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2025年4月7日 グアム島 慰霊

前日に続き、

 

グアム政府考古学者のジョン・マークさんのご案内で

 

グアム島各地の戦跡をまわりました。

 

まず、理事長の叔父の五郎さんが戦死した場所と伝わる

 

バリガタに行き、慰霊を行いました。

 

また、谷村理事の曽祖父が戦ったと思われる

 

ハガニアの日本軍の洞窟や、

 

最後の激戦地となったジーゴの慰霊碑などを訪ねました。

 

バリガタにある戦争の犠牲になったチャモロの方々の慰霊碑と

 

アメリカが建立したジーゴの慰霊碑にも手を合わせ、

 

戦争で亡くなったすべての方々に祈りを捧げました。

 

 

帰国した翌9日、靖国神社と高池弁護士に、

 

返却してもらえないスケッチの事について、電話相談しました。

 

週明けに内藤前理事に弁護士が話をするとの事でした。

 

 

 

2025年4月6日 グアム島 慰霊

グアム3日目は、

 

グアム政府考古学者のジョン・マークさんのご案内で

 

グアム島各地の戦跡をまわりました。

 

米軍上陸地となったアサンビーチや

 

ピースリングが慰霊碑を建てているアガット村役場内の慰霊碑、

 

旧日本軍司令部があったハガニアなどを訪ねました。

 

たくさんの当時の遺構が残っており、激しい戦いを偲ばせます。

 

途中、アガットの海岸で偶然肋骨のご遺骨を発見し、大変驚きました。

 

すぐに連邦政府の鑑定をお願いすべく

 

ジョン・マークさんから連絡を入れることになり、収容されました。

 

ジョン・マークさんによると、

 

ご遺骨は第二次世界大戦時と思われるとの事でした。

 

日本人なのかアメリカ人なのか、これからハワイで鑑定するそうです。

 

どなたのご遺骨だったとしても

 

故郷や家族のもとに帰ることにつながれば嬉しく思います。

 


 

また、アガットの慰霊碑において、

 

偶然にも南太平洋戦没者慰霊協会の青木理事と、

 

帰国前の高池事務局長にお会いすることができ、

 

内藤前理事からスケッチの返却が無い事を困っていると話をすると、

 

私の方から話をしてみると仰られ、安堵した。

 

 

 

日米合同慰霊式典に出席しました

ジーゴに移動して、

 

南太平洋戦没者慰霊公苑内の我無山平和寺に参拝したのち、

 

南太平洋戦没者慰霊協会主催の

 

日米合同慰霊祭に出席しました。

 

日本からは遺族、

 

南太平洋戦没者慰霊協会の会長を務める衛藤晟一参議院議員や

 

上田総領事ご夫妻、川崎大師、祐天寺、日本人会会長、

 

同志であるピースリング・オブ・グアムの皆様、その他関係者、

 

グアム側からは州知事や米軍関係者、グアム政府考古学者、

 

その他関係者、多くの皆様が出席しました。

 

 

 

 

南太平洋戦没者慰霊協会理事会に出席

4月5日午前中

 

南太平洋戦没者慰霊協会の理事会に出席しました。

 

当法人の理事長の松本平太郎が理事を務めており、

 

他3名はオブザーバーとして参加しました。

 

 

理事会終了後に、内藤さんに「話をしたい」とお願いするも、

 

全く話をしないで逃げるように帰ってしまった。

2025年4月 南太平洋戦没者慰霊協会主催 日米合同慰霊式典に出席しました

 4月4日から8日まで

 

南太平洋戦没者慰霊協会主催の、

 

日米政府合同慰霊式典に出席するために

 

松本理事長、理事2名、事務局1名の合計4名でグアムに行きました。

 

初日は日本国総領事邸にお招きいただき、

 

南太平洋戦没者慰霊協会の関係者で会食があり、

 

理事長と谷村理事が参加しました。

 

グアムの遺骨収集の状況や、

 

活動報告などを総領事にお伝えいたしました。

 

 

 

また、グアム到着後のバスの中で、

 

故小林さんが描いたスケッチを返してくださいと

 

内藤寿美子前理事にお願いした。