緊急事態宣言・・・あんまり道は空いてないですね(;^ω^) 効果が心配ですね。

とは言え、ウチも含む中小企業の業績は、とても心配ですね。

しっかりとあがいて・・・生き延びよう(^^)/

 

さて・・・

 

国家が

会社化して行く一方で・・・


社会は

家庭化しているようにも見えます。


使わなくなったものをあげたり・・・


みんなでシェアしたり・・・


お金を配る人までいたり。

 

国家は会社のように、
数値による成長目標を掲げる。


人々は拡大や所有よりも、
緩やかでも持続可能な生活を求める。


つまり

マッチングしていないのです。

 

もっともっと稼ぎ・・・


もっともっと消費し・・・


もっともっと子を産み・・・


もっともっと国を発展させる。


それが

国家の求める人材。

 

ほどほどに稼ぎ・・・


無駄な消費を抑え・・・


計画的に子供を産み・・・


平和な人生を過ごしていきたい。


それが

実際の国民。

 

どんなに政治家が煽っても・・・


日銀がお金を余らせても・・・


欲しくないものは買わない。


死ぬほど働いてまで、
豊かになりたいとは思わない。

 

まず、

この現状を受け止めること。


それが

大事だと思うんですよね。

 

江戸時代は、

ずっと低成長社会でした。


でも・・・文化は栄え、
人々は楽しく暮らしていました。


これが

本当の国民性なのかもしれません。


元に戻っただけなのかもしれません。

 

戦後、

がむしゃらに頑張った。


人口も、

どんどん増えていった。


世界第2位の経済大国にもなった。


素晴らしいことです。


でもきっと・・・


異常なことでも、あったのです。

 

バブルの崩壊は、
ひとつのきっかけに過ぎなかった。


なんとなく、

そんな気がします。

 

考えるまでもなく頑張り・・・


考えるまでもなく働き・・・


考えるまでもなく成長する。


それは

正常な状態ではないのです。

 

非常事態だった。


だから、頑張れた。


非常事態が終わった。


だから

元の生活に戻った。


それだけのことなのかも、しれません。

 

右肩上がりが普通だというのは、

昭和の感覚。


穏やかな日常を繰り返すというのが、

平成の感覚。


国民の感覚は、

昭和はおろか、

もう

平成にさえ戻せないのです。

 

 

緊急事態宣言…(;^ω^)参りましたね。実効が上がるんでしょうか・・・

オリンピックも、GOTOも・・・辻褄合わずの感が否めません。

飲食店へのフォローも心配です。もちろん、自分たちの心配も(;^ω^)

 

さて・・・

 

昭和という、

右肩上がりの時代が終わり・・・


平成という、

停滞の時代になりました。


停滞は

悪であるというのが昭和の発想。


そんなに頑張らなくても

いいじゃないかというのが平成の発想。

平たく成ると書いて平成。


元号には、

その思いが込められていたのかもしれません。


平たくなった時代とも言えるし、
平たくなれた時代だとも言えます。

必要以上に欲しがらない。


必要以上に消費しない。


それって、ダメなのでしょうか・・・

ハレの日は、

確かに盛り上がるし楽しい。


でも、

いちばん大切なのは日常が平穏であること。


平穏に成った時代。


それが平成。

 

さて令和も3年目・・・

 

