現役での大学受験は全落ちだった。
通っていた学校は高偏差値の高校だったので
どこかで、見通しの甘さがあった事は否定出来ない。
実際に周りのクラスメイト達の狙う大学も高偏差値の有名な大学ばかりだし
高校の進学実績も、素晴らしいもので
息子も間違いなく、それらの大学に行くんだろうと勝手に思い込んでいた。
浪人して予備校に入校したが、
同じ高校の生徒達も大勢が入校したので
《息子だけではないんだ》
と、意味もなく安心していた。
ところが
息子は予備校に行っていないらしかった。
その間にも、高校のクラスメイト達は猛烈に勉強しており
どんどん差が開くばかりだった。
2度目の大学受験が近づいていた年末年始。
第一希望の国公立大学を受験するつもりでいた息子に夫は言った。
「受験校を変更しろ。」
予備校で受けていた模試の結果を見て、
《無理だ》
そう思ったようだ。
一浪時、予備校にまともに通っていない様子だった息子に、二浪の選択肢など無い。
私も、夫の意見に賛成した。
息子は疲れ切った様子で、夫の提案を受け入れた。
私は改めて国公立大学の学部学科を調べ直してみた。
夫も一緒に調べてくれた。
すると
息子の学びたい学部学科が県外の国立大学にあった。
なんとその大学は
この時に
担任が勧めてくれた大学だった。
その時の私は聞く耳持たずで
「親戚もいない、縁もゆかりもない県外の大学なんて。」
とか
「この高校に通っているのだから高偏差値の大学に行かなければ。」
とか
意味のない余計なプライドが邪魔をしていて
その大学の本当の素晴らしさに気がつく事が出来なかった。
息子の学びたい事がそこにはあり
その学科には有名で高名な教授がいて
ちゃんと調べれば調べるほど
息子にはここしかない!と思えるような大学だった。
それまで、素晴らしい大学と言ったら
東京一工
旧帝
早慶
国立医学部
私の中にはそれらしか無かった。
それらの大学を目指す事が、当たり前になっていた。
それらの大学に行かなければ、先はない、と思っていた。
しかしそれは間違いだった。
素晴らしい大学とは
偏差値の大学ではなく、我が子が学びたい事を学べる大学なのだ。
その事に気がつくまでに相当の時間がかかり
それまでの間に相当に息子を苦しめてしまった。
