なっちゃいました。60歳に…(;^ω^)早いもんですね。ずーっと先だと思ってたのに。

フェイスブックのお友達から、たくさんのおめでとうを貰って、嬉しい気持ちになる。

他人に祝福されるのってイイですよね。なんか、こう、生きてていいんだ、俺!みたいな。

60歳還暦に、どんな意味があるのでしょうか?どんな意味を見出して行けばいいのでしょうか?
まだまだ締めて参りましょう(^^)/

さて・・・

 

楽をするために

努力する。


そう言うと

鼻で笑う人が

たくさんいます。


何を言ってるんだか(笑)


できないヤツの言い訳か(笑)


それで上手くいったら

苦労しないよ(笑)


・・・という具合に。

日本人は

努力が大好きです。


でも

その方向は

かなり偏っています。


すなわち

努力とは

苦手を克服することであると。


そのためには

嫌なことでも

我慢しなくてはならないと。

学校は

我慢を学ぶ場であると
本気で思っている大人は多いです。


そのくせ

レバレッジという言葉が

好きだったりもします。

好きなことを

仕事にする。


得意なことを

より得意になる。


これほど

レバレッジが効いた生き方は

ないと思うんですけど・・・

 

さてさて・・・

私は

小学3年生で、
目一杯をやめました。


あまりにも

ノロかったから。


向いていないと

思ったのです。

高校生の時は、
受験をやめました。


だけど

仲間やお金は欲しかったので、
バンド活動に邁進しました。


私は

逃げるのが

得意なのです。

バンドの仲間が就職するのを見て・・・


これは無理だと

思ったことは2つ。


ひとつは朝の満員電車。


これを何十年も繰り返したら、
気が狂ってしまうと思いました。

もうひとつは

会社員そのもの。


言われたことをやる。


言われた通りにやる。


どんなに無駄に見えても。


どんなにやる気が出なくても。

これは

私の最も苦手とすることです。


お昼ご飯を

決められた時間に
食べることすら嫌でした。


なぜ?

12〜13時に食べなくちゃいけない。


家畜ではあるまいし。

本気で

そう思っていました。


つまり、

最も生徒に向かない生徒。


最も社員に向かない社員。


それが

私だったのです。

私は

壮大な夢やビジョンがあって、
社長になったわけではありません。


嫌なことを

やらないため。


苦手なことを

避けるため。


社長になるしかなかったのです。

社長になってからも、
いろんなことをやめてきました。


肩書きで呼び合うのをやめるとか。


アポとり電話をやめるとか。


真面目なオフィスをやめるとか。

50を過ぎたら

更にひどくなりました。


人を雇うことをやめ・・・


決まった時間に

家を出ることをやめ・・・


17時以降に仕事することをやめ・・・


気が合わない人との仕事をやめました。

もう

ワガママし放題です。


でも

意外とうまくいってます。


やるべきことをリストにしよう!
・・・なんて言う人もいますけど・・・


私の意見は

真逆です。

やりたくないことをリストにしよう!


徹底的に

それらを避けて生きていこう!


すると人は

工夫するようになる。


快適だから

やる気も出てくる。


間違っても我慢なんて、
しちゃあいけないのですよ。

 

そんな、へそ曲がりのひとりごとでした。


松山頑張れ(^^)/

あったかいですね…(;^ω^) 毎週末、2~3キロ痩せて・・・

1週間で元に戻って・・・この夏は結構、ボール蹴ってます。走ってます。

今週末には、いよいよ「還暦」って奴になります。早いものですね…(;^ω^)

かつて還暦は、仰ぎ見る世代でした。自分自身が、そんな世代になるなんて・・・

ただの煩い爺でしょうか・・・(;^ω^)

 

さて・・・

 

なぜ?

人には向き不向きがあるのか。


きっと!

