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今日もロシア日和

3月にロシアにきました。
ロシアで感じたことなどを備忘録代わりにつらつらと記録しようと思います。

いきなりですみません。

今日別の場所に到着して、今ホテルにいるのですが、

蚊がいます。

1匹なのに、ものすごい存在感のある音を立ててる

んです・・・。

シベリアの蚊ってすごいと聞きますが、気になって

この後寝られないです・・・(涙)。


モスクワの蚊は、日本のより大き目ですが、大きい

からか、動きが遅くて、けっこう捕まえられるんですが

(そのくせ何か所か刺されてます)、シベリアの蚊は

動きが素早い気がします(気のせいかも)。


前置きが長くなってすみません。

今度こそ、最後です。


最後は、食について書いてみます。


こちらでスーパーなどを探しましたが、モスクワで見る

チェーンのスーパーは見かけませんでした。

その代り、何か所か見かけたのが、たぶん名前からして

地元のチェーンスーパーと思われる「Красный

ЯР」(クラースニィ・ヤール?)です。





(他にももう1件みましたし、中心街以外にもビルが立ち

並んでいたので、そちらには別のがあるのかもしれま

せん。)


でも、ケンタッキーはみましたが、マクドナルドの看板も

店舗もみませんでしたし、小さな個人店が多いという

印象を持ちました。


モスクワに比べると、明らかにレストランやカフェが充実

していません。


ロシアの小売チェーンも地域にも参入しようとしてるとは

何かで読みましたが、実際に参入しないということは、

何で何でしょうね?

お店の品ぞろえは、まー、必要なものは十分買えるという

感じでしたが、決していいとは思いませんでした。


お店も小規模のものが多く、分散しているので、買い物

し辛い感じがします。

けっこう大きな町だし、小売や飲食はイケそうな気がする

のですが、あくまで素人考えです(苦笑)。


ところで、とあるガイドブックの地図には、図書館の裏手

に「七人の侍」というレストランが示されていますが、現在

実際にはありませんでした。

そこには、つい今年の2-3月まで日本食レストランの

TERRAというお店があったようですが、そこは閉鎖されて、

そのお店の近くにある別支店の紹介がされていました。

ありませんので、ご注意ください。


そして、その付近に1件「日本レストラン」と銘打ったお店↓

があったのですが(私が泊まったホテルのすぐ近くでホテル

のある通り)、左の看板をみると、スシ(どう見ても創作ロール)

と「トムヤム」とか「どーみても、和食ではない」と思うような

ものでしたので、とても入る気になりませんでした。




でも、ご興味がある方はどうぞ(苦笑)。


ご飯食べるところを探していたのですが、翌朝電車に乗る

ことを考え、早くホテルに入るため、適当に入ってみたのは、

プロスペクト・ミーラ通りかつTERRAのあった通りのあった

「スタローバヤNo.3」(ロシア料理)です。




味は、まー、スタローバヤ(食堂)ってことで・・・(笑)。

モスクワのグムの3階のスタローバヤよりちょっと味が落ちる

かなって感じです。

でも、中は小奇麗でオシャレなカフェみたいで、気楽に入れて

ビュッフェスタイルなので、気楽でいいかもしれません。


ちゃんと食べたい方には、「クラスノヤルスクホテル」の横に

飲食店がまとまって何件か入ってました(ベトナム、イタリアン、

ニューヨークなど)ので、そういうところとかいいかもしれません。

でも、味見はしてませんので、単なる想像です(苦笑)。



長く続いて、しかも文章も長くてすみません。

これで、クラスノヤルスク編終わります。


前回の記事で歴史博物館に行ったと書きました。

歴史博物館の建物は、エニセイ川沿いにあるんですが、

ガイドブックにもあるように建物が特徴的です。


なぜが、エジプト(?)な感じなのです。




↑ 上の絵を見てください。エジプトでみるような絵では

ないですか?


入館料は150ルーブル、写真を撮りたい人は別途50

ルーブル払ってチケットを買います。

チケット売り場は、館内ではなく、その横に専用窓口が

あります。


中には、シベリアに住んでいる動植物のはく製などが

たくさんあります。


そして、マンモス(?見るの忘れた!)の骨格標本も!↓




また、シベリアに住む少数民族の生活様式を紹介した

コーナーもあります。

ロシアには、たくさんの少数民族が住んでいるんですよね。




↑どの少数民族の衣装かメモし忘れました・・・。


民族によって、衣装がけっこう違うことを知りました。

では、別の少数民族の衣装ももう1つ。↓




他にも、帝政ロシア時代の展示品があったり、館内中央

には、船も展示されています。


そして、ソ連時代の展示はないのかなと思ったら、2階に

重い大きな木の引き戸があって、その奥にソ連時代の

展示がありました。↓




なんだか、この扱いが、ふと、クラスノヤルスクのソ連時代

に対する認識なのかなと思いました。

つまり、敢えて見せたくない。

他のコーナーにはこんな扉があるところはなく、かつこの扉

がなくても展示できる状況なので、不自然さを感じました。

でも、逆に、扉にある写真も展示したいという意図なのかも

しれないのですが、扉重過ぎ!


