盛岡駅弁? あぶり〆鯖の田楽寿司

北の駅弁シリーズとしか書いておらず、
どこのものかハッキリとはわかりませんが、
どうやら盛岡のようです。

こんがりと焼けた鯖に食欲をそそられ、
かじってビックリ、しめ鯖を焼いたものでした。

一度〆た魚を焼くとは想像がつきませんでしたが、
こころなしかさっぱりと食べられるような気がします。

とても脂ののっている鯖が使われているので、
冷えて身がパサついているようなこともなく、
とってもジューシー。

その下にしかれているご飯は、
人参や干し椎茸の入った混ぜ寿司です。

単調な味で終わりそうなところですが、
付け合せのわさび漬けを含むと、
ピリッとした辛味が口の中を引き締めてくれて、
またどんどん食べることが出来ます。

この組み合わせには感心しました。


ぼくと いっしょに 年をとってくれ




ふたり いっしょなら

どんな運命でも 乗り越えられる

ふたりの愛は ホンモノだから

■2005年2月28日
 J'sGoal2005プレシーズン練習レポート より

ジェフというチームを応援することは、
たとえば
他のビッグクラブ を応援するのとはわけが違って、
すごくたいへんなことだと思います。
それをしている人たちですから、
ものすごく質が高い人たちだと思います。
ただ選手 は、
そのサポーター たちが試合をするのではないということを
理解するべきです。





■2005年2月27日
 2005ジェフユナイテッドオフィシャルイヤーブックより

とにかく、
ここ(ジェフ)には一緒にやってきた人たちとの
いろんな交流があり、積み上げてきたものがあります。
だからこそ、私はここで監督 を続けることを決めたのです。


■2005年2月27日
 2005ジェフユナイテッドオフィシャルイヤーブックより

コーチ が変わっても、やることは変わりません。
ジェフはジェフです。
監督選手コーチ が変わっても、
「ジェフ」というチームは続いていきます。
誰がいなくなっても、ジェフは続きます。
たとえスポンサーが撤退しても、サポーター が残っています。

みんなで話し合ってジェフは続いていくでしょう。


■2005年2月27日
 2005ジェフユナイテッドオフィシャルイヤーブックより

サッカー
ひとりの人間がすべてを知っていることはあり得ません。
他人の意見も尊重するべきです。
その意見が良くても悪くても、尊重するべきです。
他人の意見を聞けないような人間は、必要ありません。

人間は他人を尊重できるという面で、
ロバよりは優れているでしょう。


■2005年2月22日 サッカー マガジン 3/8号No.1015より

阿部のように
サッカー 選手 としての質を持っている人間は、
自分が成功する、
そしてチームを成功させるというビジョン
野心を持たなくてはいけない。
自分も動きながら、
チームのために犠牲になるプレーをしなければいけない。
(中略)
偶然、彼がキャプテンなわけではありません。

阿部には、
自ら身をもって周囲に示すべきことがあるのです。


■2005年2月22日 サッカー マガジン 3/8号No.1015より

昨年のレギュラー5人が抜けてしまって、
それをどう埋めるかを考えているところです。
(中略)
村井がいなくてもジェフは続くわけで、
村井がいないからといって
ジェフが変わるわけではありません。

私にとっては終わった話で、
村井の話をする必要はありません。

私にとって重要なのは、
いまここにいる選手 たちの話をすることなのです。


■2005年2月20日 ちばぎんカップ終了後 監督 会見にて

試合というのは、
強い気持ちを持ったほうが勝つ。

ジェフも気持ちは強かったが、
一つのプレーで入れられてしまった。

このまま3日間試合を続けても、
あるいは1週間続けても、
レイソルのゴールネット
揺るがすことはできなかっただろう。


■2005年2月6日発行 『UNITED』120号より

もちろん、
こういうシチュエーションで監督 を引き受けるのは
リスクがあります。
でも、私は失うものがない。

私は自分がやれることをやりに日本 に来ているのです。

お金 にも興味はありませんし、
うまくいかなかったら帰るだけ。

この2年間、そう思って戦ってきました。


■2005年2月1日 朝日新聞 朝刊「オシムの提言」より

サッカー は戦争ではない。

政治がスポーツ に悪影響を及ぼさないことを、
強く願う。


■2005年2月1日 朝日新聞 朝刊「オシムの提言」より

私にとってサッカー は人生だ。
サッカー は終わりがなく、新しい道を突き進む。
だから「サッカー とはこういうもの」と
発展を妨げる「壁」は作らない。
心がけているのは、その点だ。