多様性を求めた結果でしょう。


いろんな人がいた方が

いろんな課題に対応できる。

そりゃあ、そうだ。


だから

自然は、多様性を重んじるのです。


でも

人間は、ひとつの指標で比べたがる。


100メートル走の速さとか。


共通テストの点数とか。


同じ年齢の人の年収とか。

ツバメは

空を飛ぶ。


シマウマは

陸を走る。


マグロは

海を泳ぐ。

 

それで

いいじゃない。


だけど・・・

人間は

それではよくない。

走れないことを

嘆くマグロ・・・


泳げないことに

落ち込むツバメ・・・


飛べないことで

自己嫌悪するシマウマ・・・


それが、人間。

 

さてさて・・・

私はずっと

考え続けてきました。


なぜ人は

失敗から学べないのか。


頭が悪いからなのか。


気が緩んでいるからなのか。


それとも・・・

 

やる気がないからなのか。

自分の人生を振り返ってみると、
多くの学ばない失敗があります。


歌詞を覚えるとか。


テスト勉強のやり方とか。


負けっぱなしのテニスとか。

今の私は

こんなことを言います。


立ち止まって、

よく考えろ。


結果ではなく、

プロセスを見よ。


答えは、

必ずある。


継続こそが、

成功の要である、と。

まあ、

我ながら、
よく言ったもんだと思います。


何を偉そうに(笑)という感じ。


あんなにも

ダメダメだったくせに。


自分でも

笑っちゃいます。

だけど

こうも思うわけです。


自分は

成長したのだと。


知識も

経験も増えて、
しっかり

考えるようになった。


継続力も

身についた。


昔の私とは

違うのだよ、と。

私も60歳ですから。


そりゃあ

経験から

少しは学ぶし・・・


人間的に成長もします。

(チョットは(;^ω^))


昔より

できるヤツになったのは

間違いない。


今なら

きっと

やれるはずだ。

たとえば

歌詞を忘れないために・・・


今なら

夜更かしせず

早く寝るでしょう。


テストの点数をよくするために、
今なら

効率のよい勉強法を

覚えるでしょう。


テニスで勝つために、

今なら
プロについて

レッスンを受けるでしょう。

今なら

答えはわかる。


では・・・

 

今、

あの年齢に戻ったとして・・・


果たして

それをやるのか。


いやあ、

きっと

やらないでしょうね。

だって

夜更かししたいもの。


効率よく勉強なんて

したくないもの。


テニスのレッスンなんて

楽しくないもの。


性格は

まったく変わってない。


だから

きっと

同じ失敗を繰り返すでしょう。

しっかり

考えるようになりました。


自己管理

できるようになりました。


継続力も身につきました。


だけど

やっぱり

ダメでしょう。

私には

よく分かりました。


なぜ?人は

同じ失敗を繰り返すのか。


それは・・・

 

本当は

学ぶ気のない対象だから。


学びには

相性があるのです。

 

コロナ罹患者、増えましたね・・・8月第1週には落ち着くと思いますが(^_-)-☆

あと湿気が嫌ですね・・・梅雨・夏・戻り梅雨・猛暑・・・無限ループみたいですね。

地震や噴火のNEWSも目に付くし・・・なんかスッキリしない、夏らしく無い感じです。

毎週末、サッカー出来ているのは幸せですが、皆でパッと呑みたい、演りたい、今日この頃です。

 

さて・・・

 

エヴァンゲリオンに出てくる

あのバリア。


正式名称は

Absolute Terror FIELD(絶対恐怖領域)というそうです。

 

知ってましたか?

自分に向かってくる

危険や恐怖を

拒絶する心の壁。


他人と自分とを分ける

個の生命体同士の壁。

エヴァの作者は

凄いものを

考えましたよね。


いや、

考えたというより・・・

 

感じたのでしょう。


人と人との間には

絶対に埋まらない

壁があることを。


そして

それが自分自身を守る

バリアであることを。

分かり合いたいけど

分かり合えない。


100%

分かりあってはならない。


生命は

そのような壁によって

保たれているのかもしれません。

 

そういえば、

呪術廻戦の領域展開も

これにインスパイアされたのかも・・・

 

 

さてさて・・・

万里の長城には、
人間の骨が

埋まっているそうです。


なんとも

恐ろしい話ですよね。


労働者の

なれの果てでしょうか。

どうやら、そうではない。


そう断言できるのは、
骨の埋まり具合が

奇妙だからです。


なんと

この骨、

岩と岩を
またいで埋まっているのだそうです。

どうやったら、
そんな奇妙なことが起こるのか。


考えられる可能性は

ひとつ。


それは

すり抜けです。

万里の長城を

すり抜けようとした人がいる。


でも・・・

 

