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北川あえのブログ

岡山市議会議員北川あえのブログです。

なんと言っても、台湾の姉妹都市新竹市から市民訪問団をお迎えしたことが、嬉しいことでした。


10月13日
市民スポーツ大会でしたね。夜は、西川に国際音楽祭フィナーレの音楽が流れました。スポーツや音楽の力は、人間力、生きていく力に欠かせない。

14日
市民病院にて、院内美術展開始。まだ行けない~。
美術もまた、人に欠かせないものです。ある画廊の方が、大変なお骨折りを毎回してくださっています。頭が下がります。


16日
市の敬老会に参加。人生の先輩からパワーを頂きました。


17、18、19日
新竹市の方々、

市政府5名
ミス新竹3名
ビーフン娘1名

新竹市伝統産業
ビーフン、肉団子、ガラス工芸の会社の経営者19名が岡山市に来てくださいました。天満屋や、市場の花まつりで、ビーフン、肉団子、ガラスの実演販売をしてくださいました。

国際交流と言っても、実際は、人と人でしか現実的には、あり得ません。新竹市の一般市民が来てくださっているのに、我々議員しか、17日の歓迎会にいなかったのは、残念でしかたありません。岡山市の伝統産業の方々や、企業の方々ともっと、交流していただきたかった。この次は、議員の仕事を逸脱しない範囲でいいから、準備段階から、関わりたい…。



19日
市場花まつりにて、市場の市場モニターをしている野菜ソムリエの片岡さんとの写真です。


北川あえ



10月4日
岡山国際音楽祭のオープニング。
姉妹都市台湾の新竹市からは、素敵な舞踊団も来てくださっていました。
北川あえは、岡山の国際交流には、リキ入れます。岡山に変化をもたらすのは、アジアの人々かもしれないですよ。
10月5日
岡山の京橋朝市に全国の朝市から出店がありました。朝早くから、沢山の人々。高谷市長も逢沢代議士も、おみえでしたが、他県の名物を買ってくださったかしら。
10月10日
来年4月より岡山が政令指定都市になることが閣議決定されました。いよいよです。政令市とは、自治体の拡大化ではなく、裁量権の地方化と考え、そう方向付けていきたいです。裁量権は現場に近いほうがリアルですよね。夜は、岡山の電車の環状化を考えている方とお話しました。これからの都市社会は、公共交通の時代であることは、間違いない。
10月11日
秋のももたろう祭りオープニングが、岡山城でありました。古式ゆかしい火縄銃のセレモニーがありました。鎖国も独自の文化をかもしてきたかもしれませんが、日本の独自性は、他国の文化の日本的編集にあると、北川は考えています。
10月12日
井山宝福寺のお茶会に行ってまいりました。速水流のお手前で、秋の紅葉の風情をいただきました。
京都から指物師の方もおみえでした。このお茶の社会がどれだけ日本の伝統工芸を支え、その伝統工芸が、どれだけ、日本の「ものづくり」を支えているです。頑張っています、日本。

北川あえ


自民党総裁候補者の方々の立ち会い演説会が、岡山高島屋前でありました。

ひとり10分、それでもその方の雰囲気というものが、伝わってまいります。

北川の正直な感想を素朴に述べると、一言一言覚えているわけではありませんが、石破さんの、世界に負けない日本をしっかり作っていこうという思いに、いささか共鳴しました。

麻生さんのお話は、聞くのは二度目でした。著書も読ませていただいてます。日本の文化への理解が、かなり深い方なのに、それを表現されないのだなと思いました。経済の話が主でした。彼の文化政策も聞いてみたいです。

日本を立て直す政権にしていかなきゃ。立て直してくれる誰かがいるわけではありません。立ち会い演説会に行っている私達は、傍聴人ではありませんものね。皆でどんな日本にしましょうか。


北川あえ


8月の末日、まだまだ日差しの強い中、福谷学区のとある畑での農作業体験「蕎麦の種まき」に行ってまいりました。

福谷学区では、もともと、「田んぼの学校、ふくたに」など地域性を活かした活性化事業を10年前から展開されていたそうです。そこと、吉備学会の食農教育研究部会が協力し、「田んぼミュージアム」立ち上げを検討しています。
「田んぼミュージアム」は、食生活の改善、農業の活性化それらを通じた地域力の復活を目標としています。
そこで、まず準備委員会の企画として、子供達中心として「蕎麦の種まき」を行います。一連の農作業の後、収穫、そして自分たちで粉にして、「手打ちそば」を作り、皆でおいしくいただきます。

初めての畑作業でした。まず畑に種を蒔くラインを引く。そして2パターンの種まきを教えてもらいました。
基礎編
ラインに沿って、10センチごとに直径3センチ深さ3センチの穴を掘ります。
その穴に、種を3~4個いれます。土を軽くかぶせます。(腰が痛い)
応用編
ラインに沿って、パラパラと蒔きます。その跡を歩きます。(後で間引きます)

