ニュースで
りっくんランドなる施設を知った。
私は、
もちろん戦争を知らない。
その悲惨さも
理不尽さも
語ることはできない。
靖国神社の遊就館を見学したが
リアルとの距離感を余計に感じてしまう。
そんなことを考えていた私は、
やはり戦争の怖さを知らない
甘ちゃん人間なのだろう。
リアルな事象として、
その昔、多くの引き金は引かれた。
戦争の恐ろしさは、
意思を持たない人間が
銃を持っているところである。
確かに、
兵士が意思を持ってしまっては
戦闘などできない。
果たして
この戦いは正しいのか?
人間が人間を殺していいのか?
今、
自分が撃とうとしている人にも家族がいるはずだ。
そんなことを
一人一人の兵士が考えながら戦っていたのでは、
とてもではないが
勝つことはできない。
一切の判断を上官に委ね、
意思を持たずに引き金を引く。
それが
最強の戦士というものなのだろう・・・
では、
最強のビジネスマンは
どうだろう。
ビジネスも
戦いであると言われている以上、
末端の社員は
意思を持たずに行動すべきなのだろうか?
目の前の勝利だけを考えれば、
確かに
ビジネスも戦闘もよく似ている。
最大限の利益を上げるために、
理不尽ではあっても
上司の命令を聞く。
意思を持たずに
命令に従うことが、
スピードと競争力を生み出す。
そのような論理で成り立っている組織は
いまだに数多い。
そして
その結果が企業不祥事の続出なのだろう。
短期的な収益の最大化が、
必ずしも
会社の存続につながるとは限らない。
そういう意味では
会社も国も同じなのではないだろうか。
たとえ
上司の命令といえども、
自分自身の意思と
正義感に反することはしない。
当たり前といえば
当たり前のことだが、
こんなことが許される組織は
稀である。
なぜならば、
末端の人間の意思に基づいた判断が
常に正しいとは限らないからだ。
トップダウンで
行動が徹底されている組織が強いのか。
それとも
末端の人間が
意思を持って行動する組織の方が強いのか。
その勝負の行方は、
組織を構成する一人一人の
人間のレベル次第ということだろう。
優秀な中学生を集めても
日本代表が創れないように
個々のレベルUPはマストだ。
自社の社員の
誇りと美意識と能力を信じる私としては
後者であることを微塵も疑わない。
そして、
ビジネスが戦いでなくなる日も
近いと感じるのだ。