途中で

止まってしまった。


だから

岩と岩の間に、
埋まってしまったわけです。

すべての物体は、
原子という、

細かい粒で

できています。


原子が

組み合わさって分子となり・・・


分子同士がくっついて・・・


木や鉄や石が

できているわけです。

では

原子は

どうやって

できているのか。


原子は

原子核と電子の組み合わせです。


原子核の周りを

電子がぐるぐると回っている。


これが

原子の構造です。

問題は

原子核と電子の距離です。


仮に・・・

 

原子核が

ボーリング球ぐらいの大きさだとして・・・

 

電子は

どの辺りを
回っていると思いますか?

ボーリング球を

東京駅に置くと・・・


なんと・・・

 

電子は

新横浜あたりにいるそうです。


原子核と電子の間には

何もありません。


つまり・・・

 

原子とは

スッカスカの
物体だということです。

何が

言いたいか・・・


もう

お分かりでしょう。


万里の長城をすり抜ける?


そんなこと

できる訳がないだろう。


・・・という

頭の硬い方たちへ。

万里の長城は

石でできています。


石は分子で、

分子は

原子で

できています。


そして・・・

 

原子はスッカスカ。


だから

分子もスッカスカ。


石も

壁も

人間の体も・・・


スッカスカ

だという訳です。

だったら・・・

 

なぜ

机の上にコップが置けるんだ。


なぜ

コップは机をすり抜けないんだ。


そう

反論したくなりますよね。

なぜなのか

今は

まだ分かりません。


ふざけるな!

・・・と言われても困ります。


だって・・・

 

人間に

わかっていることなんて・・・


ほんの

チョットだけなんですから。

 

蒸し暑い日のブログは

変ですね(;^ω^)

 

 

最近は変な天気ですね~戻り梅雨でしょうか、蒸し蒸しと嫌な陽気です。

線状降水帯っていうんですか、九州の方は大変な事になっています・・・

私はシニアの試合が、立て込んでいて、少年団の指導と毎週末、大忙しです。

残り少ない人生を後悔しないように、仕事も含め、張り切って参りましょう(^^)/

 

さて・・・

 

どんなに面白い話でも

間がないと笑えません。


聞いたことを

頭で咀嚼するには

時間がかかるから。


だから・・・

 

間のない芸人は

間抜けなのです。

同様に

儲かるビジネスには

ひねりが必要です。


いつもと違う

加工をするとか。


他社とは違う

売り方を考えるとか。

ひねりを加えないビジネスは

間がない芸と同じです。


仕入れたものを

ただ売っているだけ。


みんなと同じ商売を

ただやっているだけ。

間抜けな芸では

笑いが取れないように・・・


ひねり抜けの経営では

儲けが取れないのです。

 

さてさて・・


私は

物ごとの解釈に、
捻りを加えることが

大好きです。


そして

解釈を飛躍させることが
大好きなのです。

私が考える商品、

私が考える事業、
私が考える集客、

私が考える売り方。


それらは

捻りと飛躍だらけ。

風が吹けば

桶屋が儲かる理論は・・・


無茶苦茶な飛躍と

曲解のストーリーです。


でも

私は

こういう物語が

好きなのです。

だから

やってしまう。


会社を

こだわりのもので

装飾してしまうとか。


いきなり社員の給料を

2倍にするとか。

おかげで

面白い経験ができました。


おかげで

大変な目にも遭いました。


山あり、谷ありの人生。


それもまた

いいものです。

しかし、

それは

私ひとりの場合。


家族にとっては

かなり迷惑。


社員にとっては

もっと迷惑。


お客さんにとっても、

取引先にとっても、
迷惑この上ない生き方です。

これでは

いかん。


ちゃんと

考えよう。


そのように

反省しました。


決して

捻りすぎないように。


飛躍しすぎないように。

しかし

これが難しい。


バランスを取りすぎると、
面白くなくなってしまうから。


飛躍のかけらもない企画は、
アイデアとは言えません。

一体どうしたらいいのか。


ここで登場したのが、
友人である経営者達・・・


各企業とのコラボなのです。

私が考えたアイデアを、
わかりやすい文章にまとめる。


それが

コンセプトづくりです。


じつはこの時、

捻りと飛躍の

調整が

されているのです。

私が3回捻ったものを2回半に戻す。


飛躍させたステップの間に、
もうひとつ

新たなステップを加える。


こうすることで

バランスが整い、
市場や時流と

マッチするわけです。

捻る仕事と、

捻りを調整する仕事。


ひとりでやれそうだけど、
ひとりではできない。


きっと世の中は、

そういう仕事で
溢れているんでしょうね。

 

