トイデジで昭和建築探訪。。あの建物はいま!?。。(´┐`)みたいな。。 -18ページ目

トイデジで昭和建築探訪。。あの建物はいま!?。。(´┐`)みたいな。。

建築探訪「K's style」が装いを改めひっそりとここに。。(´┐`)。。

住宅シリーズ第7弾は、ちょっと毛並みが違う作品をご紹介(´┐`)

 

アントニン・レーモンドさんが、西麻布に1951年に建てた2度目の自邸が気に入った高崎の井上工業の井上社長が、

図面もお借りして大工さんに実測してもらい造ったのが、こちらの旧井上房一郎邸だそうです(他ブログよりの情報

 

 

 

 

 

深い軒先に樋を付けずに、雨垂れが落ちるところに小石を敷き詰めて。。

レーモンドさんは、なんて日本をわかっていらっしゃるんだろう。。って感じですよね(゚∀゚)/ 

 

 

内部の写真は行方不明ですが、よくこの建物の矩計図(断面図)はネットに出てますよね。

 

 

門から入るとこんな感じでした(´┐`)渋いなあ。。

 

 

 

2008年に見に行った時は、高崎哲学堂ってなってたけど、今はどうなんだろう(´┐`)

表札も無くなってるなあ。。

 

東孝光 狭小住宅 建築

1966年完成。東孝光さん30歳の頃の作品(゚∀゚)/ 敷地面積20㎡に建てた5階建て。。

 

いわずと知れた都市型狭小住宅を極めたヘリテージモノです(゚∀゚)/ 

 

 

坂倉準三建築研究所時代に自分の家を設計し建てて話題をかっさらい、独立したと(wiki。。

建築に関わる者なら誰でも夢見る道かもしれません。(゚∀゚)/ 素晴らしい。

 

 

中の垂直空間も素晴らしい様です(写真やインタビュー記事でしか見ることはできませんが(´┐`))

 

 

都市型狭小住宅のコンクリート建築と車

これは2011年頃に撮った写真です。サーブがぎりぎり車庫に入っていますね(゚∀゚)/ 

これは東さんの車なんだろうか。。

 

 

 

 

こちらの珍しい建築で育った娘さん、やっぱり建築の道を歩むのも当然という感じでしょうね。

 

現在もこちらに住まわれている東利恵さんももちろん建築家、繊細なお仕事をされています。

 

星のやの星野佳路さんとは、コーネル大学で知り合った縁でしたっけ?

星野リゾートのお仕事を一手にやられているのも皆様ご存知のことと思います(゚∀゚)/ 

 

 

 

 

 

住宅シリーズ第6弾だけど、超有名物件なのでストビューはこちらです。

現在はミニが車庫に入っているようですね(゚∀゚)/ 

 

1991年竣工とのことなので、もう35年ほど経つ物人建築。

 

髙﨑正治さんの35歳辺りでの作品。ご自身のアトリエとのことです。

 

 

 

 

経年しているせいで遺跡のような風格が出ています。ゾクゾクしますね(´┐`)

 

外から見ただけで小宇宙を感じます。中は凄いことになっているんでしょうね。

詳しくは下記文化庁リンクへ

 

 

 

道路から歩きながらチラッと見るしかありませんでしたが、私的には満足かな。

こんな形で見させていただくのは大変申し訳ありませんが。。(´┐`)

 

 

住宅シリーズ第5弾でストビューはもちろん載せませんが、

文化庁のページには作品の詳細画像が載っています。

文化庁の紹介ページ

2014年の比較的新しい建築。。藤森照信さん68歳の頃の作品(゚∀゚)/ 

実施設計と工事監理は大嶋信道さんなのでしょうか。

 

トタンの家と名前が付いていますが、アトリエとギャラリーのようです。

 

 

 

 

訪れた時は休館日でした。。_| ̄|○ 残念。。

 

お隣にはまた藤森さん設計のチョコレートハウスってやつがあるのですが、こちらが住居なのかな?