名将かく語りき・・・

イビチャ・オシムは、旧ユーゴの代表監督 を務めていました。
その代表には、
ストイコビッチやボバン、他
クロアチアも含むタレントが揃っていました。

もちろん、優勝候補の一角でした。

ところが、ユーゴ内戦の影響で出場停止。
開催地で合宿中のチームは失意の帰国となりました。
代替出場のデンマークは優勝。

オシムにとって、スポーツ に対する、
政治の干渉は許しえないものなのでしょう。

仕事 がつまらない」。
そんな人たちが多い一方で
仕事 が楽しくてしょうがない」
という人たちもいます。

しかもそういう人に限って
すごい実績を残している。
その人たちはどうやって
自分に合う仕事
見つけたのでしょうか。
総勢50人の
「夢をかなえる仕事 術」です。





出版社からのコメント

仕事 はしたい、でも会社や組織に縛られるのはイヤ。
一生食べていけるような技術を身に付けたい、
手に職つけたい、という若者が増えているという。
中高年のサラリーマン でも、会社を辞めて、
第2の人生は自分の好きなことをして食べていきたい、
という人が多くなっている。
そうした思いを実践 し、
生き生きと働いている著名人たちを紹介したのが本書です。
彼らはどんなふうにそれを可能にしたのか。
失敗 、成功、挫折、恥かき体験、そして信念
そこに繰り広げられるのは、
あなたや私と変わらない苦労であり、
悔しさであり、喜びでした。
でも、
ほんの偶然の出会いやきっかけが、彼らを後押ししていく。
それは、彼らにだけ特別起こったものではなく、
きっと誰にでも起こるものなのだと思います。
きっかけを探している人には誰にでも、、、。
本書は、登場50人からあなたへの応援歌です。

みんながあなたに、
「めげずに、好きなことやれよ」と呼びかけているのです。


「毎日がつまらなく無気力に過ごしている」
「先行きが不安でやる気 が起きない」
「会社に行きたくなくて遅刻ばかりしている」…。
若いビジネス パーソンからは、
さまざまな悩み の声が聞こえます。

しかしその一方で、
仕事徹夜 しても全然平気」
「休みなんかいらない」
仕事 というより遊んでいる感じ」
お金 のために働いてるわけじゃない」…
といった
仕事 が面白くってしょうがない」人たちもいるんですよ。
両者の違いはどこにあるのでしょうか? 
その疑問を解消するために、B-ing編集部では「プロ論。」という連載を始めました。
それから5年、
計250人以上の一流といわれるプロに会って話を聞くうちに、
仕事 を面白くする法則」に気づき ました。

それは…。

本書を読んでいただければきっと分かると思います。

メゾンカイザーのパン

どのパンもしっかりとしていて、
あまり他で味わえないような風味。

それがこの店、
メゾンカイザーの最初の印象でした。




フランス 国立製パン研究教授
エリック・カイザー氏が発明した
発酵の機械から生み出された酵母と
美しいパン達。

それはアレンジ されることなく
フランス から上陸したのでした。


バゲットモンジュ

この店では、
食事 パンだけでもたくさんの種類があり、
料理 とあわせてセレクトする楽しみがあります。

パンの名前の横に「白ワイン に合う」とか
「シチューに合う」等と添え書きされているので、
なるほどと見入ってしまったり、
店員さんが丁寧にパンの説明をされているのを聞いてみたり。

それはとても美味しそうな話です。
たとえばオレンジピールとビターなチョコチップ の入った
ヴィエノワーズショコラオランジェ。
これはコーヒー に合い、
杏が練り込んであるので杏色のパンアプリ コットは
スモークドサーモン、白ワイン 、シャンパンなどと合う
というように。

人気のパンは
パリ 郊外の農家から特注で取り寄せた小麦を使用し
粉の味わいが深いバゲットモンジュ。
パリ のフィガロ紙でナンバ ーワンに選ばれた、
香ばしくサクッと軽いクロワッサン。

ヴィエノワーズショコラやクロワッサンは
小さいサイズがあるので
いろいろ食べてみることができて嬉しい。
これだけは日本 ならではのものだそうです。

ガラスケースの中と
その上にも非常に魅力的商品 が並びます。
サーモンとブロッコリや
シャンピニオンのキッシュ、フランボワーズなど
フルーツのタルトやフラン、ロースハムとカマンベールサンド、
田舎 パンサンド、クロック ムッシュ。

特別期間限定のパンが時々販売 されます。
ボジョレーヌーボー のパンというのがありました。
この4月の期間限定のパンは
Pain aux Algue(海草のパン)だそう。

首相の靖国神社 参拝が問題になったのは、
1985年の終戦記念日に
中曽根首相が
「公式参拝」を行ったときからだが、
これは中国 政府の強い反発を受け、
翌年以降、
終戦記念日の参拝は行われなくなった。
現職首相としてはその後、
1996年に橋本首相が
自分の誕生日に参拝しているが、
これは
「参拝したいが中国 からの批判も避けたい」
という意図からの観測気球的な意味があったようだ。