これで最後にしようと思っていたのですが、まだ食について

書いてなかったので、つづきます(苦笑)。

既に別の場所に今日到着しました。

でもまだクラスノヤルスク編、終わってないので、続きます。


クラスノヤルスク2日目は、クラスノヤルスクの町全体が

見えるとガイドブック(シベリア編)にも書かれている哨兵

の丘と郷土博物館と市場に行ってみました。


郷土博物館とか以前は博物館の中とかあまり見なかったの

ですが、とある本を読んでからは、歴史・地理関係の博物館

には入館するように心がけています。

やはり、その土地を知るためには必要かなと思いまして。




↑ 市場の入口から見た光景。

野菜屋さん、魚屋さん、肉屋さん、乾物系といろいろ売られて

います。

でも、お肉とか魚とか、冷蔵設備の中に入ってなくて、肉とか

吊るされてたり、お店の人が肉の並んでいる台の上で切り分け

ていたり、市場って感じ満載です(苦笑)。

でも、買ってるお客さんもいましたが、衛生的に怖くてなかなか

手が出せないですね。


この市場の裏はすぐ小山になっていて、その上が哨兵の丘

なのです。

なので、実は、目的は市場ではなく、哨兵の丘に歩いて行ける

のではないかという目論見で行ってみました。

でも、道がつながっているか市場からではわからず、断念し、

結局バスで行きました。


バスは、ガイドブックにもある通り、32番バスに乗ります

(停留所ではA32と書かれてますが、32番バスのことです)。

カール・マルクス通りから出ています。

私はレーニン通りとマルコフスカヴァ通りに挟まれた

ポクロフスカヤ教会のある通り(スリコーヴァ通り:

ул. Срикого)の36番地の停留所( ヒムチスタ:

Химчиста)から乗りました。


ちなみに、クラスノヤルスクのバスはモスクワ(35ルーブル

程度)よりも安くて、19ルーブルでした。

なお、チケットを買うところはなくて、バスの中でチケット売りの

おねーさまが来ますので、その人にお金を渡してチケットを

買ってください。

人が少なくて黙っていても、混んでいても、寄ってきますので。


なお、哨兵の丘へのバスの降りる停留所は、ガイドにもある

ように、カホフスカヤ(Кахоская)です。

でも、注意点があって、アナウンスでは、カホフスカヤという

前に「~通り」というのを付けて「ウーリッツァ カホフスカヤ」

といいますので、聞き逃さないように気を付けてください。

(実は私は、ウーリッツァと聞いたので、一瞬聞き逃してしまい、

気になって停留所名を見て気が付きましたが、既に発車済み。


で、停留所を降りてからがとてもわかりづらいです。

近くに教会が見えるスポットがあるのですが、民家が並んで

いて、どこにその教会に続く道があるのかよくわかりません

でした。

で、人に聞いていったところ、やはり民家・・・。

で、民家から出てきた人に聞いたら、その人の民家を通らせて

くれました。

他の家の裏からも通じているようです。

ちなみに、民家があるのはガガーリン通りです。


で、またまた注意点。

民家の裏道を通って行くときには、足元に注意してください。

馬を飼ってる人がいるのか(?)、草の生えた道に、馬の(?)

ボロが落ちてました(苦笑)。


で、ロマンチックじゃない話はこれで置き、肝心の哨兵の丘と

そこにある礼拝堂は、こんな感じです。


写真では逆光で見えませんが、緑の屋根に白壁のコントラスト

が鮮やかで素敵です。




↑ 花嫁さんが訪れるスポットだとガイドにありましたが、

その日も金曜日夕方5時頃、全体的に青いトーンでまとめた

お友達に囲まれて、30度超えの中、ウエディングドレスを

身にまとった花嫁さんが現れました。


ちなみに、この日は、午後3時、電光掲示板の温度は、36度

を示してました。通りで暑いはずです。


そして、哨兵の丘から見える、クラスノヤルスクの街の風景は

こんな感じです。↓


ここに来てみて、クラスノヤルスクってけっこう大きな町なんだ

と実感できました。



↑ わかりづらいですが、この真ん中辺りにエニセイ川が

流れてます。




↑これが、礼拝堂から町を見下ろしたときに見える丘です。

小さくて見えにくいですが、左にあるのが砲弾です。

お昼に砲弾されるとガイドブックにありますが、聞きそびれ

ました。


で、上からみると、やはり、この丘には人が踏み慣らした

小道がいくつもあって、下まで降りられそうなんです。

実際に、降りて行った少年と上ってきたおじいさんがいました。

自分も途中まで試したんですが、道がわからず断念。


やはり、帰りはバスになりました。

追いかけたのに、ちょうどバスを逃してしまい残念だったの

ですが、逃した戦利品は、こちらの写真。↓




↑ 多摩ナンバーです(笑)。

気に入っているのか(?)、ナンバープレートそのままです。

もちろん、日本車でした(型は少し古いですが)。

私も多摩ナンバー地区に住んでいたことがあるので、バスを

追いかけながら「写真撮りたかった‐」と思った望みが叶い

ました(笑)。


ちなみに、クラスノヤルスクにきて、この日、明らかに日本の

中古車という車を4台見かけました。

日本の企業名から電話番号とか入ってるんです(笑)。

その内1台は、何と!佐川急便のトラックでした(笑)。↓




↑ 一瞬、佐川急便ってロシア進出してたっけ?とびっくりして

しまいました(苦笑)。


極東地域ではそういう車もまだまだ多いとは聞きますが、こんな

シベリアも西側の方にまであるなんて、ちょっとびっくりすると

ともに、楽しくなってしまいました。


まだ博物館書いてませんので、つづきます(苦笑)。