いや、わからんのですけど。。(´┐`)

 

 

 

 

藤森さんは元々、建築史家で設計はしないもんだと思ってたのですが、赤瀬川源平さんのトマソンとか、

路上観察学会みたいなのとかの活動してた辺りから、どーんと爆発した感じですね(゚∀゚)/ 

 

最初の作品とか、屋根にタンポポの家とか、え?こんなんやっちゃうの??(´┐`)

って感じでびっくりしてたら、あれよあれよで有名建築家コースへ。。でしたね。。

 

作品的には大嶋信道さんと共同で。。って感じで作っているようですね。。

 

 

東北大出身なのに、確か公開された作品は東北には無いんですよね。。(´Д`;)

つうか大雪降るとか気候が厳しい所には向いていない建築かもね。。

 

 

とりあえず住宅シリーズ第4弾(´┐`)なのでストビューは入れないでおこうかな。。

と思ったけど、画廊なので載せますね( ̄p ̄)ヾ( ̄_ ̄;)オイオイ

 

 

 

2004年竣工の個人美術館。もう20年経ったのかあ(´┐`)。。

 

設計はシーラカンスの小嶋一浩さん。45歳ぐらいの時の作品かな。。

 

 

 

 

道路から見た感じはこんな感じ(゚∀゚)/ 面白~~

 

小嶋さんは大学院の時にシーラカンスを共同設立して、氷室アパートメントとか、

ピースおおさか・大阪国際平和センターの設計コンペで有名になったんだっだっけか?忘れちゃったなあ(´┐`)

 

1998年にC+A(シーラカンスアンドアソシエイツ)に改組して活動したとのこと。(wiki

千葉の打瀬小学校とかやった後なのかな?そろそろ会社にしとこ。。みたいな??(´┐`)

 

 

 

 

見に行ったのは2012年頃。いきなり行っても開館していないよね。。_| ̄|○ 

前にも載せたけど、画像が小さかったので再掲しますね。

 

 

 

遠くから見るとこんなん(゚∀゚)/ 

 

存在感アリアリでした(゚∀゚)/ 

 

 

 

 

GoogleにもOTA HOUSE MUSEUMで載ってたので、いいかな?住宅シリーズ第3弾(´┐`)

 

あ!!

外壁張り替えとるがな!!(´┐`)

しかも西日が酷かったのかな??窓も小さくして、サイディング張にしてる。。

小嶋さんもお亡くなりになったから改修しちゃったのかな??

 

1971年竣工ってことはもう、54年も経つのですね(゚∀゚)/ 素晴らしい。。

宮脇檀さんが35歳ぐらいの作品です(゚∀゚)/ 若!!

 

 

若い頃、建築雑誌で見た時に、「世田谷区上野毛」ってことが書いてあったので、

後ろが崖で南向きだろう。。て

それだけを頼りに、探し回った記憶があります。。(´┐`)

 

今のようにネットで探すとすぐ判明(゚∀゚)/ 。。なんて無い時代。。

あちこち廻って戻ってって、ついに見つけた時は嬉しかったっけなあ。。(´┐`) 

 

 

見に行った時は1990年頃、バブル期の絶頂?のあたりですね。

この後しばらくしてからブルータスに売りの広告が出ていたような記憶が。。

土地の値段の方が建物の10倍ぐらいしててびっくりしたことを覚えています。

 

 

1998年頃に自分の探訪HPに(ブログなんてものは無かった頃)ブルーボックスハウスを載せて、

その頃はメルアドまで載せて「ご感想はこちらに」なんてやっていた時代( ̄∇ ̄;) ハッハッハ 

一通のメールが届きました。

 

「このブルーボックスハウスに住んでいた者です。今は国外に居ます。懐かしくなってメールしました。~~」

信じて返信までしましたが、今になって思えば、ホントかウソかもわからないですけどね(´┐`)

 

 

ネットで見てみると、2018年の時点では4代目の方が住まわれているようですね。

ブルータスにはブルーボックスハウスのページがありました(゚∀゚)/ 

 

 

片持ちになった今の窓の部分に、下から突き抜ける竹?だったかな?は伐採されて、天井の穴も塞がれたようですが、

宮脇さんの想いを残しつつ、駐車場は停め辛そうだけど、脇の階段を上っていくのは毎日辛そうだけど。。

改修して素晴らしい住宅に住むことが出来るとは羨ましいなあと思いました(´┐`)

 

 

住宅シリーズ第2弾(´┐`)なので、

今回もストビュー位置は載せませんが、2022年のストビュー見ると、凄く青い色で塗りなおしたみたいですね。。(´┐`)

毛綱毅曠建築 50年過ぎた出世作

毛綱毅曠さんシリーズ第6弾。

1972年竣工、もう50年過ぎてますね。毛綱さん30歳前ごろの出世作。。(´┐`)

 

 

