会社員時代、大阪支店で受けたクレームの電話対応を、本社で引き継いだことがあります。
対応は2時間以上に及びました。
当時は、どの段階で上司へ引き継ぐのか、どのような場合に会社として対応を終了するのかといった基準がありませんでした。
私も途中で対応を代わってもらう判断ができず、相手の話を聞き続けることになりました。
しかし、長時間対応したからといって、問題が解決したわけではありません。
対応する側の負担が増える一方で、お客様にとっても納得できる回答が得られないまま、時間だけが過ぎていました。
このような対応を繰り返さないためには、担当者個人の判断に任せるのではなく、誰が対応を引き継ぎ、
どの段階で会社として判断するのかを、あらかじめ決めておく必要があります。
■2026年10月から、カスハラ対策が義務化されました
2026年10月1日から、企業にはカスタマーハラスメントを防止するために必要な措置を講じることが義務付けられました。
ただ、方針や相談窓口を設けるだけで、社員を守れるわけではありません。
実際に相談があったとき、誰が事実を確認し、どの段階で担当者から引き継ぎ、
会社としてどのように対応するのかまで決めておく必要があります。
社員から「カスハラかもしれない」と言われてから考えるのではなく、
相談を受けたときに動ける状態をつくっておくことが大切です。
■すべての苦情がカスハラになるわけではない
お客様から厳しい意見を受けたからといって、すべてがカスハラになるわけではありません。
商品やサービスに問題があり、会社として改善すべき内容が含まれていることもあります。
その場合は、事実を確認したうえで、必要な説明や対応を行わなければなりません。
厚生労働省では、カスタマーハラスメントについて、次の三つをすべて満たすものとしています。
・顧客や取引先などによる言動であること
・社会通念上許容される範囲を超えていること
・その言動によって、労働者の就業環境が害されること
そのため、社員から相談されたときに、相談を受けた人の印象だけでカスハラに当たるかどうかを判断することはできません。
どのような言動があったのか、その対応がどのくらい続いているのか、
社員の業務や心身にどのような影響が出ているのかを確認する必要があります。
お客様からの正当な意見には向き合いながら、社会通念上許容されない言動からは社員を守る。
その両方を考えることが、会社には求められます。
■二つの裁判例から分かる、会社に必要な対応
顧客などへの対応によって心理的な負担を受けた社員について、会社の安全配慮義務が争われた裁判例があります。
NHKサービスセンター事件では、コールセンターで働く社員が、
電話の相手から暴言やわいせつな発言を繰り返し受けていました。
会社では、不適切な電話を上司へ転送する、同じ相手から繰り返し電話があった場合は担当者の判断で電話を切る、
大声を出されたときはヘッドセットを外すことができるなど、社員が一人で対応を続けないためのルールを設けていました。
さらに、メンタルヘルス相談やカウンセリング、ストレスチェックなどを利用できる体制も整えていました。
裁判所は、社員の心身の安全を守るための具体的なルールが設けられ、
そのルールに沿った対応が行われていたことなどを総合的に考慮し、
会社の安全配慮義務違反を認めませんでした。
一方、社会福祉法人むつみ福祉会事件では、保護者への対応によって強い心理的負担を受けた保育士に対する、
法人側の事後対応が問題になりました。
この事件では、保護者の言動がカスハラに当たると判断されたわけではありません。
ただ、顧客などへの対応によって強い心理的負担を受けた社員に対し、
会社がどのように対応する必要があるのかを考えるうえで参考になります。
法人側も、カウンセリングや個人面談、業務量の削減などを行っていました。
しかし、心理的な負担が続いていたにもかかわらず、その後のカウンセリングが行われていなかったことや、
本人の心身の不調や業務上の負担が面談記録に十分残されていなかったことなどから、
必要な対応が十分に行われていたとは認められませんでした。
二つの裁判例から分かるのは、相談窓口や制度を用意するだけでは足りないということです。
社員が途中で上司へ引き継げるのか、相談後も心身の状態を確認しているのか、
講じた対応が実際の負担軽減につながっているのか。
そこまで確認して、初めて会社の仕組みが機能しているといえます。
■相談を受けたあとに、会社がどう動くか
社員から相談を受けたときに避けたいのは、「お客様だから仕方がない」「もう少し様子を見てほしい」と、
十分な確認をしないまま対応を続けさせることです。
まずは、相手からどのような言葉や行為を受けたのか、いつから、どのくらいの頻度で続いているのか、
そのとき会社や社員がどのように対応したのかを確認します。
通話記録やメール、これまでの対応履歴など、確認できる資料があれば併せて整理します。
そのうえで、担当者が対応を続けるのか、上司や別の担当者が引き継ぐのか、会社として対応を終了するのかを判断します。
状況によっては、警察や弁護士などへの相談が必要になることもあります。
その場の問題が収まったように見えても、そこで対応を終わらせてはいけません。
社員の心身に影響が出ていないか、業務上の負担が続いていないかを確認し、
必要に応じて担当業務の見直しや相談の機会を設けることも必要です。
カスハラに該当するかどうかを、相談した社員だけに判断させるものでもありません。
会社として事実を確認し、どのような対応を取るのかを決め、その後の状態まで確認するところに、会社の役割があります。
■お客様を大切にすることと、社員を守ること
カスハラ対策は、お客様からの意見を受け付けないためのものではありません。
会社側に改善すべき点があれば、事実を確認して対応する必要があります。
一方で、お客様からの言動だからという理由で、社員が暴言や過度な要求に耐え続ける必要もありません。
社員から「カスハラかもしれない」と言われてから初めて対応を考えるのでは、遅い場合があります。
相談先、事実確認の方法、上司へ引き継ぐ基準、対応を終了する基準、
その後のフォローまで、会社として事前に整理しておく必要があります。
私が2時間以上対応したときも、途中で上司へ引き継ぐ基準や、会社として対応を終了する基準が決まっていれば、
違う進め方ができたはずです。
長時間対応を続けることが、必ずしも問題の解決につながるわけではありません。
会社がどの段階で担当者から対応を引き取り、組織として判断するのかを決めておくことが、
社員を守り、問題を前へ進めることにつながります。
大切なのは、ルールを作ることだけではありません。
社員が困ったときに、そのルールが実際に使われ、会社として対応できる状態になっていることです。
当社でも、カスタマーハラスメントへの考え方を社内外に示すため、基本方針を定め、ホームページで公表しています。
基本方針を公表することは、取り組みの一つです。実際に問題が起きたときに、方針に沿って判断し、
担当者だけに対応を任せない運用まで整えておく必要があります。
【当社のカスタマーハラスメントに対する基本方針】
https://www.pro-tean.com/news/228
私が支援の中で、会社と社員のどちらか一方だけではなく、双方の状況を確認しながら一緒に考えることを大切にしている背景については、
以下のページでもご紹介しています。
もし少しでも気になっていただけたなら、のぞいてみてください。
【代表 青木優介の取扱説明書(プライベート)】
https://www.pro-tean.com/message
【参考資料】
厚生労働省「あかるい職場応援団 カスタマーハラスメント」
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/harassment_list/customer-hara/
厚生労働省「あかるい職場応援団 NHKサービスセンター事件」
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/judicail-precedent/70/
厚生労働省「あかるい職場応援団 社会福祉法人むつみ福祉会事件」
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/judicail-precedent/78/