マラドーナ!神に選ばれし鬼っ子・・・ ゴッドハンド、5人抜き。



これまでのサッカーシーンで、最も有名であろうこの2つのシーンは、

いずれも小さなアルゼンチン人によって成された伝説のゴールである。


1960年、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで生まれたマラドーナは、

わずか17年後にはアルゼンチン代表としてピッチに立っていた。

だが、迎えた82年ワールドカップでは退場処分を受けるなどマラドーナは屈辱だけを味わった。


そしてその4年後、機は熟す。


1986年6月22日、対イングランド戦。

ゴール前でゴールキーパーと交錯したその瞬間、

マラドーナはボールを手でイングランドゴールに押し込んだ。

1つ目の伝説の完成だ。


そのわずか4分後、センターライン手前にいたマラドーナは、ボールを奪うと相手ゴールに猛然とダッシュ。

わずか数秒間の出来事だが、絶対に忘れることのできない数秒間を世界中は目にする。

1人2人とイングランド人が置き去りにされていく。

そして5人目・・・ピーター・シルトンがマラドーナにかわされた瞬間、伝説は完成した。


マラドーナのプレイ。


その全てが、ファンタジー。


サッカーを観るという事をこれほど楽しいと感じさせてくれるプレーヤーが

これから何人誕生するというのだろうか・・・


現役引退後は天につばするかのようだが、

神様に選ばれし鬼っ子は、確実にサッカーの伝説だ。




日本 では、一生のうちにうつ病 となる人は
約15人に1人の割合といわれています。
うつ病 は特別な人がかかるものではなく、
誰でもかかる可能性がある病気だそうです。

うつ病 は心身のエネルギー を低下させ、
いろいろな病気の原因になったり、
病気を悪化させたり、
最悪の場合には自殺 の恐れもでてくるもので、
早期発見 ・早期治療が大事です。

厚生労働省が発表した
うつ病 を疑うサイン 」というのをご存知でしょうか?

以下のように、
自分で気づく変化だけでなく、
周囲からでもわかる、うつ病 を疑うサイン を明示しています。

自分が気づく変化
 1.悲しい、憂うつ な気分、沈んだ気分
 2.何事にも興味がわかず、楽しくない
 3.疲れやすく、元気がない(だるい)
 4.気力、意欲、集中力 の低下を自覚する
  (おっくう、何もする気がしない)
 5.寝つきが悪くて、朝早く目がさめる
 6.食欲がなくなる
 7.人に会いたくなくなる
 8.夕方より朝方の方が気分、体調が悪い
 9.心配事が頭から離れず、考えが堂々めぐりする
10.失敗 や悲しみ、失望から立ち直れない
11.自分を責め、自分は価値がないと感じる など

周囲が気づく変化
 1.以前と比べて表情が暗く、元気がない
 2.体調不良 の訴え(身体の痛み倦怠感 )が多くなる
 3.仕事 や家事の能率が低下、ミスが増える
 4.周囲との交流を避けるようになる
 5.遅刻、早退、欠勤(欠席)が増加する
 6.趣味スポーツ 、外出をしなくなる
 7.飲酒量が増える など

うつ病 対策は、患者本人だけでなく、
企業 にとっても重要な問題です。
企業 のリスクマネージメントとしての
必要性を増しているだけでなく、
うつ病 による生産性の低下も問題となっています。

職場の上司や企業経営者
うつ病 に対する理解を深め、
企業 経営としてメンタルへルス対策を充実させることが、
今後ますます重要になってくるようです。

■2003年11月8日 京都戦後の会見にて

試合というものは、
勝ちたいという意識が強いチームが勝つものだ。





■2003年9月27日 清水戦後の監督 会見にて
「交代策がうまくいったと思うが。」の問いに

うまくいくときもダメなときがあるもんだよ。
采配が全部当たるなら、
カジノに行くし競馬にもチャレンジしているよ


■8月28日発売 sabra(015)の取材に応えて

サッカー は走らなくては成立しないスポーツ なんだ。
監督 には監督 の視点があり、
選手 にも選手 なりの視点がある。
だけど両者の考えがあまり開いてはダメなので、
自分がやろうとしていることと、
選手 たちができることをしっかりと分析してすり合わせる。
そのなかで選手 たちに自由を与え、
自分たち自身で試合をクリエートできるようにしてやる。
その過程で、
選手 たちを信じることが監督 として一番大事なことだ。