中曽根首相より前には、
鈴木、福田、三木といった
現職首相が終戦記念日に参拝しているが、
そのときは中国 政府は目立った批判をしていない。

中国 が85年の中曽根氏のときだけ
強く非難した背景には、
当時、アメリカ のレーガン 政権との間で
日米の軍事関係が強化され、
自衛隊 を正規軍に近いかたちにして
米軍とともに戦える軍隊にしようとする動きが
始まっていたことが関係していたと思われる。

中国 は表向き
日本 が再び戦前の軍国主義に戻る」ことを批判しながら、
実は
中国台湾 を侵攻したり、
東アジア を支配する国になったりすることを妨げている
アメリカアジア 支配を阻む目的 もあったに違いない。

中国 共産党 にとって、
抗日戦争に勝ったことは、
中国 の人々から支持されるようになった原点であり、
それだけに今でも中国 の上層部は
共産党 に対する求心力を回復するための道具として
反日 」を使うことが目立つ。
靖国参拝に対する中国 の批判は、
そういった状況とも関係している。

軍隊というものはどこの国であれ、
死に直面する兵士たちを支える精神的な支柱が必要だ。
「愛国心」や「正義を守る」ために出陣するという意識である。

そして日本 の場合、
自衛隊 を正規軍に近づけるにあたり、
靖国神社 が支柱として強化される必要があったのではないか。
過去の「侵略戦争」ではなく、
今後行われるかもしれない
「国際貢献のための派兵」で死んだ人も
靖国神社 にまつる体制を作ることで、
靖国神社 の持つ意味を一新しようということだ。

とはいえ私としては、
靖国神社 が明治以後の日本 の「近代化」を成し遂げるために
必要な仕掛けの一つとして作られたことを考えると、
日本 の「近代化」が
すでに完成している今後も
同じ仕掛けが良いとは思えない。

今後、
近代化以降の日本人 の精神を支えるための仕掛けが
必要になるとしても、
それを靖国神社
バージョンアップ 」で作ろうとすることには無理がある。
靖国神社 は国民の間で
マイナスイメージ が強くなりすぎていると感じられる。
明治維新 で作られた体制を維持発展させるより、
新たな維新のようなものが必要だと思う。
どういう維新が良いか私には提示できないのではあるが・・・

今祀られている犠牲者の魂は
そんな馬鹿馬鹿しい綱引きを望んではいないはずだ・・・


愛なんて

あてにならないって言うけど




ぼくたちのこの愛は

いつまでも 変わらないんだ

バーやレストランの壁、
大学の構内。

東京 の街中に貼ってある
公演案内のほとんどが
その手を経由している。

「ポスターハリス・カンパニー」

という、日本 で唯一のポスター貼り専門の
会社を営むのが笹目浩之だ。




他に社員1人とバイト 10人。
お得意様は劇場や劇団で、
演劇の他に映画 やコンサートも扱う。

駅の掲示板 は高いので
タダでスペースを貸してくれる飲食店を探す。

年商5千万円。

100店回って5万円程度の手数料だそうで、
労の割には・・・という商売だ。

新宿 の飲み屋の壁で実演してもらう。
「B全」という規格をベースにした、
縦103センチ、横73センチの紙は「巻き癖」で戻ろうとするが、
その手にかかると、たちまち四隅を決められ
所定のスペースにぴたり。

ついでに、
端がめくれている他のやつも丁寧に上からなでつけてやる。

「どんなポスターにもいいところがあるから」

出会いは1982年、寺山修司率いる劇団
天井桟敷の舞台に衝撃を受け、演劇人を志した。
だが、5ヵ月後に寺山は他界した。

劇場に頼まれ、追悼公演のポスター貼りをしてはまった、
というから、やはり寺山の引きだったのか・・・

下北沢、渋谷、青山、六本木新宿 ・・・
一晩に100軒の飲み屋を回り、
「貼らせて下さい」と頭を下げた。
大学に行っていない事がバレて茨城の親から勘当され、
生活はどん底へ。

最初は嫌がる店も多かった。
だが、みるみる痩せていく青年 に驚いたゴールデン街の
ママたちは、
「貼らせてあげないと、笹目ちゃんが死んじゃう」と、
ご飯まで用意して迎えてくれるようになった。

いつになっても舞台制作の仕事 は回ってこない。
1万6千円の家賃も払えない。

それでも、
こうして新しい芝居の始まりを告げまわっていると、
寺山と一緒にいる気分になれた。
「これで一生やっていこう」と決めた。

会社創業から10年目の33歳のとき。
これまで食べさせてもらった恩返しのつもりで、
終わった公演のポスターを回収し始めた。

収集品は60年代以降の舞台を中心に2万点。
日本 芸術文化 振興会とともに保存 事業も始めた。
その芸術性に着目した海外の美術館からも
展示会のお呼びがかかる。

集めるのは使用済みだけ。

画鋲の痕や端の破れこそ、人々の目に触れ、
役目をまっとうした勲章だからだ。

「一枚のポスターには必ず時代や人間の思いが映っている」。

酒場の隅で煤けたものなど、、、特にいい。