この子達が育って、年末には、初めて自分で作った年越し蕎麦を食べるのかと思うと、思い出してひとりで微笑んでしまいます。

帰りに、岡山空港近くの百姓・農業塾「百楽塾」百楽荘にお邪魔しました。
小高い丘の上美しい田畑がひろがっています。
ご主人の景山詳弘さんは、その日の山陽新聞にも一面トップで記事が載っていましたが、休耕田の悲しい姿にいたたまれず、岡山大学退官後、周りの休耕田を復活させようと思って、団塊の世代を募り農業指導の塾「百楽塾」を主催された方です。
「ここが、塾生1期生の畑でね、ここは、3期生が今、肥料を積みあげてるところ。あ~、ここはまた、草取りだなあ」
「職業となった、農業では飯が食えない、おかしいでしょう。農業に適した国なのに、自給率が39%。それで、こんなに、休耕田がある。これからは、小さな農業をしっかりやらなきゃいけません。」
案内をしてくださりながらも、農業への、自然への、命への思いを絶えることなく、とうとうとお話してくださいました。

私たちは、気づき始めました。何か、大変だぞ、何かが大きな規模で狂って来ているような気がする。だけど、「ではどうしよう。私ひとり、どうこうしたって、しょうがないし。まあ、こんなもんか。」いつもそんな結論に親しんでいるような気がします。

だけど、もうひとつの「だけど」です。「私ひとり、どうこうしてもしょうがないけど、まあ、なにか、ひとつでもやってみようか。」何か、身近なことを少しづつというのも、あるのではないでしょうか。

景山先生が
「日本の農業では食べていけない。百姓なら食べていける。」
そうおっしゃった時、北川のなかで、その比較が流通システムに乗った食品という商品と、命を紡ぐ食べ物という形で認識されました。
「ああ、最近食べているもので、消費社会の商品を食べている時がある。また、命を守るおいしい食べ物をいただいている時もある。」そんな感じがしました。
エクアドルという国に行ったことがありますが、コーヒーとバナナの産地です。しかし、コーヒーもバナナもほとんどが輸出され、地元で飲んだコーヒーはただの黒い液体でした。ある国の農業をコーヒーとバナナに特化してゆく農業政策は、お前の国は綿だけ作っていればいいというような、列強国の都合だけを考えた植民地政策の名残です。最近なら、ある国が、ガソリンに代えてトウモロコシ、サトウキビを使ったバイオエネルギーを推進するといいだしました。末端の国では、なにが起きるのでしょう。エクアドルでは、首都キトでも、サトウキビを山のように積んであるトラックや屋台があり、大人も子供も食べていました。彼らの楽しみであったサトウキビは、まだ彼らの食べ物でしょうか。

私たちの身近な食べ物はどうなのでしょう。私たちの日本から、どんな食べ物が消えていったのでしょう。どんな食べ物がやってきたのでしょう。私たちは今何を食べているのでしょう。
農業自給率39%です。どんな列強国の都合の元にあるのか、今では世界経済は複雑化して、投機マネーがどう絡み合って、互いの農業政策に影響するのか、わかりにくいです。しかし、農業自給率39%の事実はわかります。この事実に、抗うことは、できると思います。国の政策決定を受身で待っているだけでは、どうしようもありません。
もうひとつのだけどです。
たった一人なんかやっても、どうしようもないでしょ。そう思います。
「だけど」ものすごく小さなことでも、何かすることと、しないこととでは、大きく違いませんか。いくら、他で無駄をしていてもです。解決はできませんが、疑問を持ち、矛盾しながらも、善と現在思えることを少しづつ行ってみるほうが、
いいと思いませんか。それしか、ないと思います。

私たちがなにを食べているのか、まず、今の子供達が、食べている給食を大元小学校のご協力を得て、夏休み前に食べさせてもらいました。すごく、おいしかった。コッペパンしか出なかった私たち(28年生まれ)には、驚きの米飯給食でした。ミルクも脱脂粉乳(古すぎ)では当然ありませんでした。食器も陶器でした。大元小学校は恵まれたことに、給食指導の教員の方もいらっしゃるとか。これからも、大元小学校に限らず給食を観察させていただいて、そこに何があるのか見えてくるものを皆さんと共有したいと思います。

その土地の風土にあった農産物を食べ物は命をつむぐものとして、ありがたくいた
だきたいです。岡山市は、中四国の都市のなかでは、一番の農産物量を誇ります。


北川あえ

分権時代の議会改革(改革派首長からの提言)というテーマで研究会があります。
東京財団の「地方自治体のガバナンス研究」の一環です。東京でありますので、行ってまいります。

道すがら新幹線から、田んぼの緑を見ています。美しいです。日本のこの田畑の緑は、誰にとってもかけがえのないものです。

田畑の向こうに小さな山が連なり、空と雲が永遠に広がる。日の輝きの昼がある。
けだしこの風景の安穏は、力強く闘いまもらなければならない安穏になってしまった。
空よ、山よ、川よ、
私達は何をすればいいのでしょう。


北川あえ