熊本への道 | Aprikos blogg

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色々ありますが、それでも前を向いて生きようとしているMtFな私の天然ブログです。

こんにちは。(^^)

前回、「後ほど…」と、言っておきながら、2週間更新しなくてごめんなさい。m(__)m

色々落ち着きましたので、予告通り続きを書きたいと思います。A(^^;;


前回の記事では、帰り道を報告いたしましたので、今回は行く道のご報告を。


報道関連情報で、南阿蘇村経由の道がほぼ絶望的に伝わっていましたので、出発前夜、グーグルマップにアクセスして、最新の衛星写真を元に、ルートの再確認を行いました。

…最新の衛星写真でと語りますと、まるでとあるスパイ映画の優秀なエージェントか、国防省のエリート職員にでもなった気分ですね、うふふ。( ´艸`)

それで、決めたルートは二つ。

東九州自動車道を北上して、途中、まだ未完成の九州中央道(熊本から宮崎県延岡市までの横断ルート)へと曲がり、一路高千穂、五ケ瀬を抜けて、御船インター近くまで通るルートと、五ケ瀬、熊本県山都町までは一緒で、そこから、山道を通って益城町までのルートで、考えておりました。どちらのルートでも約2時間ほどで到着する見込みでした。

しかし、現実は甘くはありませんでした。

高千穂町から抜ける途中の道で、片側通行の道路にさっそく出くわし、それが御船まで数か所ほど。しかも、待ち時間を待ちきれなくって、見切り発信する車が、対向車とあわや衝突寸前という事態に遭遇したりと、道路は混乱していました。

更に、地図上では通れる見込みだった道路が全面封鎖!

これにより、何度か進路変更を余儀なくされ、予定ルートはすべて崩壊。慣れない山道で方向感を失い、すっかり迷子になってしまいました。(;;)

パニックになりながらうろうろしていましたら、小さな交番を発見。おまわりさんにすがって、通れる道を尋ねて、熊本の御船町に入った時には、すでに4時間ほど経っておりました。(T▽T;)

そこから、益城町を通りましたが、街中へと入っていくほどにブルーシートが屋根にかけられたお家が増え、その被害の大きさに驚き、しばらく呆然となってしまいました。

そして、熊本市内に入ったとたん、お昼にもかかわらず大渋滞。

後で、聴いた話ですが、これでもまだ落ち着いた方で、震災直後はもっと大変だったのだとか。

混乱の原因が始めよくわかりませんでしたが、市内を通る九州自動車道近くを通ってそれが理解できました。そうだった、高速道路、壊れてたんだ…

本来でしたらもっと高い位置になるはずの道路が、結構下に下がっている個所や、大量にひびの入った道路の下をくぐりながら、道路を失うとどうなるのかという意味を、少しですが理解できました。

当然、ゲートは塞がっていて、通行不可能なのですが、それでも、事情を知らない私のような人もいまして、入ろうとして、職員さんに停められるというシーンにも出会いました。

途中、水前寺公園近くにもよりましたが、以前よりも水位が下がっているような…震災直後、水脈にも変化があったようで、いつも出ている湧水が出なくなり、枯れる寸前にまでなったとか…それでは今ある水はいったいどこから?疑問に感じてしまいました。(^^;;

そういえば、益城町で井戸を掘っている現場を見かけました。突然水脈が変わったので、掘っていたのでしょうか?

まだまだ、市内は混乱していますが、それでも、いつもの日常は取り戻しつつあるようで、いつも見かけるお店は、いつものように営業していまして、安心いたしました。(^^)

そんなこんなで、病院に到着するまで約5時間。(^^;;

帰りも同じぐらいかかるのかと心配しましたが、それは前回の記事にもありますルートを通りましたので、思ったよりも早く帰ることができました。今更ですが、現地のルートは現地の人に聞くのが一番ですね。A(^^;;

因みに、大分県から来る人たちはグリーンロードとは反対の、ミルクロードを通って、阿蘇山を回りながらのルートを使っているのだそうです。(^^;;

中岳も活動が活発化していますので、大分ルートは厳しいですよね。それでも、何とか繋がろうとしている。自然の力は絶大で、恐ろしいですが、それでも、共存しながら生きていく。人間って、意外にハングリーでタフなんですねぇ。(^^;


あぷりこっと