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2010年9月6日 拝礼式

8柱の英霊の御遺骨がグアム島から帰国して
厚生労働省において高級官僚の方をはじめ
援護局外事室の方々が多数出席され
ピースリングからも遺族が出席し、おごそかな中にも厳粛に拝礼式を執り行いました。

グアム島の工事現場に残る2柱の英霊と思われる
御遺骨は、近日中にも掘り起こして鑑定をすると
厚労省から話がありました。
なお、グアム島で戦死した1万8000有余の英霊の
御遺骨のうち、日本に帰国できた御遺骨は
いまだ500柱位ということでした。

今後も多くの英霊の御遺骨を日本にお連れする活動を続けてまいりす。

9月8日 
ピースリングオブグアムジャパン 広報室

ピースリンググアムからのお知らせ

2010年9月1日
グアム島で、この度8柱の英霊のご遺骨を収集して、8月30日焼骨式を終え、日本にお連れしました。

9月6日 13時半より、厚生労働省にて拝礼式を執り行いますので、お時間が許す方はご参集ください。

ピースリングオブグアムジャパン 広報

知的情報マガジン「insight」

2010年4月

松本平太郎代表が
知的情報マガジン「insight」で
紹介されました。

美容室経営について、また、「ピースリング・オブ・グアム・ジャパン」の現在の活動について、俳優の東武志さんとの対談が掲載されています。


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不思議な出来事

2009年11月24日(火曜日)
グアム在住の日本人会の有志によりグアム島に2ケ所ある太平洋戦没者慰霊塔の清掃と供養から始まったピースリングオブグアム。

そのピースリングオブグアム代表である高木夫妻は『遺族ではないにも関わらず』とても熱心に、太平洋戦争で戦没された方々の慰霊活動を中心に、慰霊記念碑建立と供養などの活動協力を行なってきました。

でもでも実は・・・なのです!

高木代表典子夫人の叔父さま(富岡繁次郎さん、所属野砲兵第一連隊第三大隊)が太平洋戦争グアム戦で玉砕され靖国神社に合祀されたことが、すぐ先日判明しました。11月13日、高木夫妻はピースリングオブグアムジャパンの松本代表夫妻、内藤副代表、グアム戦の勇士を称える演劇を主催する劇作家の奈美木映里さんと共に靖国神社、千鳥が淵戦没者墓苑に詣で献花してご冥福をお祈りしました。

本当にとても不思議な縁を感じずにはいられない出来事でありました。

ピースリングオブグアムジャパン 広報

「私達は忘れない、しかし、彼らの事は許します。」「PACIFIC DAILY NEWS」

「私達は忘れない、しかし、彼らの事は許します。」
2008年5月19日(月曜日)グアム島地元紙「PACIFIC DAILY NEWS」

記事中には、戦争中の出来事、慰霊記念碑の建立の経緯とその意味について、またこの記念碑建設でピースリング・オブ・グアムが募金活動を行い多くのグアム戦関係者から寄進があったことが紹介されています。

 また、慰霊碑建立に参加された方のインタビューが紹介されました。
 父親が日本軍が侵攻たときに捕らわれ働かされた、地元民のホーキンス氏(当時5歳)は「私たちは忘れません、しかし、彼らの事を許します。戦争のことは忘れられないが、私たちは許せます。」そして、この慰霊碑の建立が意に適った事だと、また「戦争当事者(日本人とアメリカ人)が、慰霊碑の建立を一緒に行うことはとても素晴らしいことだ」とも語った。同じくグアム副知事も同様なスピーチをされた。
 アガット村の村長キャロル・タヤマ村長は「この慰霊碑は、日本の人々とグアム島チャモロの人々が共に平和と協調を育む基となるでしょう。そしてこの慰霊碑は、平和と言う希望を写す、大変重要で意義深いものになると思います」と語られました。他に、高木会長、ケン芳賀氏の言葉も掲載されています。

 また、記事の最後に、ピースリング・オブ・グアムが今後の活動の予定として、メリッソ村の参道の設置を行う事が紹介されました。


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