まずは一瞬目を疑った直後に「凄いぞ俺!」という自画自賛な自己陶酔感で胸が一杯になる。今までの苦労が報われたという解放感も当然あるが、それよりもこれでもう終わりかという喪失感の方が高い。ゴールするよりもその過程が楽しいのかもしれない。それと006P電池を舐めた時のようなあの間隔が上顎付近に起こる。おそらく本当に電気が流れているのだろう。

 

ただこれをロケ地発見の度に毎回書いていているとバカの一つ覚えとなってしまい、また語彙力がない事も露呈してしまうので、ならばそれを逆手に取り、「鈴木一郎祖父宅を見つけた時にような感動が…」という表現をあえて多用するようにしている。

 

…と思い、当ブログ内で「鈴木一郎祖父宅」というキーワードで検索をかけてみた所、多用はしているもののそのように使用しているのは1カ所もなく、過去の成果の一例として挙げているか、鈴木一郎祖父宅(の跡地)を訪れた時だけだった。

 

 

 

では当ブログ内だけでなく全世界を相手に「鈴木一郎祖父宅」で検索をかけてみるとどうなるのかという好奇心が芽生えたのでやってみた。AIはあの偉大な野球選手の祖父の名を挙げているが、トップにはかつてボクが書いたロケ地探索の記事が出てきた。

 

 

1990年代はまだSNSはおろかブログもなく、テキストによるパソコン通信しかない時代だった。Window95に装備されたInternetExploreの登場により、ようやく現在に通じるWEBページを閲覧する方式が一般化した。HTMLを駆使し、FTPでWEBサーバーに上げれば自分でもホームページが作成出来ると知り、見よう見まねで始めた頃のたどたどしくも懐かしい記事と30年振りに対面する事となった。

 

当時画面サイズは横幅800dotで、1024dotだとすごいと言われた時代だった為、横幅に関する制限が入っておらず、現在の横長モニター一杯に延ばすとレイアウトが崩れ読みにくい。また当時は電話回線による28800bps程の速度しかなかった(現在の我が家は525000000bpsなので18000倍!)為、写真は極力小さく、なるべく圧縮したものを使用し、写真をクリックするとやや大きな写真がゆっくりと開くというような小細工を入れていた。そんなややこしい事を当時はhtmlで手打ちしていたのだから大したものだ。勿論今はそんな技は一切失われている。

 

 

 

更に「戻る」のリンクも生きており、それをたどって行くとトップ画面にまで到達してしまった。現在の当ブログは「PRYCE16写真日記」と名乗っているが、当時は「PRYCE16のザ・多趣味ワールド」と名乗っていたようだ。しかもココは分室なようなのだが、本編が何であったかの記憶がない。

 

懐かしいホームページに再会に喜んだのも束の間。ヤバい事を書いてやしないかとハラハラした。幸いにも全リンクをたどってみたものの、マズそうなものはほとんどなかった(少しあった)が、もしあった所で自力で消去する事が出来ないのだから恐ろしい。まさか30年も前のデジタルタトゥーがこんな所に残っていたとは…

 

 

PRYCE16のザ・多趣味ワールド(分室)

 

 

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