表題の通り、今日は法律論文、とりわけ司法試験の論述の書き方について、自分でも確認するために記事を起こす。
よく言われることは
①論理破綻、論理矛盾を起こしていない
②法的三段論法を用いている
③きちんとした接続詞を用いる
④相手に読める字で記述する
⑤ナンバリングを心掛ける
そして、民法については
⑤要件事実と法律効果をきちんと書く
等々、あげられる。
このうち④については、これは毎年、司法試験の採点後の採点者の感想で述べられることだが、どうしても問題を解く際に、時間的な制約があるため、急いで書こうとしてしまう。
そして、司法試験の論述は、実際に論述を始めるまでに、争点の洗い出しや、どのように記述を行っていくかを予め考えなければならず、それに大体30分程度かかると言われている。
そうなると、残り時間で記述を行わなければならないが、選択科目以外では2時間なので、残り1時間30分で記述を終えなければならない。
1時間30分、というと、結構長く感じられるかもしれないが、実際に書いてみると、時間ぎりぎりになってしまうことが多々ある。
それゆえ、どうしても早く書く必要がある。しかし、そうすると、文字が崩れてしまって読めなくなってしまったり、種々の弊害が顕在するようになってしまう。
早く書くこと、そして丁寧に書くこと。
この2つは両立しえないことのように思えるが、実際に司法試験合格者は、それを前提として両立しているからこそ合格しているのであって、我々にも不可能なことではない。
では、どのように両立させるのか。
Ⅰまず、実際に試験問題に当たって、争点を洗い出す作業の時間を出来るだけ早くすること。
先ほど述べたように、大体この作業は30分程度かかると言われている。
そのため、10分でも15分でも、この時間を短縮して、論述に回せることが出来たら、幾分楽になる。
Ⅱそして、出来る限り簡略化した文章を目指すこと。
簡略化、というと語弊があるかもしれないが、論述にあたって、肝要な部分だけを書くことを心掛けることを言う。
何が肝要か、そうでないか、ということは問題によっても異なるが、論述の根幹となる法的三段論法を基礎として、それに肉付けしていく感じで論述すると、大体スッキリまとまるのではなかろうか。
そうすれば、論述する量が少なくなるだけ、時間的余裕が増える。法的三段論法については後述。
さて、それぞれ項目に付き検討を行いたい。
①について
論理破綻、論理矛盾は、採点において大きな減点対象となる。
例えば、民法における即時取得(192条)において、その要件の一つとして前主が無権限者であることが要求されている。
無権限者でなければ、そもそもその物に対して、処分権限を有しており、有効な取引行為となるため、即時取得が問題となるまでもないからだ。
このことを前提とせず、即時取得の要件たる「取引行為」という条文の文言のみに目が行き、取引行為があれば全て即時取得が成立する、と考えてしまった場合、結果が破綻してしまう。
例えば、CがDに対し、売買契約を結び、甲動産を売買する旨約したが、その引渡しを終える前に、もっぱらDを害する意図をもって、甲動産がDに対して引渡される前に、背信的悪意者Bと甲につき売買契約を結び引渡しを終え、背信的悪意者Bから甲動産を譲り受けたAは、その甲の所有を主張するのに、即時取得を主張した場合などだ。
<背信的悪意者について詳述していないが、要するに、その物(今回の例で言えば、甲)の所有権につき、主張する権限の無い者のことを言い、単なる先行行為(CD間の売買契約)の悪意(その契約があったことを知っていること)だけではなく、もっぱらDを害する意図を持ってその契約(BC間)を結んだことにつき、信義則違反とされる者のことである。>
このような場合において、確かに背信的悪意者Bは、動産の対抗要件である引渡しを終えているため、動産の権限を取得できるかのように思える。
しかし、先にも述べたとおり、このBは背信的悪意者で、たとえ動産について引渡しを終えていても、他の者(例えば、上の例で言えば、D)が、その動産甲につき権利主張した場合、通常であれば、引渡しが対抗要件となり、Dの主張を打ち破ることができるが、Bは背信的悪意者ゆえ、その対抗要件を主張できず、もしDが甲につき権利主張してきた場合、Dの主張を打ち破ることはできない。
よって、上記例でいえば、BはDに対し、甲について権利を主張できないという帰結に至る。
しかし、この背信的悪意者というのは、あくまで対抗要件を主張できないだけであって、所有権が無い、というわけではない。
これが何を意味するかというと、Bは、Dのような、甲の所有権を主張するにつき、正当な権限を有しているものが他にいなければ、その物を所有し続けることができる、ということである。
よって、Bは、甲に対する対抗要件を具備できないが、その物を所有している、という帰結が得られる。
それゆえ、Bは、無権限者ではないのだ。
よって、上記例において、Bが無権限者ではないから、Cは即時取得を主張できないということになる。
結局、何が言いたかったのか。
上記例で、即時取得を主張できないにもかかわらず、上記の論述のような手続きを踏まず、条文における「取引行為」という文字だけに目がくらみ、そのまま解釈して、即時取得を主張できる、というように解し、それを前提として論述を続けた場合、重大な論理破綻に当たると考えられる(解釈の違いともとらえられるかもしれないが)。
今回長々と、論理破綻についての一例を民法の事例問題を用いて述べたが、もっと簡潔に表すとこうなる。
例えば、
英雄は赤色を好む。
私は赤色を好む。
ゆえに、私は英雄である。
というような文章があったとする。この文章ははたして、論理的な整合性を保っていると言えるのであろうか。法的三段論法でも、よくこのような事例が取り上げられる。
検討していこう。
英雄は赤色を好む、というのは、すべての英雄についてあてはまることである。
つまり、赤色を好むことが英雄となる「前提」条件であるわけだ。
しかし、赤色を好むというのは、英雄の一要件であって、それを充足するだけでは英雄と成り得ない。
よって、私が赤色を好んだとしても、私は英雄とは成り得ない。
つまり、私が赤色で摘示した文章は、論理破綻を起こしていると言える。
これに対し、
赤色を好むものは英雄である。
私は赤色を好む。
ゆえに、私は英雄である。
これは成り立つであろうか。
この場合、赤色を好めば、全て英雄であるのだから、私が赤色を好む以上、私は英雄であるといえるだろう。よって、論理破綻は生じていない。
このように、論理のつながりというのは、法律論文に限らず、日常生活においても大切なものである。
常日頃から、このような論理のつながりを意識して論述、あるいは発言をすることこそ、この訓練になりうるから、積極的に行うべきである。
今回は長くなってしまったので、最上部①と、④についてのみの記事とする。
ここまで見てくださった方、途中長く、理解しにくい民法事例を取り上げてしまったものの、裁可部までお付き合いいただき、有難うございました。
今後、このような事例問題についての記事も織り交ぜていけたらと思うので、興味がある方はどうぞご覧ください。