統合失調症の私が選んだ本 -3ページ目

ものが壊れるわけ

マーク・E・エバハート, 松浦 俊輔
ものが壊れるわけ

  本書は、研究者がどのような問題意識で研究テーマを選ぶに至ったか自ら著している。軽妙な、だがよく練られた文体で「ものが壊れる」という現象について語られている。扱っている内容も、子どものころの素朴な視点から、シュミレーションや材料設計とは何かということ、金属の脆化や凝集強化現象、研究者として歩み始めた頃の思い出まで幅広い。しかも各要素がバラバラにならずにうまく結合していて、楽しく読めた。研究者たちには、こんな本をもっと書いてもらいたい。【破壊度86点、日経サイエンス・平成17年3月号】

知能の謎

けいはんな社会的知能発生学研究会, 瀬名 秀明, 浅田 稔, 銅谷 賢治, 谷 淳, 茂木 健一郎, 開 一夫, 中島 秀之, 石黒 浩, 國吉 康夫
知能の謎 認知発達ロボティクスの挑戦

  脳が持つ機能のひとつである知能は、環境に適応し新しい問題状況に対応する能力だと定義されているという。本書は認知発達ロボティックスや知能の研究者たちと、作家の瀬名秀明らがまとめた本である。

  各著者の執筆部分の間に座談会の断章が挟み込まれた構成で、知能の謎に、動き回ることができるコンピューターであるロボットというツールを使い構成論的アプローチで知能を探る方法論について迫っている人たちが、お互いの考えをぶつけあう。

  内容そのものよりもむしろ、こういった研究者同士の勉強会の内容を出版してくれた点を評価したい。ロボットや脳科学に限らず、様々な分野で若手研究者たちによる勉強会が行われているが、多くは勉強会参加者だけにしか公開されておらず、やったらやりっぱなしである。もったいないし、また、このような形で外部に対して自分たちの研究についてアピールする、あるいは興味関心や方向性について宣言することは、研究当事者にとっても有効だと思うのだがどうだろう。【勉強会度92点、日経サイエンス・平成17年3月号】

人生、寝たもの勝ち

ポール・マーティン, 奥原 由希子
人生、寝たもの勝ち

  睡眠こそ豊かな人生の秘訣。わかってはいても、現代人の睡眠時間はますます減る傾向にある。「眠りの友と敵」では、眠りを妨げるさまざまな要因について解説。カフェイン、アルコール、タバコ、チーズ・・・、え?チーズ?バラエティに富んだ内容で飽きない。ヒバリ型(早起き)とフクロウ型(宵っ張り)には遺伝的な違いがあり、フクロウ型は夜の作業効率が高いというデータもあるそうだ。【寝たもの勝ち度93点、日経サイエンス・平成17年4月号】

量子コンピュータとは何か

ジョージ・ジョンソン, 水谷 淳
量子コンピュータとは何か

  量子情報科学は私たちの直観を超えており、多くの解説書はわかったようでわからないのだが、この本は出色だ。著者は米国の科学ライター。巧妙なたとえを使いながら、量子計算のアルゴリズムがなぜ高速なのかという本質的な疑問に正面から答えている。一般向けの解説書だが、内容は決してお手軽ではなく、かなり高度。しっかり頭を働かせながら読むと面白みがわかる。【量子度89点、日経サイエンス・平成17年4月号】

幸四郎と観る歌舞伎

小野 幸恵
幸四郎と観る 歌舞伎

 松本幸四郎の舞台写真や芸談を道案内に「忠臣蔵」から「四谷怪談」まで古典のメインストリームをたっぷり解説。歴史や豆知識も満載で、初心者は歌舞伎に気持ちが傾くこと請け合い。【歌舞伎度95点、週刊文春・平成17年6月30日号】

認知科学への招待

大津 由紀雄, 波多野 誼余夫
認知科学への招待―心の研究のおもしろさに迫る

  教育やコミュニケーション、犯罪分析など、さまざまな分野で認知科学への関心が高まっている。本書は19人の専門家による分担執筆で、知覚や学習、記憶など、心の働きにかぁわる研究成果を解説する。巻末の編集者による対談も認知科学の広がりや今後の方向性を知る上で興味深い。【認知度87点、日経サイエンス・平成17年4月号】

雲はなぜ落ちてこないのか

佐藤 文隆
雲はなぜ落ちてこないのか

 身近な自然にも不思議は存在する。本書は、宇宙物理学者によるエッセイ集だ。もともと天文台の広報誌に掲載されたものなので宇宙の話が多いが、地球や火星の環境を宇宙スケールで考えたり、表題のような雲の問題なども収録されていて、スタンダードなエッセイ集だと言える。

  宇宙や地球の話は時間スケール的に何かと忙しい社会の話とは結びつきにくい。だが、著者はそれを目指したという。そこに一番共感した。【落ちない度92点、日経サイエンス・平成17年4月号】