どない、なるんでしょうなあ~(^^♪

さてさて・・・


若い頃は、

欲しいものが沢山ありました。


ポルシェも欲しかったし・・・


ブランド物の服も靴も財布も、
何もかも手に入れたかったのです。

ものが増えると、クローゼットに入らない。


だから、

収納を増やすために引っ越す。


新しくできたスペースに、また詰め込む。


どんどんものが増えていく快感。


それがいつの間にか、

不快感に変わりました。

持てば持つほど、

嬉しい時代から、
適度に持っていれば、

満足な時代になり、
今は、

できるだけ持たないことが、

快適な時代。


歳をとったからなんでしょうか。


いや、何か違う気がします。

まあ、

歳をとったのは事実なんですけど。


それだけが、理由ではない。


世の中の空気みたいなものが、
変化したのだと思います。

世の中の空気。


それって、

一体何なのでしょう。


たとえば、

全員が右を向いている。


それが、左に向きを変える。


そんな感じ。

一人一人の動きは、

些細なもの。


ちょっと、首をひねるだけ。


何人かが、

反対側を向いて・・・


それに

つられて他の人も向きを変えて、
やがて、

全員が反対側を向くようになる。

たった、

それだけのことなのです。


でも・・・

人類が見ている方向が180度変わる。


景色も変わるし、

感覚も変わる。


価値観も変わる。


それが、

空気が変わるということ。

全身ルイヴィトンのおじさんは、
確かに、

昔はカッコ良かったのです。


似合わないアルマーニも、
フランクミューラーも、
身につけているだけでカッコ良かった。

今、

それがカッコいいのは、
すごくお洒落な人か、
背の高い男前の芸能人か、
イタリア人だけ。


普通のおじさんは、

カッコ悪い。

向きが、変わったのです。


それで、景色が変わった。


同じものが、違って見える。


ポルシェも、
ブランド物の服も、
違ったものに見える。

これを

成長と呼ぶのか、

進化と呼ぶのか、
あるいは、

退化と呼ぶのか、分かりません。


ひとつだけ、確かなのは・・・


変化した・・・という事実です。

 

これからは・・・変化の時代ですね・・・

 

あけましておめでとうございます。 今年の年末年始は、忙しなく過ごしました(;^ω^)

ド暇よりはイイですが・・・連日深夜の4t稼働はチョットね( ^ω^)・・・

昨年はコロナに尽きる一年でした。これから総てが変わっていくのでしょう・・・

「ダーウィンがきた」ではありませんが、我々も変わらないと生き残れませんね。

 

さて・・・

 

今食べようとしている食事は、

必需品なのか。


今着ようとしている服は、

必需品なのか。


今使おうとしているパソコンやスマホは、

必需品なのか。

家にあるもの、
身につけているもの、
食べているもの。


それらを

よく観察すると
必需品だとは言い難いものがたくさんあります。

生きるため、生活のために、働いている。


そう思っている人は、

とても多いです。

でも実際には、

必要のないものを食べ、
必要のない場所に行き、
必要のないことをするために、
人は生きているのです。

さてさて・・

社員は、嗜好品である。


そう

割り切ればいいのです。

嗜好品だから、高くてもいい。


嗜好品だから、好きな人を雇えばいい。


嗜好品だから、見返りなんてなくていい。


そういう

割り切りが、必要な時代なのです。

1本20万円のパターとか・・・


古伊万里の骨董の皿とか・・・


数十万円もする自転車とか・・・


そういうものと、同じ扱い。

パターを愛でるように・・・


古伊万里の皿を愛でるように・・・


高級自転車を愛でるように・・・


社員のことも愛でる。

いくら愛でても、
パターは何もしてくれません。


いいスコアを出してくれたりはしない。ww


古伊万里の皿だって、

自転車だって、
何もしてくれない。

でも

社員は違います。


会社を

愛してくれるかもしれないし・・・


社長を

尊敬してくれるかもしれないし・・・


仕事だって、

頑張ってくれるかもしれない。


社員とは

心をもった嗜好品なのです。

でも

決して必需品ではない。


その扱い方が、とても大事なのです。

社員が必需品だと考えている経営者。


それは

時代を見誤っています。


今や社員は、

必需品ではなく嗜好品なのです。


そこを

決して間違えてはいけません。

社員を必需品扱いすると、
大変なことが起こります。

まず、

社員が集まらない。


すぐに辞めてしまう。


まったくやる気を出さない。


仕事なんて頑張らない。

でもそれは、

社員が悪いのではありません。


悪いのは、

扱い方を間違えた社長さん。

必要だから、仕方なく雇うとか。


壊れず長持ちして当たり前だとか。


金払った分、きちんと働けとか。


そんな必需品扱いは、

お断りします!