■2003年8月13日発行 東京 新聞
「改革 市原躍進の背景(上)」より

3位は成功だ。
だが市原の選手 はまだ中位のチームの精神しか持っていない。
(中略)走るだけなら陸上選手 に任せる。
重要なのは考えることだ。


ビジネスサッカー ・人生・・・みんな同じ・・・



強さを 追いもとめても

それで ほんとの成功が

手に入る わけじゃない

普段、当たり前にあるものは、

不自由しないと、ありがたみが薄いものです。

空気。

水。

健康

睡眠。

食べ物。

愛情。

友達

自由。

言葉。

光。

子供

親。

・・・

今日も「充分に」生きている・・・


・・・感謝



ウルトラマンが多すぎても、ありがたみが薄くなってしまうかな?・・・

私が、唯一流行についていっているシンガーとして
Mr.childrenがいるが、ある曲を聞いて、
「シフクノトキ」というアルバムを買ってしまった。

その名も「タガタメ(誰がため)」。




この詩は、少年犯罪に対する桜井氏の想いが込められており、
とても、深い感じがする。
当初、ラジオでしか流れないみたいで、
発売予定はなかったらしい。

この詩から、世の中の事象の全ては
偶然から始まるという旨のことが書かれている。
少年犯罪も、偶然が悪い方向に重なって発生している。
そして、「偶然から幸せもうもう。」
そんな想いが伝わってくる一曲。

僕ら一人一人の行動が微妙にこの地球という
ネットワーク を支配している。
それは、誰かによって保たれた秩序ではない。
僕ら一人一人の強い想いが、この地球をいい方向に支配し、
誰もが加害者にも被害者にもならないそんな世界が築けるはず。
そんな思いに私も同調したい。

偶然にも、Mr.childrenの「タガタメ」の音を聞いて鳥肌 ・・・
実際に、詩を聞いてみて心に残ったフレーズは、
「左の人、右の人、ふとした場所できっと繋がっているから、
 片一方を裁けないよな、僕らは連鎖する生き物だよ」
というフレーズ。
これは、最近の少年犯罪を描いたフレーズ。

例の少年犯罪が起きたときTBSは他局とは一風異なって、
この少年を擁護するかのようなコメントが紹介されていた。
その中に、「この少年を責める事は出来ない。
 なぜなら、きっと紙一重で誰もが犯す可能性のある
 犯罪なんだ。」
という言葉があって、とても印象に残っている。

そう、犯罪を犯していない僕らも
きっとなんかの偶然が悪さしていたら
罪を犯していたかもしれない。
そう思えば、安易に少年達は責めることが出来ない。
僕も周りに理解してくれる人がいない時に、
私も寂しい気持ちになることがあったし、
やりきれない気持ちになったこともある。
でも、しばらくすると理解してくれる人間が現れて、
なんとか罪を犯していない、ただそれだけかもしれない。

いい偶然を生み出すためには、
一人一人がこういう意識をもつことが大切なんだと思う。
そういうメッセージを伝えたくて、
桜井和寿さんはこの詩をラジオで流しているんだと思う。
「ただ、幸せな世界を作りたい」という一心で、
本当にラジオで流れるだけとしたら、それはとてもカッコいい。
これを読んでる皆さんも
是非この曲を味わってもらいたいなと思う。

「タガタメ」とは、漢字で書くと「誰がため」と書く。
私が、この詩に出会えたのも偶然で、
出会わなければ、こんなに深くこんなこと
考えもしていなかっただろう。

この詩で、(世の中の犯罪における)
「被害者」「加害者」を並列に扱っているという点は
注目に値すると思う。
ここでは、被害者になるも加害者になるもどちらも、
「偶然の積み重ね」によって生まれるということなのだろう。