出世作でもあり問題作でもある本作品、毛綱さんのお母さんの住居として建てられました。

 

玄関の表札には毛綱毅曠建築事務所釧路事務所とか書いてあったような。。。。(´┐`)

これは1996年頃の写真です。

 

室内にはこれと同じ形の箱があって、そこがまた部屋になってる感じ。

マトリョーシカが3つあるみたいなの。

 

 

住宅は基本載せないんだけど、もう観光名所みたいになってるようです。。

(´┐`)小さいサイズで載せときます。

 

今回、ストビューは無しで。。。まあ、検索すると出て来ちゃうけどね。。

現在はどうなってて、今後はどうなるんだろうか。。。。。(´┐`)

 

毛綱毅曠さんシリーズ第5弾。

1995年竣工 毛綱さん50歳過ぎごろの作品?。。(´┐`)

 

平成バブル期でお金もあったし、どーんとデザインできたのが、この弘前のデパートだったということですね(´┐`)。。

 

 

 

 

出来た時の存在感は凄かっただろうなあ。。

あまりこういう色使いや意匠デザインは、これまでの弘前には無かったでしょうから。。いや、知らんけど。。(´┐`)

中三と毛綱さん、何かつながりがあったんだろうか。。

 

 

2011年に経営破綻して。。色々あったんでしょうけど。。

2024年には破産手続きがとられて、8月29日に閉店したたそうで(wiki

 

 


縄文土器をイメージしたという屋上のアレは、なんだったかなあ。。

閉業になった中三弘前店のGoogle口コミを探してみたけど、見つけられませんでした。。(´┐`)

 

 

 

このストビューは2024年5月。。

普通に営業してるし、人通りもあって明るく賑やかな感じがしますけどね。。(´Д`;)

 

毛綱毅曠さんシリーズ第4弾。。(´┐`)

1988年竣工 これも毛綱さん45歳ごろの作品でしょうか。。(´┐`)

 

 

 

 

この写真を撮ったのは、2012年頃。。12年も前なんですね。。(´┐`)

 

休日の夕方だったから誰も居ない学校。。

 

 

 

 

時計を見ると17:30ぐらい。。なんか、時が停まったような感じ。。なんつて(´┐`)。。

 

 

 

 

 

結局今は、男鹿市立美里小学校になっているようです。。(´┐`)

 

1956年 払戸・潟西両村合併により琴浜村立鵜木小学校

1970年 町制施行により若美町立鵜木小学校

 

1988年 新校舎落成 コレ↑ 

2005年 市町村合併により男鹿市立鵜木小学校に

2014年 男鹿市立五里合小学校と男鹿市立鵜木小学校が統合し、男鹿市立美里小学校に

2015年 男鹿市立野石小学校も統合して(wiki

2025年 今に至る 

 

へー。。(´┐`)そうだったんだ~

 

1学年で10人ぐらいかあ?。。複式学級にしてるのかなあ。。(´┐`)。。

この先どんどん減っていくだろうしなあ。。

 

 

 

昔、男鹿市立鵜木小学校(旧若美町立鵜木小学校)ってことで記事にしたのですが、

上記のように、いつの間にかまた小学校の名前が変わっていたのですね。。。。(´┐`)

 

 

 

 

 

 

 

毛綱毅曠さんシリーズ第3弾。。(´┐`)

1989年竣工 毛綱さん45歳ごろの作品でしょうか。。(´┐`)

 

 

 

結構好き放題やっちゃってる感がありますが( ̄∇ ̄) ハッハッハ 

 

 

 

鉄骨で組んだ、この天使の羽みたいなの、いるんか?みたいな話、当時は出たんだろうかなあ。。

 

いや、いまさらながら見ても、デカいですね。この施設。。

今の今までよくもってるなあ(´┐`)ゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ

 

 

 

いろんなもの壁にくっついていますが。。夜光ったりするんかな?(´┐`)

 

竣工当時は、コンクリート打ち放しにカラーコンクリートでもしてたのかなあ。。

何か味わいがある感じもするし。。

これは1994年辺りに撮った写真ですね。。(´┐`)わーもう。。30年も前やん。。_| ̄|○ 

 

Googleのストビュー見ると、今は何か、外壁塗装改修とか、カラー鉄板貼ってるような感じです。。

 

 

 

 

 

今はなんかだいぶ雰囲気変わったなあ。。薄っペらくなっちゃった感じ。。(´┐`)