嗜好品として、雇う。


嗜好品だから、好きな人を選ぶ。


嗜好品だから、大切に扱う。


嗜好品だから、見返りは求めない。


嗜好品だから、いるだけで嬉しい。

これが

正しい社員の扱い方。


それでも

社員を採用しますか。


それとも

採用やめますか。


今は、

そういう時代なんですよね・・・

 



 

12/30いよいよ特別な一年が終わります。

あたりまえが、あたりまえでなくなる日が来るなんて

思いもしませんでした。

この一年を笑い飛ばせるようにあと10年頑張ります。

 

さて・・・

 

いつ、どこで生まれたのか。


どんな学校を出たのか。


どの会社で、

どんな仕事をしてきたのか。


私の履歴書。

 

私の経歴書。

それが

私の人生に大きな影響を与えて来ました。


もちろん、

この先も影響を与えていくでしょう。


でも、

これからはもっと大きな影響を与える歴があります。


それは、web歴です。

どんなことをやったのか。


どんなことを言ったのか。


どんな服を着ていたのか。


どんな人と付き合っていたのか。

私自身が発信した情報と、

私に関して発信された情報。


web歴に浮かび上がる私のイメージが
現実の人生をコントロールしていくのです。

さてさて・・・

私のことをFacebookで知った。


少なからず、そういう人と出会います。


ブログを書き続けたり、

Facebookに露出してきたことは、
ひとつの誇りでもあります。

私も露出していることによって、
凄い人だと勘違いされてきました。


今でも、

そう思ってくれている人が
いるかもしれません。

でも

それはイメージであって、
現実ではないのです。


私の本が書店に並んでいても、
私が凄いわけではない。


これは謙遜ではなく、
事実を伝えているだけなのです。

テレビに出ている人も、
映画に出ている人も、
特別に凄い人ではない。


でも

凄い人だと思われている。


これが現実なのです。

凄い人であることは、もちろん大事。


でも、

凄いと思われることも、
同じくらい大事なことなのです。


イメージは

現実の私の人生を、
大きく変えてしまうのです。

私は今、ものすごい時間をかけて、
webでの情報発信をやっていく準備をしています。


発信する量は、大したことありません。


ツイッターなら1日たった140文字。

でも

その140文字を精査して、

皆さんの共感と反感を集めようと思っています。


考えて、考えて、書き直して、
納得いったものだけを発信する・・・みたいな。


そういう作業を、

もうずいぶんとやっています。

ツイッターだけではありません。


Facebook
webコラム、web対談、webマガジン。

 

どんどん広げて行こうと思っています。


ものすごく丁寧に発信して行こうと考えています。

それは

webにおける私のイメージが、
後々の私の人生と会社の未来を変えて行くと、
確信しているからです。

本は、

いずれ劣化してなくなります。


でも・・・webデータはなくならない。


20年後、50年後、100年後の私。

 

そして、プラウド。


それを

今から、コツコツと紡いでいくのです。

 



 

各位 本年も大変お世話になりました。

 

思えば遠くに来たものだ・・・毎年そんなことを思っています。

 

来たる2021年も、引き続き、宜しくお願いします。

 

さて・・・

 

 