怒りや悲しみや憎しみ、
そして喜びや幸せなんかも、所詮は偶然の重なり。
偶然に「憎しみ」を抱く回数が多い人は、
「加害者」になる可能性も高いだろう。
この確率を減らすには、「喜び」を多く感じている人が、
「誰がために」
その喜びを分かち合うことで実現されるのではなかろうか。
また、「幸せ」を分かち合うことも同様である。
そうすれば、きっと「怒り・憎しみ」の感情が多い人にも、
その少しの幸せが行き、「素敵な偶然」が生まれるのだろう。

「タガタメに」の精神を忘れないように、
この曲は私の心の中にはいつまでも流すことにしよう。


ディカプリオの出世作なら
さっき僕が録画しておいたから
もう少し話をしよう
眠ってしまうにはまだ早いだろう

この星を見てるのは
君と僕と あと何人いるかな?
ある人は泣いているだろう
ある人はキスでもしてるんだろう

子供 らを被害者に 加害者にもせずに
この街で暮らすため まず何をすべきだろう?
でももしも被害者に 加害者になったとき
出来ることと言えば
涙を流し 瞼を腫らし
祈るほかにないのか?

タダダキアッテ(ただ抱き合って)
カタタタキダキアッテ(肩叩き抱き合って)
テヲトッテダキアッテ(手を取って抱き合って)

左の人 右の人
ふとした場所できっと繋がってるから
片一方を裁けないよな
僕らは連鎖する生き物だよ

この世界に潜む 怒りや悲しみに
あと何度出会うだろう それを許せるかな?
明日 もし晴れたら広い公園 へ行こう
そしてブラブラ歩こう
手をつないで 犬も連れて
何も考えないで行こう

タタカッテ タタカッテ(戦って 戦って)
タガタメ タタカッテ(誰がため 戦って)
タタカッテ ダレ カッタ(戦って 誰 勝った?)
タガタメダ タガタメダ(誰がためだ? 誰がためだ?)
タガタメ タタカッタ(誰がため戦った?)

子供 らを被害者に 加害者にもせずに
この街で暮らすため まず何をすべきだろう?
でももしも被害者に 加害者になったとき
かろうじて出来ることは
相変わらず 性懲りもなく
愛すること以外にない

タダダキアッテ(ただ抱き合って)
カタタタキダキアッテ(肩叩き抱き合って)
テヲトッテダキアッテ(手を取って抱き合って)
タダタダタダ(ただただただ)
タダタダタダ(ただただただ)
タダタダキアッテイコウ(ただた抱き合って行こう)

タタカッテ タタカッテ(戦って 戦って)
タガタメ タタカッテ(誰がため 戦って)
タタカッテ ダレ カッタ(戦って 誰 勝った?)
タガタメダ タガタメダ(誰がためだ? 誰がためだ?)
タガタメ タタカッタ(誰がため戦った?)

ロベルト・バッジョのような選手 は、
これまでのサッカー 史を紐解いても
ただ1人として存在しなかった。
これからも彼のような選手 は現れないだろう。
ドラマ チックなキャリア、
ピッチ上での類稀なインスピレーション、
神秘に包まれた人間性。
その全てが印象的だった。




 ロベルト・バッジョは1967年2月18日、
イタリア のカルドーニョに住むバッジョ家の6人目の子として
生を受ける。
3人の姉、2人の兄、そして後に弟と妹が生まれ
8人兄弟という大家族 の中で育った。
家は決して裕福ではなく、
食べてゆくだけで精一杯の生活だったが、
家族 は大変仲がよく幸せな少年時代だったという。
12才でラネロシ・ビチェンツァへ加入し、1982年にデビュー
出場機会は徐々に増えてゆき、
ビチェンツァでの最後のシーズン、
1984/85シーズンは29試合に出場し12得点を記録。
チームのセリエB昇格に大いに貢献した。

 イタリアサッカー における情報 伝達網は
今も昔も大変優秀で、
ロベルト・バッジョの名も瞬く間にイタリア 全土へと広がり、
フィオレンティーナがバッジョ獲得に至る。
だが突然の悲劇が彼を襲う。
移籍後僅か2日目に右膝十字靭帯を断裂する大怪我
この怪我 により1シーズンを棒に振り、
さらにもう1シーズン様子を見ながらのプレーが続く。
2年越しでようやく怪我 の癒えたバッジョは
1988年11月のオランダ戦で
待望のアズーリのユニフォームに袖を通した。