 

あっさり梅雨明けしたり、超猛暑だったり、戻り梅雨からの超豪雨だったり・・・

忙しない毎日ですね・・・そう言えば、子供たちは、まだ夏休み前でしたね・・・

なんか調子狂っちゃいますね。コロナの第7波急伸も気になるところですが・・・

今日も一生懸命、ピンピンコロリン目指して、張り切って参りましょう(^^)/

 

さて・・・

 

普通の人は、

白と聞くと
真っ白を思い浮かべます。


他の色が

混じらない純粋な白。


たとえば?

コピー用紙は

真っ白でしょうか。

白いTシャツは

真っ白でしょうか。


白い絵の具は

真っ白でしょうか。


さすがに

白い絵の具は

真っ白だろう。


そう

思いますか。

混じり気のない

純粋な白。


それは

どうやって

つくるんですか。


誰が

真っ白の基準を

決めるのでしょう。


じつは・・・

 

メーカーによって

白色は

微妙に違うのです。


それは

当たり前の話。

 

だって白は

無限なのですから。

もちろん

赤も、

青も、

黄色だって、

無限です。


営業だって、

開発だって、

経理だって、

無限。


美容師だって、

運転手だって、

神主だって、
無限なんですよね。

 

さてさて・・・

会社の中でも

個人技を極める。


企画書作成の

スペシャリストとか。


紹介営業の

スペシャリストとか。


新商品開発の

スペシャリストとか。


人材育成の

スペシャリストとか。

もはや

それが当たり前、
・・・という時代に

なっていくでしょう。


誰がやっても

成果が出せる仕組みは・・・


価格競争に巻き込まれる

仕組みでもあります。


そこで

勝ち残れるのは

ほんの数社だけ。

言われた通りにやってれば

利益が出る。


そういう時代は

もう終わり。


長くいるだけで

給料が上がっていく。


そういう時代も

もう終わり。

価格競争で勝つには、
人件費というコストを抑えるしかない。


誰がやっても

成果が出る仕事に
高い報酬を払う余裕など、
もはや

大企業にすらないのです。

入社すれば安泰。


それは

もはや過去の話です。


どんな

有名企業も、

大企業も・・・

 

全社員の
給料を

上げ続けることなど

不可能なのです。

終身雇用を求めるなら、

給料は横ばい。


会社が

高い報酬を払うのは・・・


スペシャルな

スキルを持った人材のみ。


大企業ほど

その傾向は

強くなっていくでしょう。

だったら、どうするか。


答えは

ひとつしかありません。


スペシャリストを目指すのです。

どんな会社にいようとも、
どんな仕事をしていようとも、
自分だけのスペシャリティーを磨く。


会社から

高い報酬を得るために。


会社を離れても

食べていけるように。

社員を囲い込むために、
自社でしか通用しない

人材育成をする。


右肩上がりの時代は

これでよかった。


でも

これからは

もう無理です。


こんな組織は

生き残っていけないのです。

新卒人材に

1000万円も払う。


30代でも

大企業の部長職になれる。


すべて根本は

同じです。


いかにして

スペシャリストを囲い込むか。


あらゆる企業が

その努力をしているのです。

ゼネラリスト。

 

総合職。


その報酬は

どんどん

下がっていくでしょう。


スペシャリスト。

 

専門職。


その報酬は

どんどん跳ね上がっていくでしょう。

すべての人が

何らかの

スペシャリストである。


これこそが

無駄のない組織なのです。


社長だって

経営のスペシャリストでなくてはならない。


ゼネラリストの時代は

もう終わったのです。

https://www.proud-dnet.co.jp/jobsearch/1

 

 

