こんにちは。(^^)
今日は遅く起きて、YouTubeと、嫌われる勇気の録画分を観ていました。(^^;;
お休みの日になるといつも、ぐでたま状態に。いけないいけない。A(^^;;
木下さんの豪快な食べっぷりに驚いたり、ヒカキンさんの玄関が大変なことになっていたりと、YouTube、面白いですねぇ。(^^)
さすがに、ごはん七合は無理ですが…(゜゜;;
集合体恐怖症の人は閲覧注意 : イクラ1キロ!【大食い】 イクラ丼7合+アオサスープ1キロ 木下ゆうか YouTubeより
イクラ丼、おいしそう。≧(´▽`)≦
たれのレシピが掲載されていますので、作ってみようかな。(^^)
嫌われる勇気では、「共同体感覚」について語られていました。原作では、第四夜に当たる部分になるのですが、この段階でドラマは第7話。結構進行が早いように感じています。
もしかすると、後半には、昨年末に発売されました嫌われる勇気の続編、「幸せになる勇気」へと突入してしまいそうな予感。(^^;;
確かに、この「幸せになる勇気」を読まないと、前作の「嫌われる勇気」で提示された、アドラーの「個人心理学(日本では、アドラー心理学と呼ばれていますが、アドラー本人はそう言っていませんし…(^^;; )」の内容の理解は進まないのも事実ですが…どうなんでしょう?(^^;;
ドラマでは、まじめに働いてきた一人の遺失物担当警官が、定年退職後に自分の居場所をなくして、迷走・暴走していく姿が描かれています。しかし、これは本当にドラマだけのお話でしょうか?
私もそうですが、誰かに認められたい、必要とされたい、役に立ちたいと思うのは、ごく自然な心理だと思っています。ただ、他者は自分とは違うということを認識していないと、認められたいという欲求を強要し、自分の意見に同意させようと押し付けてしまう行為に走りかねません。
定年退職によってこれまでとは状況が変わったのですから、今までの生活スタイルは思い出の倉庫にしまって、そこから新たに自分の居場所を作っていけばいいのですが、人というものは、今まで築いたものの存在が大きければ大きいほど、失うのが怖くなるものです。このドラマの犯人も、その大きな罠に陥ってしまった…理解できます。
けど、他人を巻き込んで生命の危機に陥れるような行為を行い、心の叫びを訴えるのはさすがに許すことができません。
性別適合手術や、戸籍の変更をした人のエッセイを読みますと、時々とてつもない孤独感、虚無感などに襲われ、将来を絶望しそうになったと書かれていますが、私も同じような体験をしています。手術に踏み切れなかった理由もそこにありました。
このドラマの犯人とその孤独への恐怖という意味では、共通しているように感じます。
ただ、今までの時間は取り戻せない。結局前に進むしかない。
しかし、ドラマにもあるように、実は気づかないだけで、自分と世界はつながっているのですよね。(^^)
経済という動き一つでも、例えば、赤ちゃんだって、そこにいるだけで、経済活動は成立する。ま、下の本からの受け売りですけどね。(●´ω`●)ゞ
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投資家が「お金」よりも大切にしていること (星海社新書)
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この本の中では、あなたが何かに対して支払ったお金は、多くの人の生活に繋がっているということが語られていましたが、このような想像を働かせていくと、自分の居場所を案外見つけやすいのかもしれません。(^^)
あぷりこっと