 1989/90シーズンには32試合に出場し、
17得点を挙げる活躍を見せたバッジョは、
既にアズーリのエースを務め上げるまでに成長を遂げていた。
地元開催となった1990年ワールドカップでは
惜しくも優勝は逃すものの3位決定戦で得点を挙げるなど
評価に違わぬ活躍。
同年、イタリア 最高選手 を獲得せんとユベントスが動いた。
多額の移籍金を積まれたフィオレンティーナは
彼を放出せざるを得なくなり、
やむなくバッジョのパスをユベントスへと譲渡したが、
これに納得のいかないサポーター 達は大いにチームを批判、
暴動が起きるまでの騒ぎとなった。
ビオラに愛され自らもビオラを愛していたバッジョは
複雑な心境の中で1990/91シーズンを迎えたが
選手 として更なる高みへと上り詰めてゆく。
移籍1シーズン目にして完全にチームの中心に据えられると
目覚しい活躍を見せ、
1992/93シーズンにはチームにUEFAカップ優勝をもたらした。

 迎えた1994年ワールドカップ。
ロベルト・バッジョ擁するイタリア は優勝候補の一角に挙げられ、
グループ リーグで苦戦は強いられるものの、
その前評判通り決勝戦にまで進出する。
決勝では炎天下の中、ブラジル代表との緊迫した試合が続き、
ついにはスコアレスでPK戦に突入。
既に両チームとも疲弊しきっており、
特にフランコ・バレージとロベルト・バッジョの消耗は
誰の目にも明らかだった。
イタリア 2人成功、
ブラジル3人成功で迎えたイタリア 5人目のキッカー、
ロベルト・バッジョ。
蹴った瞬間に失敗 とわかるPKでワールドカップは幕を閉じる。
腰に手を当てうつ むくバッジョ。
セレソンの面々がワールドカップを掲げ
ブラジル国旗を身にまとい喜びを爆発させる。
その一方でピッチにうずくまり絶望にくれるチームメートたちを
抱きかかえ慰めるバッジョの姿があった。
その姿は王者のように誇らしかった。

 1994年ワールドカップ後、
絶対だったバッジョの存在が揺らぎ始める。
所属するユベントスではアレッサンドロ・デル・ピエロという
若い才能の台頭がありミランへと放出される。
ミランでは戦術的な問題、監督 との確執があり
出場機会に恵まれず。
ボローニャで復活し1998年ワールドカップにも出場したが
満足のいく結果は得られず。
続いて移籍したインテルでも監督 との確執、相次ぐ怪我
バッジョのキャリアは終わったかに思われた。
しかし理解者との出会いが彼を蘇らせる。
当時ブレシアの指揮を執っていたカルロ・マッツォーネである。
マッツォーネはバッジョを戦術に縛り付けるようなことはせず、
できるだけ彼を自由にプレーさせた。
解き放たれたファンタジスタは全盛期のキレを取り戻し、
ボールを意のままに操った。
少し顔のしわが増え、体力 が落ちたことを除けば、
キャリアの終末のバッジョは昔となにも変わらなかった。
相変わらず神々しく、独特の雰囲気を醸し、
放たれるボールは美しい弧を描いた。

 2004年5月16日、ミラノ市サンシーロ。
ついにお別れの時がやってくる。
彼が4シーズンを過ごし、
不遇の時を送ったスタジアムが現役最後の舞台となった。
左腕に巻かれたキャプテンマークの「必勝」の文字。
フランセリーノ・マツザレムへの見事なアシスト。
2-4での敗戦。鳴り止まない歓声。惜別の拍手。
微笑を浮かべる表情とは逆に愁いに満ちたバッジョの瞳。