台風4号の進路は、珍しいタイプですね・・・何年か前にも見たような・・・

九州上陸~嫌がらせをするかのように本州西を横断・・・温帯低気圧化・・・

やはり、2000年を境に様々な事や、事象が大きく変わってきたような・・・

我々。我々以前の人類の責をま逃れることは出来ないと思うのです。

 

さて・・・

 

エアコンを

カメラ屋に買いに行くことは

もはや常識です。


本屋で

自転車が売っていても

驚かない。


現代は

何屋さんであるかが
とても

曖昧な時代なのです。

だったら

「なんでも屋さん」でいいじゃない・・・


と、いう気もします。


だけど・・・

 

何でも屋さんじゃ

ダメなんです。


なんでも屋さんだらけになったら、
お客さんは

どこに

行っていいか分からないから。

昔通りの

●●屋さんじゃダメ。


その形態は

もう古い。


もっと

ぐちゃぐちゃ

してて・・・


それでいて

分かりやすくて・・・


お客さんに

ドンピシャな商品が売ってる店。


それが

新しい形態の

●●屋さんなのです。

 

本社、引っ越しました。


さてさて・・・



朝4時に

ふと目が覚め・・・


「これだ!」と閃いたのです。


それがコラボ。


個の時代の

新しい商流。

いろんな人に

この話をしました。


とくに

会社の経営ボード。


これから拡大する

ヘルプデスク事業において・・・


これこそが

要になるのだ!と。


大いに

熱弁を振るったわけです。

しかし

伝わらない。


何が新しいの?と

聞かれる。


コラボなんて

前からあるじゃない。


個人同士の繋がりなんて

普通だよ。


重要なのは

一人ひとりの自立でしょう。

確かに、そうです。


おっしゃる通りです。


大事なのは

一人ひとりの自立。


でも

それだけでは

時代の扉は

開かない。


本当の意味での

個の時代は

訪れない。

自立すること。

 

これは大事。


しかし、

それは、

ひとりで仕事を

完結することではない。


たとえば

大工の棟梁は

自立してますが・・・


ひとりで

家を建てることは

できません。

そんなの

分かってるよ。と、
またしても

突っ込まれてしまう。


ああ、

もどかしい。


何と、

もどかしいことなのだ。

確かに

これまでにも

ありました。


個人で

仕事を紹介し合うとか。


プロジェクトごとに

専門家が集まるとか。


だけど

違うんですよ。


似てるけど

違う。

 

そこを

分かってほしい。

ひとことで言えば

いちご大福なのです。


これを

生み出そうというのが

その1。


売り方を

考えようというのが

その2。


それぞれが

集客して・・・


それぞれが

売り方を考えるのです。

和菓子である大福と、
くだものである苺。


これが

合体して

いちご大福となる。


これ自体が

新しいのですが、
問題は

その売り方です。

いちご大福は

和菓子屋で売ってる。


だけど

くだもの屋には

売ってない。


これでは

自立したコラボとは

言えません。


和菓子屋で売るには

どうしたらいい?


くだもの屋で売るには

どうしたらいい?


それぞれが

売り方を考えるのです。

つくる人と

売る人とに分かれない。


卸す人と

仕入れる人にも分かれない。


一緒に商品をつくり、

別々に販売する。


これが

私の考えるコラボ。


どうですか?

 

伝わりましたか?

 

(-ω-;)ウーン

 

 

 

いや~溶けますね・・・まさかの梅雨明け、からの~猛暑連発。

今暫くは辛抱ですね。チョット間が開いてしまいましたが、株式会社プラウドは移転しました。

すぐ近くですけど・・・リモート勤務や、社員の退職、手頃な物件の増加、などなど、

移転の条件が整い、引っ越しました。引き続き、宜しくお願いします(^^)/

 

 

さて・・・

 

人間は

多様性を求める動物です。


私は

他の人とは違う。


それが

私のアイデンティティだから。

一方で・・・

 

人間は

同質性が

好きな動物でもあります。


私とあの人は

ここが似てる。


ここも同じ。

 

だから、

仲間だ。


人は

組織に属していないと

生きていけない動物だから。

アリやハチは

集団のために

あっさり死ねます。


団子のように

隙間なく固まって

生きていくこともできます。


でも・・・

 