サラリーマンなんかやってられない。


・・・という人が

社長になるわけなんですけど、
社長になったら、

サラリーマンを雇わないといけません。

自分がやってられない
・・・と思う役割を人にやらせるのですから、
なかなか矛盾しているわけです。

この矛盾を

なかったことにしてはいけません。


みんなの会社だとか、

しっかり還元するとか言ったって、
サラリーマンであることに変わりはないわけです。

自分がやってられなかったサラリーマンは、
やはり他の人もやってられません。


自分もやりたくなる、夢のようなサラリーマン。


それを

考えるしかないのです。


職場を楽しくすれば、
そこで

働きたい人が集まる。

人が集まって来たら、
たくさんの仕事がこなせる。

たくさんの仕事をこなしたら、
売上も利益も増える。

きっと

経営者の皆さんも、
頭ではわかってるんですよ。


でも、

どうしても実感が湧かない。

楽しさなんて押し出したら、
甘い考えの人間ばかり集まる。


楽することばかり考えて、
しんどいことをやらなくなる。

欲しいのは、とことん頑張る人。


少々キツイことでも、

へこたれず、
多くのインセンティブを稼いでいく。


そういう、ハングリーな人。

「最後は、カネでしょ」と、
ついホンネを言って叩かれた
政治家の人を思い出します。


最後はカネ。

 

じつは、
これは間違っていないのです。

どんなに楽しくて、
どんなにやりがいがあっても、
生活できないと、

どうにもなりません。


でも

それは最後なんですよ。


決して、最初ではない。

だいたい

仕事に見合う給料なんて、
出て当たり前なんですよね。


だって

仕事をしてるわけですから。


給料を払うのなんて、
べつに偉くもなんともないんです。

仕事を与えているとか、
働かせてやってるとか、
雇用を創出しているとか、
もう、

そんな話じゃないんです。

商品が

どこででも買えるように、
仕事なんて、どこにでもある。


それが

今の世の中なのです。


問題は、

その仕事をやりたいかどうか。


楽しく働いて、しっかり稼げるかどうか。

仕事はある。


でも、

人がいない。


募集しても来ない。


これ以上は、給料も増やせない。

そういう仕事は
「ある」とは言わないのです。

一人ひとりの得意が活かせて、
人に必要とされて、喜ばれ、
しっかりと稼げる職場。


それが

「仕事のある」会社。

 

自戒(;^ω^)

 

頑張らねば・・・

 

MerryChristmas(^^)/ 今年もあと1週間!!厳しい毎日ですが踏ん張って参りましょう!!!

ゆく年くる年って子供の頃よく観てました。民法連合VS NHKみたいな・・・

 

さて・・・

 

1日を無駄にしないために

あなたはどんなことをしますか。


たとえば

旅行に行った時。


1分たりとも無駄にしないために

スケジュールをぎっしり入れる。

立ち止まることが無駄だとしたら、
これこそが無駄のない1日だと言えます。


でも

ものすごく疲れるかもしれません。


休息のための旅行なのに

かえって疲れてしまう。


これでは

旅行そのものが無駄になってしまいます。

脇目も振らず1歩でも前に進む人生。


周りの景色を楽しみながらゆったり歩く人生。


そこそこ早く

そこそこ景色を楽しむ人生。


無駄な人生とは

どのような人生なのでしょう。

 