遺伝子と運命

P・リトル
遺伝子と運命
  2020年、2人の女性が誕生した。本書はこんな設定で2人の女性の人生をまずSF風に描いてみせる。片方はバイオテクノロジーの恩恵を存分に受け、幸せに暮らす人生。もう片方は、科学の持つ負の側面を一身に受け止めたかのように進み、終わる人生である。
  第一章で「未来の夢と悪夢」を語ったあと、残りの章では、現在われわれが遺伝子について持っている知識と、遺伝子がどのように働くものなのか、遺伝子変異とは何かという視点で丁寧な解説が行われている。最終章ではもう一度2人の物語に戻り、科学的な解説と妥当性の検討が、物語に密着した形で行われる。
  このような構成の場合、あいだの科学的解説もさることながら、冒頭の物語が、それなりの説得力と、魅力や衝撃を併せ持った形で描かれていないと台無しになる。本書は見事にそれに成功しており、表裏一体である類似性と差異の問題、遺伝子と環境の関わり、そして科学のもたらす正負両面について、最後まで懇切丁寧に解説されている。新書にしては分厚いが、最初と最後だけでもめくってもらいたい。【分厚い度90点、日経サイエンス・平成17年・4月号】
  


「進化」大全

カール・ジンマー, 渡辺 政隆
「進化」大全

  成熟しつつある学問領域である進化生物学の業界では、すでに多くの入門的教科書が出ている。しかし、進化学のまとまった教科書は、いずれも電話帳のようなボリュームの中にきわめて多くの内容が詰め込まれており、それなりの覚悟のある読者にしか門戸を開いていないようだ。進化学の研究者の多くは専門とする限られた分野には通じていても、必ずしも全体像を語る力量を持ち合わせているわけではない。一方、進化学の”啓蒙書”とされる本の多くは、進化学者がきたいするほどの平均的レベルに達していない。それを考えると、広大な現代進化学の世界をパノラマのように見渡し、しかも今まさに動いている研究現場の興奮を読者に体感させるというのは、実はとても困難なミッションであることに気づかされる。進化学の「知」の伝道(あるいはアウトリーチ)を真剣に目指すことはだれにでも気軽にできることではない。進化に関心をもつサイエンスライターが求められるゆえんである。

  あえて『「進化」大全』という挑戦的なタイトルを掲げた本書は、その無理難題をみごとにクリアした本にちがいない。おそらく本書を手にした読者のほとんどは、500ページを超すフルカラー本であること、そしてその大きさと重さ、最後にその価格に驚くのではないか。しかし、このような体裁と内容の本を現在の厳しい出版事情のもとであえて出したことに対して、私はむしろびっくりした。しかも、進化学の歴史から最先端の研究成果にいたるまで、読者を飽きさせない話題の置き方とみごとな展開は、本書がたぐいまれな〈読める教科書〉であることを印象づける。同時に、そのビジュアル性は本書が生物進化についての大きなテレビ特集番組をふまえていることを納得させる。

  これだけの内容をわずらわしい脚注をいっさい含まずに一気に語れるのは、著者がすぐれたサイエンスライターである証だ。もちろん訳文で悩まされることなどあり得ない。伝統的な縦書き二段組に組まれた本文は、随所にちりばめられた美しい図版とともに、幸せな読後感を保証してくれるだろう。【進化度97点、日経サイエンス・平成17年4月号】

  

消滅する言語

デイヴィッド・クリスタル, 斎藤 兆史, 三谷 裕美
消滅する言語―人類の知的遺産をいかに守るか

  いま地球上から、2週間に1つのペースで言語が消滅している。今世紀中に世界の言語約6000語のうち大半が死滅または危機的状況に陥るというのだ。めまぐるしく変わる世界の中で、我々は人類史上ひとつの転換点にたっている。

  こう聞けば、何か大変なことになっているらしい、ということはわかる。だが、問題の深刻さは意外とつかみにくいかもしれない。本書は、世界の言語はそもそもいくつあるのか、言語の危機度をどう測るのかという基本的事項から始めて、言語はどうして死ぬのか、言語が大量に失われることがなぜ問題か、という核心的問題まで、この全人類的問題の全貌をわかりやすく説明している。著者は『ケンブリッジ言語百科事典』など多くの編著者で知られる著名な言語学者で、その言語現象に対する知識の広さ、深さは本書にも十分活かされ、読み応えのある良書にしている。

  言語の大量消滅の現状に関して冷静で現実的な理解を、言語学を志す人々はもとより、一般の人にも広く促す、という本書の目的は十二分に達成されている。特に、アイヌ語問題も遠い歴史上の記憶となり単一言語社会に慣れすぎてしまった日本人・日本社会にとって、言語の多様性とその消滅の危機の問題に目をむけさせる啓蒙書として果たす役割は大きいであろう。

  ちなみに、本書は、研究者たちが言語の危機的状況をネタに利益を得ているのではないかという現地コミュニティーからの疑念を自ら晴らすために、原書による印税はすべて英国の「危機言語基金」に寄付されるという(訳本については定かではないが)。このことからも言語危機の問題に対する著者の純粋な想いが推し量れる。【消滅度94点、日経サイエンス・平成17年4月号】