少し時間は前後しますが・・・
両親が職探しをしていた1ヶ月の間に、
12年飼っていた犬がご臨終しました。
忘れもしない、4月2日朝6時半、
私たちが飼っていた、柴犬
の「うめ」が息を引き取りました。「うめ」がやってきたのは、
ひとつ上の姉が成人式を終えてすぐの頃。
近所のおばちゃんに、
「この子、迷い犬で、今は警察にいるんだけど、
明日保健所に連れていかれちゃうんだって。
かわいそうだから、とりあえず、飼い主が見つかるまで、預かってくれない?」
と請われて、飼い主が現れることもなく、結局うちで飼うことになりました。
ちょうど梅の咲き始める時期だったこともあり、
家族会議で「うめ」
と名付けました。うめには逃走癖があり、
散歩の途中に首輪をすりぬけて、どこかに逃げては、
私たちが探しまわり捕獲

ということが何回もありました。
ある日、
いつものように(?!)逃走して、
どこを探しても見つからないときがありました。
次の日、警察署から電話がかかってきて、
「おたくの飼い犬を預かっている」と・・・。
幸い、首には"犬鑑札"をぶらさげてあったので、
その登録番号から、私たちの連絡先が分かったのです。
警察署での留置は2回目、という前科有り
のうめは、父が迎えにいくと、今までにないほどしっぽを振って喜んでいたらしく、
それから逃げることは無くなりました。
犬は群れの動物といいますが、
ようやく、自分も家族の一員で、自分の居場所はここなんだ~
と理解したんだと思います。
最初はトラブルメーカーだったうめですが、
それ以外は吠えたり噛んだりしない、おとなしい犬でした。
誰かが咳をしたり、言い合いをしていると、「きゃん」と鳴いて、
場を和ませてくれることもしばしば。
犬なのに、
あまり構われたり、べたべたされるのを嫌がり、
猫のような犬だな~と思っていました。
TAWを学んだ今なら分かりますが、
うめは私そのものでした。
私は、中間子で、
「放っておいてほしい、自由でいたい」という思考を大量に持っています。
その投影が、ペットにも現れていました。
私には当たり前すぎて気づいていませんでしたが、
家族が居間で団らんしていても、
私はひとり部屋で読書する、ということが度々ありました。
(姉の指摘です)
うめが死んだとき、
家族全員が実家にいて、最期を見守ることができました。
両親はもとより、
一人暮らしをしている姉や私、
嫁いで遠方に暮らす妹も、偶然里帰りしていました。
(偶然はないのですが・・・)
両親からは、うめが数日食欲がないというのを聞いていました。
どんなことがあっても食欲だけは旺盛なうめなので、
私たちは心配になり、動物病院に連れて行きましたが、
検査をしても年を取っていて脱水症状である、ということ以外は、
異常なところは見つかりませんでした。
そして、当日の朝早く、
うめが鳴いている声がして、1階に降りると、私の顔をじっと見ていました。
私が顔を洗っている間、
母も降りてきて、
「あれ?うめ、死んでるんじゃないの?」
と気づきました。
あとから起きてきた姉(看護師)が、脈を測って死亡を確認。
絵に書いたような、ぽっくりでした。

12年飼っていると、
さすがに情が移りますので、
悲しく寂しく、
冷静な分析はできませんでしたが、
そのとき、
なぜかはわからないながらも、
「ひとつの時代が終わった・・・。
両親の仕事が決まるのも、もうすぐだ」
と、確信しました。
そして、その通りになりました。
☟若かりし頃のうめ。目が光ってます。