人間は

集団のためには

死にたくない。


おっさん同士で

くっつきたくもない。

多様性と同質性。


相反する

感情を抱え込んだ

厄介な生き物。


それこそが

人間の正体なのです。

 

さてさて・・・


人の数だけ

役割がある。


それが

理想の社会だと・・・


私は

言い続けています。


でも・・・

 

言うは易し。


行うは難しなのです。

個々人が

好きなことをやって・・・


社会の調和は

保てるのか。


誰も

やりたがらない仕事は

どうするのか・・・


生産性は

下がるに違いない。


一体、

誰が責任を取るのだ。

問題は、山積みです。


でも・・・

 

今の社会だって、
問題は

山積みなんじゃないですか。


重要なのは

問題をなくすことでは

ありません。

どの問題に、

取り組むのか。


それを

ちゃんと考えること。


目を逸らさず・・・

 

先送りせず・・・


人任せにもせず・・・

 

しっかり考える。

人類にとって

最も効率の良い社会。


それが

理想の社会でしょうか。


与えられた役割を

こなしていれば・・・


全体として

きちんと機能する社会。


それが

理想の社会でしょうか。

もちろん・・・

 

YESと答える人も

いるでしょう。


何しろ

これは

正解のない

問いなのです。


一人ひとりが

考えればいい。


私にとって

理想の社会は

何なのかと。

私も

考えました。


理想の社会とは

何なのか。


まず・・・

 

衣食住と医療、

そして

学ぶ機会が、
すべての人に

約束された社会。


これは

多くの人が

望む社会ではないでしょうか。

問題は

その次です。


最低限の生活が

約束された上で・・・


出来るだけ

豊かな社会であること。


ここで

意見が

分かれるのです。

それは

物質的に豊かな社会なのか。


それとも

精神的に豊かな社会なのか。


やった分だけ

リターンがある社会なのか。


それとも

格差のない社会なのか。

格差是正に

重きを置く人は

多いです。


でも・・・

 

私は

そうでは

ありません。


そもそも・・・

人は

同じではないから。


みんなが

同じ生活をしても・・・


みんなが

幸せだとは

思えないから。

私が考えた

豊かな社会。


それが

「人の数だけ役割がある社会」です。


生きていくのに困らないなら、
あとは

それぞれ

好きなことをやればいい。

だったら

何もやりたくない。


そう

考える人も

いるでしょう。


でも

それで

いいんです。

 

なぜなら・・・


それは

「何もやらない」

。。。という役割だから。

 

 

 

 

なんとなく、なし崩し的に梅雨入りしてしまいましたね・・・日差しがキツイのも困りものですが、

毎日毎日ぐずついた空を見上げていると、精神衛生上、宜しくないよなあって思う、今日この頃です。

日々決算の表を見ていたら、今年の6月は平日22日もあるんですね。天気はともかく、ラッキー!(^^)!

実績に、少し下駄履くような感じで、チョット嬉しくなってしまいます。夏はスグそこ、張り切って参りましょう。

 

さて・・・

 

大きな河の周りに

大きな集落ができ・・・


それが

近代文明へと

繋がっていった。


これは

紛れもない

事実です。

大きな河の

近くにいれば

水に困ることはない。


魚も

たくさん獲れるし

農耕だってできる。


では・・・

 

現代社会においても

大きな河のほとりは

魅力的なのか。


私は

そうは

思いません。

近代文明によって、
どこにいたって

物資は調達できます。


電気も

ガスも手に入る。

だったら・・・

 

濁った下流の水辺より
美味しい湧き水が出る上流がいい。


綺麗な空、

綺麗な空気、

そして

綺麗な水。


小さな家族が暮らすのに、
こんな

いい場所は

ないと思うんですけど。


 