さてさて・・・

頭の回転が速い、
と、いうのは褒め言葉です。


頭の回転が遅い、
と、いうのは褒め言葉ではありません。

でも

実際にはどちらにも、
異なった価値があるのです。


そもそも、頭の回転とは何なのか。


それを

考えてみましょう。

頭の回転とは、
答えに、

たどり着くまでのスピードです。


だったら

速いほうがいい。


確かに

そういうケースもあります。

たとえば

船が沈みそうな時。


今すぐ

ベストな方法で、
助かる方法を見つけ出す。


そういう時には、速さが重要です。

頭の回転が遅いとどうなるのか。


答えに

たどり着くのに時間がかかります。


まっすぐに答えに向かわない。


すぐに回り道し、寄り道してしまう。

たとえば、

こんなことを考えます。


そもそも、

なぜ船が沈んだのか。


そもそも、

なぜ船に乗ったのか。


緊急時には、致命的な回り道です。

だけど、

とても大事なことなのです。


本当ならば、

船に乗る前に、
考えておかなければならなかった。


でも・・・考えなかったこと。

そもそも

なぜ、
頭の回転が速い人は、
答えに

たどり着くのが速いのか。


その理由は二つあります。

まず、

情報処理速度が速い。


これはとってもいいこと。


そして、

無駄な回り道をしない。


これは、

場合によっては良くないこと。

無駄な回り道をしないと、
今回の到着時間は短縮できます。


でも

新しい道は発見できません。


新しい出会いも生まれません。

無駄な回り道をすると、
今回の到着時間は遅れます。


でも

新しい道が発見できるかもしれない。


新しい出会いがあるかもしれない。

つまり・・・

どちらも、
必要で価値のあることなのです。


ショートカットが得意。


それは

「寄り道をしない」という能力。


ショートカットが苦手。


それは

「寄り道ができる」という能力。

自分の能力を見極めること。


能力は

人それぞれなのです。

 

適材適所( ^ω^)・・・

 

・・・ですね。

 

 

寒いですね・・・今年もあとわずか・・・冬至過ぎて、Xmas~お正月・・・

来年、少しは良くなるとイイですね~(*^^*)

 

さて・・・

 

売れる商品と売れない商品。


そこには

どんな違いがあるのでしょうか。


商品力とか、

宣伝のうまさとか、
価格設定とか、マーケットサイズとか。

考えられる基準は色々あります。


でも

それをすべて満たしたからといって、
売れるとは限りません。


まったく満たしていないのに

売れたりもします。

もしかしたら

線引きの場所を間違えているのかもしれません。


正しい線引きは、

売れる商品と売れない商品ではなく、
すでに

売れている商品とまだ売れていない商品の間にある。


つまり

すべての商品は、売れる商品であり、売れない商品でもあるのです。

私は

かなりしつこい性格なので、
やり始めたことに執着します。


諦めが悪いとも言えます。


経営者としては、
ちょっと致命的かもしれません。

前の会社では

数字から現場を診る事に執着しました。


即戦力の時代だとか、
これからは

派遣と紹介だとか、
色々言われましたけど、
数字と現場にこだわり続けました。

自分で決めたこと、
自分がイケると思ったことを、
途中でやめるのが嫌なのです。


どんなに反対されても、
どんなに効率が悪くても、
やると言ったらやり続けるのです。

だから

私はたぶん死ぬまで

「数字と現場」をやり続けると思います。


どんなに面倒でも、
どんなに儲からなくても、
私は現場のプロでいたいのです。

正直者と嘘つきの線引きや
本物と偽物の線引きや
愛とLOVEの線引きや
友達と親友の線引きなどなど・・・

まあ、色々と考えてきました。


かれこれ、10年ほどになります。


よく続いたなと思います。


書く私もそうですけど、
読んでくれる読者もそう。

これは真面目な話なんですが、
私は色々な線引きで食べていこうと
本気で考えていたのです。

線引きを研究し、
線引きを発表し、
線引きを読んでもらい、
線引きにお金を払ってもらう。

マネタイズを工夫するとか、
顧客をズラすとか、
そんな発想はまったくなかったのです。


当然のことながら・・・

 

お金は稼げない。


でも

線引きはやめたくない。

現場の時もそうでしたけど、
線引きも、まったく同じ。


つまり、

続けたいから、
後づけで

マネタイズを考えたのです。

結果的に、どちらも、まだ、うまく行っていません。


顧客に喜ばれる方法を

なんとか発見したいのです。


やってみてわかったこと。


それは

稼ぐ方法は無限にあるということ。

お金を特別視しないこと。


顧客の選択を間違えないこと。


それが

キーワードなのです。

 

このコロナ禍が、

ただの災厄でなく、

変身・進化のきっかけになることを願って・・・

 

今日は、ここまで(^^)/

 

 

 

 

12月に入って、急に冬らしさが増したような気がします。

大きな忘年会は軒並み中止になっていますが、近しい関係の小規模な会食は・・・

早い時間から、早い時間で切り上げる感じで・・・結構、年末感が増しています。

 

さて・・・

 

