統合失調症の私が選んだ本 -4ページ目

喪失と獲得

ニコラス ハンフリー, Nicholas Humphrey, 垂水 雄二
喪失と獲得―進化心理学から見た心と体

 社会生物学論争の教訓を踏まえ、教条主義的な遺伝子決定論ではなく、しかし人間の心理的メカニズムをあくまで遺伝子と環境との相互作用である進化の産物として捉えようという進化心理学が登場したのは、1990年代の初めのころである。もっとも、そうした考え方は人間の本性について真摯に問いつづけてきた研究者たちの間では昔から一貫して維持されてきたともいえ、著者も過去20年間、自分の関心の中心はつねに「名前をまだもたなかった」この進化心理学にあったと述べている。

  邦題に選ばれた「喪失と獲得」に関する一連のエッセイはとりわけ興味深い。著者にひらめきをもたらしたのは、氷河時代の人類が描き残したラスコーやショーヴェの洞窟絵画と、ナディアという自閉症の少女が描いた美術作品との間の驚くべき相同性だった。そして著者は両者の共通点が瞬間の描写とそれを可能にする写真的記憶力にあることに着目する。実はチンパンジーもこの能力をもつことが実験的に証明されており、ここから著者は大胆な仮説を導き出す。

  つまり、氷河時代までの人類はチンパンジーと同様にこの能力をまだ保持していたのではないか。それが何らかの理由で「喪失」された。そのために人類は記憶力を補う方法を身につける必要に迫られた。それがシンボルやカテゴリーを使った抽象的思考法であり、そうした能力の「獲得」が言語の発明という予期せぬ、そしてありあまる恩恵を与える副産物をもたらしたのではないかというのだ。これが「喪失と獲得」という、それだけではちょっとわかりにくい表題の意味である。【喪失と獲得度95点、日経サイエンス・平成17年3月号】

レンズに映った昭和

江成 常夫
レンズに映った昭和

  本書は、戦争の加害の歴史を清算しないままでいる日本人のありようを、モノクロの静かな写真と文章で私たちに問いかけてくる。【モノクロ度85点、中央公論・平成17年7月号】

日本人のルーツ探索マップ

道方 しのぶ
日本人のルーツ探索マップ

 日本人の歴史はユーラシア大陸の一部に限られており、人類学も考古学もさほど広い地域を論じているわけではない。だが日本人の起源をめぐっては諸説が入り乱れ、縄文・弥生時代についても次々と新事実が発見されるため、いつまでたっても全体像がつかめないという印象がある。本書は旧石器時代に初めて日本列島(まだ陸続きだが)に渡った日本人の祖先からスタートして、進化と移動の歴史を細かく解説する。圧倒的な量の資料を精読しながら、専門知識がなくても読めるストーリーを紡ぎ出した労作だ。【ルーツ度93点、日経サイエンス・平成17年・5月号】

パンダの死体はよみがえる

遠藤 秀紀
パンダの死体はよみがえる

  「ゾウが死にました。(遺体の)受領は可能ですか?」動物園などからかかってくるこうした電話に「私の答えはつねにイエスだ」。引き取った動物の遺体を前に「おまえが隠してている謎は何だろうか?」と問いかけて解剖するのが著者の仕事だ。解剖することで、遺体を研究の成果として”残す”ことができる。一章のゾウも圧巻だが、白眉はタイトルにもなったパンダの話だろう。DNAを探るのもよいが、動物を知ろうとするなら、やはりその身体を徹底的に調べる必要がある。こんな当たり前のことを、しっかりと思い出させてくれる。【解剖度90点、日経サイエンス・平成17年5月号】

マンガサイコセラピー入門

C.N. ベンソン, V.B. ルーン, 清水 佳苗, 大前 泰彦, 小林 司
マンガ サイコセラピー入門

  これは、海外で人気のIntroducingシリーズの一つである。このマンガ本は、海外のどの科学博物館のお土産コーナーにも置いてあるものなのだが、日本語に訳されてみると、意外に読みやすくて、うまくまとめているなと、その企画力に感服した。

  私などには考えもつかないようなサイコセラピーが、現在でもまじめに施行されていることに心底驚いた。簡単に言うと、クモが嫌いだったら、それをなくすためには、手のひらに無理矢理クモをのせるとか、クモが怖くないことを想像するとか、まあいろいろあるのだが、これじゃ詐欺まがいの商売がなくならないはずだ。ここでわかったことは、人間の心は何とでも言いくるめられるということである。フレッシュマンの皆さんだけはそうならないように、読んでみたらいかがだろうか。やはり、目からうろこが落ちるはずだ。【マンガ度95点、日経サイエンス・平成17年・5月号】