その全てが印象的だった。

トラックが渋滞に突っ込む事故を起こすと、

すぐに想起されるのが過労による「居眠り」である。



しかし図のケースにおいては、それは考えにくい。


なぜなら現場はどちらも〈本線料金所〉から5分と走らない地点にあり、

しかもこの辺りはカーブも多い。

その状況で居眠りをする可能性は極めて低いからである。

事故の原因は状況のなかに隠されているにちがいない。  

下り坂のすぐあとに上り坂があるケース、いわば「谷間越え」の区間である。

しかも上り坂は右にカーブを描いている。

この上り坂の途中に渋滞の最後尾があって、トラックはそこへ突っ込んでいる。

渋滞を発見するのが遅れた理由は簡単だ。

追い越し車線を走るトラックの運転席からは、

背の高い中央分離帯に視界を遮られて、右前方の見通しがきかなかったからである。

スピードが出ていたから気付いたときには既に遅かった。


つまるところ「スピード」が原因である。 


 トラックのドライバーなら誰でも、下り坂で十分にスピードを出して、

その勢いで一気に上りをクリアしようとする。

しかもこの箇所においては、手前数キロにわたって両側に山が迫っており、

この下り坂に差し掛かったところで急に視界が開ける。

そうなると心理的にさらにスピードを出しやすくなる上に、ドライバーの目は路面を離れて遠くをみてしまう。

このとき上り坂の手前の走行車線には、渋滞の車列の最後尾がすでに見えているのだが、

どちらのケースでも片側通行による渋滞であったので、

車間が伸びる縮まるを繰り返す「ぜん動運動」のような動きであったと考えられる。

路面から注意力が削がれたドライバーはそれを見て

「少し混んできた」という程度に認識してしまったのではないだろうか。

そこで車線を右に変えて一気に加速してしまった・・・ 風邪は万病の元。


スピードは大事故の元。


■2004年2月1日 イヤーブック特別インタビューにて

選手 のメンタリティを変えるには、

監督 だけでなく周囲の人々による力も必要なのです。



■2004年2月1日 イヤーブック特別インタビューにて


日本選手 達は、

もっと自分の仕事 に責任を持たなければならない。



■2004年2月1日 イヤーブック特別インタビューにて


若い選手 に言いたいのは、

サッカー 人生は短いということです。



■2004年2月1日 イヤーブック特別インタビューにて


去年の結果は、去年の結果です。

今年はまた、今年の結果が出るでしょう。



■2004年1月1日発行 UNITED No.107 
「今だから話そう、ジェフの2003年を」より


本当のファンというのは、
いいときばかりではなく、負けたりしても足を運んでくれて、
応援をしてくれる人を指す。
そういう意味では、ファンも
チームが何をできるかしっかり見極めてほしいい。
決して負けたり引き分けたりしたいわけではないのだ。
なぜ、そのような結果になったのか、現実を見つめてほしい。



池袋を舞台にして、不良 少年少女が活躍する爽快な四つの物語。


帯には「青春ミステリー」と銘うたれているが、
基本的にはハードボイルド小説 そのものではないか、
と私は思った。
ヤクザの組長や風俗嬢の依頼を受け、
警察にはできない仕事 を自己流にこなしていく
マコトと仲間たちの物語はアンドリュー・ヴァクスや
ローレンス・ブロック の描く
無免許探偵のシリーズを連想させる。
ウエストゲートパークという言い方も
ニューヨーク のセントラル・パークを意識しているんだろうな。

正直言って、
人物描写もミステリーとしての筋立ても
それほど突出したものではないと思う。
それでもストレス なく面白く読ませるのは
会話や地の文のテンポが良いからなのだろう。
「・・・みたい。」とここで切ってしまう比喩表現は
余りにも安っぽい感じで違和感を覚えたが、
高校を出たばかりの不良 が書いているとの設定だから、
これはこれでいいのかも知れない。
私事になってしまうが、
池袋は学生時代によく行っていた場所なので
(別にチーマーをやってた訳ではありません)、
街の雰囲気を頭の片隅でプレイバックしつつ
楽しく読むことができた。

少しでも土地鑑があると、
特にハードボイルド系は興味が倍増しますね~

あわせて、石田衣良は文章がうまいですね。
他の作品も読んでいますが、
総じて作品に合わせた文体を使用し、
表現もイメージ にリアリティを持たせるような
比喩が多いと思います。

連作なので、この後も楽しみです。