畑体験 | 北川あえのブログ

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岡山市議会議員北川あえのブログです。

8月の末日、まだまだ日差しの強い中、福谷学区のとある畑での農作業体験「蕎麦の種まき」に行ってまいりました。

福谷学区では、もともと、「田んぼの学校、ふくたに」など地域性を活かした活性化事業を10年前から展開されていたそうです。そこと、吉備学会の食農教育研究部会が協力し、「田んぼミュージアム」立ち上げを検討しています。
「田んぼミュージアム」は、食生活の改善、農業の活性化それらを通じた地域力の復活を目標としています。
そこで、まず準備委員会の企画として、子供達中心として「蕎麦の種まき」を行います。一連の農作業の後、収穫、そして自分たちで粉にして、「手打ちそば」を作り、皆でおいしくいただきます。

初めての畑作業でした。まず畑に種を蒔くラインを引く。そして2パターンの種まきを教えてもらいました。
基礎編
ラインに沿って、10センチごとに直径3センチ深さ3センチの穴を掘ります。
その穴に、種を3~4個いれます。土を軽くかぶせます。(腰が痛い)
応用編
ラインに沿って、パラパラと蒔きます。その跡を歩きます。(後で間引きます)

この子達が育って、年末には、初めて自分で作った年越し蕎麦を食べるのかと思うと、思い出してひとりで微笑んでしまいます。

帰りに、岡山空港近くの百姓・農業塾「百楽塾」百楽荘にお邪魔しました。
小高い丘の上美しい田畑がひろがっています。
ご主人の景山詳弘さんは、その日の山陽新聞にも一面トップで記事が載っていましたが、休耕田の悲しい姿にいたたまれず、岡山大学退官後、周りの休耕田を復活させようと思って、団塊の世代を募り農業指導の塾「百楽塾」を主催された方です。
「ここが、塾生1期生の畑でね、ここは、3期生が今、肥料を積みあげてるところ。あ~、ここはまた、草取りだなあ」
「職業となった、農業では飯が食えない、おかしいでしょう。農業に適した国なのに、自給率が39%。それで、こんなに、休耕田がある。これからは、小さな農業をしっかりやらなきゃいけません。」
案内をしてくださりながらも、農業への、自然への、命への思いを絶えることなく、とうとうとお話してくださいました。

私たちは、気づき始めました。何か、大変だぞ、何かが大きな規模で狂って来ているような気がする。だけど、「ではどうしよう。私ひとり、どうこうしたって、しょうがないし。まあ、こんなもんか。」いつもそんな結論に親しんでいるような気がします。

だけど、もうひとつの「だけど」です。「私ひとり、どうこうしてもしょうがないけど、まあ、なにか、ひとつでもやってみようか。」何か、身近なことを少しづつというのも、あるのではないでしょうか。

景山先生が
「日本の農業では食べていけない。百姓なら食べていける。」
そうおっしゃった時、北川のなかで、その比較が流通システムに乗った食品という商品と、命を紡ぐ食べ物という形で認識されました。
「ああ、最近食べているもので、消費社会の商品を食べている時がある。また、命を守るおいしい食べ物をいただいている時もある。」そんな感じがしました。
エクアドルという国に行ったことがありますが、コーヒーとバナナの産地です。しかし、コーヒーもバナナもほとんどが輸出され、地元で飲んだコーヒーはただの黒い液体でした。ある国の農業をコーヒーとバナナに特化してゆく農業政策は、お前の国は綿だけ作っていればいいというような、列強国の都合だけを考えた植民地政策の名残です。最近なら、ある国が、ガソリンに代えてトウモロコシ、サトウキビを使ったバイオエネルギーを推進するといいだしました。末端の国では、なにが起きるのでしょう。エクアドルでは、首都キトでも、サトウキビを山のように積んであるトラックや屋台があり、大人も子供も食べていました。彼らの楽しみであったサトウキビは、まだ彼らの食べ物でしょうか。

私たちの身近な食べ物はどうなのでしょう。私たちの日本から、どんな食べ物が消えていったのでしょう。どんな食べ物がやってきたのでしょう。私たちは今何を食べているのでしょう。
農業自給率39%です。どんな列強国の都合の元にあるのか、今では世界経済は複雑化して、投機マネーがどう絡み合って、互いの農業政策に影響するのか、わかりにくいです。しかし、農業自給率39%の事実はわかります。この事実に、抗うことは、できると思います。国の政策決定を受身で待っているだけでは、どうしようもありません。
もうひとつのだけどです。
たった一人なんかやっても、どうしようもないでしょ。そう思います。
「だけど」ものすごく小さなことでも、何かすることと、しないこととでは、大きく違いませんか。いくら、他で無駄をしていてもです。解決はできませんが、疑問を持ち、矛盾しながらも、善と現在思えることを少しづつ行ってみるほうが、
いいと思いませんか。それしか、ないと思います。

私たちがなにを食べているのか、まず、今の子供達が、食べている給食を大元小学校のご協力を得て、夏休み前に食べさせてもらいました。すごく、おいしかった。コッペパンしか出なかった私たち(28年生まれ)には、驚きの米飯給食でした。ミルクも脱脂粉乳(古すぎ)では当然ありませんでした。食器も陶器でした。大元小学校は恵まれたことに、給食指導の教員の方もいらっしゃるとか。これからも、大元小学校に限らず給食を観察させていただいて、そこに何があるのか見えてくるものを皆さんと共有したいと思います。

その土地の風土にあった農産物を食べ物は命をつむぐものとして、ありがたくいた
だきたいです。岡山市は、中四国の都市のなかでは、一番の農産物量を誇ります。


北川あえ