さてさて・・・


ひとりで

食べていくのは

難しい。


そう

思っている人が

多いです。


でも

私の実感は

この真逆です。


ひとりで

食べていくことは

できる。


だけど、

大所帯は難しい。

もちろん

大所帯にも

長所はあります。


組織化することで

役割分担できる。


苦手を

補い合えるし

効率もよくなる。


大きな資金を使って

ブランド力や
集客力を

アップすることができる。

でも

この状況は

変わりつつあります。


個人が

ネットで

繋がれるようになった。


組織化しなくても

役割分担ができる。


マニュアル化することで

強みが消える。


大きさが

ブランドに結びつかない。

私の仕事は

新商品の開発と、
新規事業の立ち上げが

メインです。


そして、

それに伴う集客。


そのための

ブランドづくり。


ここで

大きな変化が

起きているのです。

どんなに

斬新なアイデアも・・・


どんなに

魅力的なコンセプトも・・・


どんなに面白い商品も・・・

 

事業も・・・


あっという間に

真似されてしまう。


それが

現代社会の

特徴なのです。

新たな商品を

考える。


素敵な

コンセプトを練る。


魅力的な

サイトを構築する。


お客さんが

集まってくる。


ここまでは

いいのです。

どうやら

業績がいいらしい。


あの商品を

パクろう。


あのコンセプトを

真似しよう。


似たような

サイトをつくれ。


価格で対抗しろ・・・

あっという間に

真似される。


価格競争に

巻き込まれる。


その繰り返し、繰り返し・・・

 

繰り返し。


これでは

キリがありません。


その

最大の要因が

大所帯にあるのです。

個人のお店なら

違いを出すのは

簡単です。


この人が

つくる料理。

 

この人が

接客する店。


これは

真似しようのない要素です。


しかし

チェーン店では

そうは

いかない。

組織の共通項で

違いをつくる必要があります。


私たちは

ここに

こだわります。


こんな材料を使い、

こんなふうに調理します。


どこまでいっても

真似ができてしまうのです。

こだわりという

ブランドにおいて・・・


大きな組織は

個人に

勝つことができない。


それが

現代社会の特徴なのです。


百人で

食べていくビジネスは

難しい。


だけど・・・

 

ひとりが

食べていける仕事は・・・


無数に

創り出すことができるのです。

 

 

 

暑いですね・・・春、初夏、青葉繁れる季節は無くなってしまったのでしょうか?

コロナの罹患者も、とらえどころのない推移となり、ますます先行き不透明な・・・

今年の夏は海に行きたいなあ・・・BBQしたいなあ・・・サーフィンにもトライかな・・・

バイクもいいなあ・・・高原・・・温泉・・・のんびりしたいなあ・・・また、妄想です(^^♪

 

さて・・・

 

いっぽんでも、ニンジン。


ひとりでも、社長。


社員がいなくても、社長。


会社をつくれば、社長。

ひとりの社長になってみよう。


社員がいない、社長。

 

社員に偉そうにできない、社長。


朝礼をやってもひとり。

 

誰にも仕事を頼めない。


だけど、いいこともある社長。

社員に

気を使わなくてもいい。


社員に

辞められる心配もない。


会社でマンガだって読めちゃう、社長。


自由で気ままな、社長。

ひとりじゃ寂しいから、仲間を探す。


ひとり社長同士で、コラボする。


もう、

ひとりじゃない社長。


そんな

社長もいいじゃない。

 