世界一美味しくて、

誰もが一度は食べてみたいと
夢見るハンバーガー。


私は、

そんなハンバーガー屋さんになりたい。

毎日、

世界中からいろんな人が来て、

大行列ができる。


有名なミュージシャンも、

大統領も、

世界一の金持ちも、
きちんと並ばないと売ってもらえない。

金や権力にものを言わせて
代理の人に買いに行かせるなど、

もってのほか。


そんな人には、売ってあげない。

素敵な人には安く、

偉そうな人には、とんでもなく高く。


謙虚な人は、

とことん丁寧に扱い、

傲慢な人は、

とことん粗末に扱う。


そういう、

ハンバーガー屋さんになりたいのです。(笑)

さてさて・・・

お金は、

とても便利なツール。


それを

否定する気はありません。


ただ、お金の役割は
今後、劇的に変化していくでしょう。

お金の役割は三つある、
と言われています。


価値を測る役割。


価値を交換する役割。


価値を貯蔵する役割。

個人的には、

貯蔵する役割に
とても疑問を感じています。


物は、劣化していきますが・・・


お金は、貯蔵すると増えていくからです。

時間とともに、

片方は劣化して、
もう片方は増えていく。


その結果、

金融資産が実体経済と
どんどん乖離していくのです。

・・・が、今回はその話ではなく、
残り二つの役割について。


測る役割と、交換の役割。


ここが、

変化すると予測しいています。

まず、

価値を測る役割について。


この単位が、

お金ではなくなる。


正確には、

お金だけではなくなる。


・・・というのが、私の予想です。

たとえば、

誰かに親切にするとか、
何かを差し上げるとか、
無償で何かをやってあげるとか。


そこには、お金が登場しません。


でも、

信用という実績が残ります。

この実績が、

お金以上の価値を発揮する。


それが、

これからの信用経済です。


信用のある人、信用のある会社。


それが、

お金のある人や会社を、凌駕するのです。

次に、

価値を交換する役割。


お金を介さない、交換が増える。


少なくとも

交換の2~3割が、
物々交換になっていく。


・・・というのが、私の予想です。

その理由のひとつは、
信用経済への移行です。


やってもらった価値を、
いちいちお金に換算するのではなく、
別の何かでお返しする。

ふたつ目は、

テクノロジーの進化です。


個人と個人が、

ネットやSNSで
網目のようにつながった社会。


そこでは、

お金を介さない交換が、
頻繁に起こるようになるでしょう。

お金にならない仕事。


そこと、

どう向き合っていくのか。


お金に執着しない人や会社に、
豊かさは集まってくるのです。

 

そんな週末の午後、

妄想タイムがゆっくりと過ぎていきます。

 

(^^)/

 

 

今日は寒いですね・・・午前中の雨予報は見事に外れましたね(^^)/

冬場の雨は、乾燥予防に重要ですが、冷たい雨は勘弁ですね・・・

 

さて・・・

 

人生で

一度もうそをついたことがない人はいない。


たったのひとりもいない。


私は、

そう断言できます。

つまり

みんなうそつきなんですよ。


では・・・

正直者ってどんな人なんですか?


そう聞かれたら、私はこう答えますね。


「わたしはうそつきだ」と認めている人。

だってみんな、

ひとり残らずうそつきなんですから。


わたしは、

嘘をつかないと言った時点で、
その人は大うそつきなんです。

自分は、うそつきだと言う正直者と、
自分は、正直者だと言ううそつき。


あなたは、どちらですか?

 