カレーソーセージをめぐるレーナの物語

ウーヴェ・ティム, 浅井 晶子
カレーソーセージをめぐるレーナの物語

  ドイツではファンサイトができるほど人気があるカレーソーセージ。北ドイツ地方の庶民の味の代表だ。敗戦直前のドイツ、夫に去られた女性レーナと脱走兵ブレーマーの奇妙な同棲生活がその食べ物を生んだ。【同棲度90点、週刊文春・平成17年6月30日号】

世界最悪の旅

アプスレイ チェリー・ガラード, Apsley Cherry‐Garrard, 加納 一郎
世界最悪の旅―スコット南極探検隊

本書は南極点一番乗りを競ったスコットとアムンゼンの一行の物語だ。アムンゼン隊がなぜ成功し、スコット隊がなぜ悲劇の最後を迎えることになったのか、南極探検を描きながら、じつはグループや組織がどうあるべきかも考えさせてくれる。【悲劇度91点、日経サイエンス・平成17年5月号】

毒草を食べてみた

植松 黎
毒草を食べてみた
  本書は、現代科学の最難関の問題である意識の解明につながった薬物の話なのであるが、なにせ新書の体裁をとっているものだから、目次を見ると植物図鑑のように見える。
  しかし中身のインパクトは強く、オトギリソウ(弟切草)の逸話にはドキッとする。鷹匠の家に代々伝わった薬草の秘伝を弟が漏らしたために兄が弟に切りかかった、という話だ。ヒペリシンという毒物がこの植物に入っているのだが、これが別名でコンビニなどで売られている事実を、皆さんはどう考えるのだろうか。
  著者はエッセイストで、ジョークに関する書物をいくつか著しているが、読み終わるとこれ全体がジョークのような気がする。【毒草度94点、日経サイエンス・平成17年5月号】

東大教師が新入生にすすめる本

文藝春秋
東大教師が新入生にすすめる本

 本書は題名を見ただけで買う人と買わない人に分かれそうな本だ。しかし、読む本によってその人の価値がわかるので、どのような本を他人が読んでいるかを知ることには興味がある。本書は1994年から2003年まで、180人の大学教員によるダイジェスト版なのだが、東大教授の知的レベルがわかるという点では貴重な一冊といえる。

  特に興味があったのは、文系教員が理系の本をどれだけ読んでいるか、という点だったが、ひどいもので、彼らはほとんど科学の本を読んでいない(あるいは理解できない)ことがわかった。引用されている書物で一番多かったのはドーキンスの『利己的遺伝子』(紀伊国屋書店)だった。これは、このような内容のものしか理解できないということなのだろう。理系の分野で本を書こうとしても、レベルを異次元に設定しないと売れないという理由がこれでわかる。

  反対に理系教師が勧めているものの中に、文学ものが多いことにも驚いた。これは決して理系の教員が文学を理解しているというわけではなく、単にカッコをつけているだけだと思う。しかしその中に、私もワクワクして読んだ中井英夫の『虚無への供物』(講談社文庫)などが出てくると嬉しくなる。学生のときに読んだマーチン・ガードナー著『自然界における左と右』(紀伊国屋書店)も感動したが、いまどきの学生はこのような内容をどう思うだろう。【知的レベル度95点、日経サイエンス・平成17年5月号】

DNAから見た日本人

斎藤 成也
DNAから見た日本人
  40代の中堅どころの研究者たち13人が自分の研究内容を解説することで脳科学全般を概観する本書を読んでいると、改めて脳についてわかっていることの少なさに気づかされる。イントロを含めて14章からなるこの本では、それぞれ知能や運動、脳の発生、神経回路ができる仕組みや記憶と遺伝子の関係、いわゆる「ボケ」やプリオン病やパーキンソン病など脳科学のそれぞれの分野の第一線で活躍する現役の研究者たちが現状と到達点を解説している。
  なるほど、各章それぞれはさすが現役が書いているだけあって面白い。だが、編者による「はじめに」にある「ずいぶんと頭の中の知識が整理され、理解が進んで」というような読後感は残念ながら得られなかった。「現代は大航海時代。航海に出れば新しい島があるのかはわからない」という言葉を思い出した。現在の脳科学はプレートテクトニクス登場以前の地質学のようなもので、各分野の知識が繋がっていない。統一的観点が存在しないからだ。【不統一度86点、日経サイエンス・平成17年6月号】