さてさて・・・

社長こそ

副業すべきである。


そう私が主張する理由は

3つあります。

まず

選択の幅が広がること。


自分には

この会社しかない。


ここに

命をかけるのだ。


私も

かつては

そう思っていました。

だから

判断を間違える。


時間も

お金も

突っ込み過ぎてしまう。


社長と会社は

まさに一蓮托生。


でも

これは

リスクが高過ぎます。

ちょっと

想像してみてください。


たとえば

自分は

3つの会社を経営している。


そしたら

バランスを考えますよね。


どの会社を

伸ばすべきか。


どの会社は

縮小するべきか。

廃業や

M&Aも

視野に入ってきます。


副業は

まさに

このような、
選択の幅を

もたらしてくれるのです。


「やるしかない」ではなく、
「やるかやめるか」を選択できる。

次に

社長は

潰しが効かないという事実。


私は

社長を23年務めて、

これを

痛感しました。


組織がないと

生きていけない。


でも

雇われるのには

向いてない。


これが

どれほど大変なことか。

いつでも

ひとりで食べていける。


会社の外にも

求められる場がある。


いくつもの

収入源がある。


副業は

精神的な安心と、
経済的な安定を

もたらしてくれます。

そして

社長は

副業に向いているという事実。


ゼロから

副業を立ち上げるのは

大変です。


だけど

社長には

たくさんの武器があります。

私は

今になって

思います。


もっと早く

会社がうまくいってる時に、
真剣に副業を

やっておくべきだったと。


肩書もあり、

ネットワークもあり、

使えるお金もある。


副業を始める時、

このアドバンテージは

とても大きい。

会社がなくなって、
いちばん困るのは

社長です。


だからこそ

先手を

打っておくべきなのです。


生きているうちに

会社はなくなる。


その後も

自分は

稼がなくちゃいけない。


この事実を

受け止めるべきです。

絶対に潰れない会社。


そんなものは

ありません。


潰さないために

みんな

努力しているのです。


だけど

その努力が

仇となる時もあります。

いつでも

辞められる状態をつくり、
その上で

潰さないようにする。


これが

正しい順序です。


潰すことが

できなくなってからでは、
もう

手遅れなのです。

 

暴論、御免・・・(^^)/

 

 

GWは比較的暖かく、イイお天気が続きました。(一部雷雨がありましたが・・・)

今年は末っ子のサッカー練習・試合と私のO60試合で大忙しでした(^^♪

明けて今週はスッキリしない1週間となりそうですが、良い時もあれば、良くない時もあります。

それが、人生です。さあ、コロナも踏み越えて頑張りましょう(^^)/

 

さて・・・

 

もしも・・・

 

私の趣味を

AIが決めたなら。


もしも・・・

 

私の彼女を

AIが決めたなら。


もちろん

「そんなことは決めて欲しくないよ」と思います。

正しい答えを知ることではなく、
答えを探して迷い続けることが

人生の本質だから。


でも

ちょっと

調べてみたい。

もしも

究極のAIが世界中の、
そして

歴史上のすべての情報を集めて、
私の趣味を探してくれたら。


私の彼女と

出会わせてくれたら。


それは

一体どういうものなのか。

それは

究極の自己否定。


究極の人生否定。


果たして・・・

 

私は

そこで出会う趣味や彼女を
拒むことができるのでしょうか。

http://www.be-proud.jp/

 

さてさて・・・

全国の検索ファンに
謝らなければなりません。


検索はするな!


などと息子や娘、

少年団の子供たちに言い切ったことを・・・


すぐに

答えをググって

どうする。


自分の頭で考えろ。


私は

そう言いたかったのですが、
もはや

時代遅れなのかもしれません。

なぜなら先日、

気がついたのです。


自分が

ググっていることに。


それは

耳かきを

探していた時のことです。


20年前に手に入れた、

とっておきの耳かきが・・・


ついに

壊れてしまったのです。

私は

耳かきには

うるさいのです。


そんじょそこらの耳かきでは

我慢できない。


私が

長年愛用していたのは、
有名な耳かき職人が作った代物です。


もう

その方は

亡くなっているのです。

なんとかして、
私の理想の耳かきと

出逢いたい。


そこで

私がとった行動。


それが

検索だったのです。

Googleさま。


すみませんでした。


検索はするな!などと、
傲慢なことを言って。


私が

間違っていました。

自分の頭で考える。


何でもかんでも

外に答えを求めない。


これは

とても

大事なことです。


しかし

私は

検索を軽んじすぎていました。


リスティングやSEOという言葉に、
私は

嫌気が差していたのです。

広告は

いずれ効かなくなる。


SEOは

所詮Googleロボットを
ちょろまかす行為だ。


検索で

たどり着くのは

所詮、
安さや便利さを求める顧客だけ。


そう

思い込んでいました。

しかし違う。


私は

私の検索によって、
その事実に

気がついたわけです。


どんなに高くてもいい。


人生のパートナーと言える耳かきが欲しい。


その衝動によって

私は

ググっていたのです。

究極の耳かき。

 

高価。

 

高級。


耳かき職人。

 

手づくり。


どんどん

キーワードを入力し・・・


ついに

私は

到達したのです。


究極の耳かきに。

検索した人が

安いものを求めているとは

限らない。


究極の品や

こだわりの品にこそ

検索が必要なのです。


私は

これから

検索を極めていこうと思います。


私の顧客と出会う、

私だけの検索ワードを手に入れるために。