さてさて・・・

私は

常識には囚われない人だ。


・・・と言ってしまった時点で、
もう常識に囚われているのです。

私は

先入観抜きに話が聞ける。


・・・と言ってしまった時点で、
もう先入観が入っているのです。

頭を柔らかくして、
常識を一旦リセットして、
先入観を持たずに人の話を聞く。


これは、

とても大事なことです。

でも、

そのために必要なのは、
私の立ち位置を知ることです。


常識に囚われている私。


先入観を持っている私。


それが、

正しい私の現在地。

いま、どこに、私はいるのか。


現在地が

正確でないと、
私は、どこにもたどり着けません。


当たり前のことなのです。

なぜ?人は現在地を間違えるのか。


それは

先入観を持っているからではなく、
常識に縛られているからでもなく、
その事実から目をそらしているから。

頭がカタイとは、
頭がカタイという状態ではなく、
頭がカタイという事実を
受け入れられない、という状態。


そもそも、

頭はカタイものなのです。

カタイのならほぐせばいい。


ただ、

それだけのことなのです。

肩がこった時は、
指圧やマッサージをします。


ああ肩がこっているなと、
ただ自覚しているだけでは
肩こりはほぐれません。

でも

頭の場合は違います。


マッサージの必要は、ありません。


ああ

私は頭がカタイ。


そう自覚するだけで、
こりはほぐれていくのです。

私の頭は、どうカタイのか。


どういう常識に縛られているのか。


どのような先入観を持っているのか。


それを把握すること。


たったそれだけで、
頭のこりは、ほぐれていきます。

私は、怒りっぽい。


私の話は、分かりにくい。


私の考えは、偏っている。

そこに

気がついた時点で、
もう問題は、解決しているのです。


自覚こそが、

問題を解く鍵なのです。

 

 

PCR検査の陽性者が過去最高となりましたね・・・(;^ω^)

個々人の感覚に温度差があるため、うかつな意見を口に出来ません。

何かと息苦しさを感じる今日この頃です・・・分断・・・嫌な感じです。

 

さて・・・

 

他人が不幸になれば、

相対的に自分の幸福度は上がります。


そんなの意味ねー・・・と思うかもしれません。


でも金持ちとは、

自分以外の多くの人が貧乏な状態であり、
優勝とは、

自分以外の参加者が負ける状態に他ならないのです。

反対に、

他人が幸福になれば、

相対的に自分の幸福度は下がります。


でも

他人(特に自分の身近な人)が幸せになることによって、
なんだかハッピーな気分になれます。

それは、

幸せ気分の伝染がもたらす幸福感。


比較によるハッピーと、

伝染によるハッピー。


そのふたつの狭間で、私たちは生きているのです。

 

さてさて・・・

自分の仕事を増やす努力ではなく、
他人の仕事を増やす努力。


自分の商品を売る努力ではなく、
他人の商品を売る努力。

そんな努力をする人は、
なかなかいません。


自分のことで精一杯。


それが

正直な気持ちでしょう。

その気持ちは、よく分かります。


私だって、

そんなお人好しではないし、
自分のことが大事に決まっています。


でも、

自分が大事だからこそ、
他人のための努力が必要なのです。

簡単に言えば、ギブアンドテイク。


まず与えよ。

 

"Pay it forward"


さすれば与えられん。


昔から

言われていることです。
順番が大事なのです。

みんな知っていることです。


でも

ほとんどの人はやりません。


正直者は、バカを見るから。


バカを見るのが、嫌だから。

賢く儲けたい。


それは

私も同じです。


だからこそ、オススメしたい。


自分のための集客ではなく、
他人のための集客を。

なぜ、他人のために、
集客せねばならんのだ。


そう聞かれたら、
私はこう答えますね。


「自分が儲かるからだ」と。

巡り巡って戻って来るとか、
見ている人は見ているとか、
そんな、

まどろっこしい
話じゃないんです。


もっと簡単な話。

まず、他人の集客は簡単です。


自分が思ったことを、そのまま言うだけ。


「あそこいいよ」と。


口コミとは、

他人の集客そのものなのです。

次に、他人の集客をすると、
集客スキルがアップします。


おお!こんな方法があったのかと、
たくさんの気づきがもらえる。

そして、気がついたら
自分の集客にも成功しています。


あそこに行けば得する、という場所に
どんどん人は集まって来るから。

でも、

不思議なんですよね。


他人の集客を本気でやってる
税理士とか、

弁護士とか、

求人会社って、
まったく見かけないんですよ。

 

知り合いの生保の営業マンを見ていて考えてみました・・・